どちらかが馬鹿 5
体調が悪いと言った手前大人しくしていなければならない。けれども時間も惜しいので、定位置となったリビングのソファーとテーブルを使って参考書やノートを広げて自習した。たまに御影がコーヒーを持って来る。教師がいない点だけ除けば実に快適だった。
セットしていた携帯のアラームが鳴り、そこでシャーペンを置いた。アラームを止め、くたりとテーブルに突っ伏する。この時の開放感が嫌いではなかった。
「お疲れ。ちょっと一息入れる?」と絶妙なタイミングで御影がコーヒーを持って来る。牛乳で腹を壊す体質ではないので、このほぼホットミルクなコーヒーは体をあたためてくれるし胃にやさしい。
自分のものも手にしていた御影が傍に膝を付き、問題集をぱらぱらと捲る。それは御影のものではなく学校から配布されたそれだったが、特に構わず好きにさせた。
「懐かしい。やったなー」
面映ゆそうに言った御影の横顔をなんとなく見る。特に背負った様子もない自然な顔付き。いや、そもそも出会って間もないのでこの顔しかほとんど知らない。ーーーいや。
泣いていた。一度だけ。
ーーーなあ、
「…なあ」
胸中にぽっかり浮かんだ言葉は、あまり意識しないままするっと声になった。
「…お前、今の大学に行くっていつ頃決めたの」
「高二の途中だよ。担任と二者面談してる時に決めた」
さらりと御影が答えた。ぱらぱらぱら、積んである教科書やノートを捲る。
「その前から漠然と映画がやりたいとは思っていたけどね。映像と映画の違いが分からなくて当時困ったけど」
どう違うのだろう。
「…どんな高校生活送ってたの」
三木と、御影と三木が口にする『愛すべきクラスメイト』相当仲がいいのは分かる。
「普通に女子高生してたよ。うちのクラスちょっと特殊だったけど」
「どんな風に」
「うーん、まず、頭が良かった。一年生の時のクラスが結構やんちゃで、あんまり静かに授業出来なかったんだ。まずそれが嫌で、二年になる前特化クラスっていうのを希望した」
「特化クラス?」
「うちの学校、特進、文系、理系コースに分かれてたんだ。私は文系だったんだけど、その文系の中でひとクラス、勉強頑張るぜ的なクラスを作るってなったの。レベル的には特進よりは下、文系の中ではトップ、なクラス」
「…お前特待生だったのに特進コースじゃなかったの」
そもそもだ。御影がうなずく。
「高校受験の段階で受験するコースを選ぶんだよね。そこで私は文系コースを選んだの。特待生になったのはまたまたその試験の結果がよかったから」
なるほど。
「で、幸い二年に上がる時にその特化クラスに入れて…あ、吉野は一年の時から一緒だったんだけどね。吉野も特化希望したの。で、うちの学校は毎年クラス替えがあるんだけど、うちのクラスだけ三年に上がる時クラス替えがなかった」
「なんで」
「二年時の段階でうちのクラス平均点が特進コースを超えてたから。一番最初のテストではそんなことなかったんだけど、次のテストから圧倒的でね。クラス仲もよくて、文化祭では史上最多の来客数記録して、体育祭でも無双してーーーとか、いろいろやってたらうちのクラスだけクラス替えなかったの」
「それだけやれば解体はしたくないだろうな」
「細かいいたずらは結構やってたんだけどね。まあ、愛されてたクラスなんだなとは思う」
くすくすと楽しそうに、大切そうに語る御影は幸せそうだった。多分、今まで見てきた中で一番。
周りから愛されていた、愛すべきクラスメイト。卒業しても尚、ひとり三発ずつ殴りに来るほどその熱さは消えていない。
ふうん、と呟いて、笑顔の御影から目を逸らし損ねた。その時、
外でバイクの音がした。かたかたと、ポストに何か投函する音。時計を見やる。十五時過ぎ。郵便局が来る時間帯。ということは今のバイクは郵便局のものだろう。
御影が立ち上がりかけたので肩を押さえて制した。代わりに立ち上がり、靴をしっかり履いて外に出る。ポストに手をかけ、開けた。
新聞と、ダイレクトメールが数通。…それから、白い封筒。『御影様』というプリントアウトした文字と住所。押された消印。
「ともりくんーーー」
家の中から御影が出て来た。振り返り、手紙の存在を知らせようとしたその時、
かしゃんっ
軽い音がした。ばっと音の方を向くと、黒っぽい人影が背中を向けて走り出すところだった。手に持っていた手紙を全部落としてこちらも走り出す。
「ともりくん!」
「そこにいろ!」
振り向かず御影に叫んで門を飛び越えた。黒い背中はもう、だいぶ遠かった。




