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どちらかが馬鹿 6


駅前近くでついにその姿を見失った。人ごみに紛れられてしまえばもうどうしようもない。

荒い息を吐きながら立ち止まる。流れて来た汗を手の甲で拭った。

間違いない。あれはシャッター音だった。御影が家から出て来た瞬間、狙ったかのように切られたものだった。

「…ともりくんっ」

後ろから足音と声がした、と思ったら止まり損ねたのかどんっと御影が体当たりするようにぶつかって来た。呼ばれた瞬間上体をひねって振り返っていたので肩腕でその体を受け止める。小さな体躯もまた荒く息を吐いていた。

「そこにいろって言ったろ」

「そういう、わけには、いきゃないでしょ」

舌があまり回らないのか噛んだ御影が体勢を立て直したのを確認して手を離す。しばらく苦しそうにしていたが、少しの時間で御影は回復した。普段余程走り回っているのか。

「あのひとは…?」

「見失った。ごめん」

「別にともりくんが謝ることじゃないでしょ」

いつもの自分の台詞をそっくりそのまま返される。御影はいつも曖昧に微笑んで流すだけなので少しもどかしく思うところではあったのだか、なるほど、そう言われてしまうと確かに返す言葉がない。顰め面を作って場を濁すことしか。

「キャノンだよ」

「は?」

「シャッター音、キャノンのだった。デジタル一眼レフだよ」

「は?」

言ってることはなんとなく分かるが理解は出来ない。嘘だろう、という意味に捉えたのか、御影が少し唇を尖らせた。

「嘘じゃないよ。私耳悪くないもん」

「いやそうじゃなくて。シャッター音で分かるもんなの?」

子供のように不満気な顔になった御影の顔をまじまじと覗き込む。そのくらい私でも出来る、とでも言いたげな様子から言ってカメラに携わる人間としては標準装備している能力なのか。鳥の鳴き声だけで種類を把握するような。すげえな技術部の人間。

微妙に拗ねた御影を持て余しつつ周囲に目を巡らす。御影と合流したところで、おかしな視線を感じるわけでも誰かが突撃してくるわけでもない。シャッター音は流石に喧騒に飲まれてしているのかしていないのかさえ分からなかった。

どうする。狙いがどちらなのかがいまいち分からない。今日は休んだしたまたま御影もバイトがないので家にいたが、これから先ずっと張り付いているわけにも、

「あれ、蕪木? 御影さん?」

ふいに横から話しかけられ臨戦態勢で体を向けた。御影の肩を掴み自分の後ろへと引く。

そうやって対峙した相手は、きょとんと目を瞬かせた。

「え。なに。なんでそんな怒ってんの」

赤いキャップを被り、街中でたまに見かけるピザ屋のユニフォームに身を包んだ男ーーー林場だった。がっくりと脱力する。

「…なんだお前か…」

「なんだってなんだよ失礼な奴だな…」

うな垂れたこちらの背後から御影が飛び出した。不思議そうな顔の林場が御影の顔を見て、こちらの顔を見る。

「二人共なんでそんな汗かいてんの? というかお前体調不良じゃないの」

「体調不良だよ」

「どう見たって全力疾走したあとだろ」

「うるせえ気分だよ。今日の講習全員来てた?」

「なんだ気分て…お前以外は全員来てたよ。明日朝早く来るならプリント早めに渡せるぞ」

「まじかよたすか…どうも」

「いーえ」

にやにやと笑う林場を一睨みしてぐいと肩口で汗を拭う。ここにいてももうやれることがない。戻るか。

「…なに、お前バイト中なの」

「そうだよ。配達中」

「…さっさと行かないでいいの」

「比較的そろそろやばい」

「行けよ」

「うぃっす。じゃあ御影さん、どうも。蕪木も明日は来いよー」

わらわらと手を振る林場の姿が消えるまで見送り、大きくため息を吐いた。戻ろう。

「御影。もどる…」

振り返ると御影はスマホに目を落としていた。顔を上げ、

「今日吉野と真野さんが夜来るって。…真野さんが吉野に言ったんだろうなあ」

巻き込みたくなかったのに、とこぼした御影もやれやれとため息を吐いた。少し考えるように間を空け、

「仕方ないか。…今日はお鍋にしよう。みんなで囲んで。どう?」

御影はともかく三木とそして真野もか。非常に愉快な夕餉になりそうだった。


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