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勇者は夢にあふれていますか?




「スオン先輩、また禁書庫を漁ったようですね」

「げっ、なんで知って」

「はぁ、この学校の禁書庫の防犯トラップレベルは、もうきっと王宮並みですね。侵入者に張り合う教師陣も、アレですが」

「えっ、やばい。今回の気づかれたのかっ! 次ばれたら、反省文100枚なんだけどォッ!?」

「その慌てっぷりが見られたので、今回は特別に見て見ぬふりをしてあげます」

「……ん? ということは、教師陣は気づいていないのか。なぁ、リヴィ。お前どこで俺を見たんだ?」

「禁書庫の中で」

「おいッ!!」


 魔法学校での生活は、なんだかんだ言って楽しかった。



「リヴィア様ー、近々あそこの国が内乱を起こしそうみたいですよー」

「……あなたって、変な情報網がありますよね」

「俺の知識と魔力のごり押しで作った、おいしいお酒を手土産にしたら教えてくれました。上司の方にも好評だそうです」

「貴族からですか?」

「いいえ、他国の暗殺者さんから」

「……これは、現状維持でいいのかしら」

「ん?」


 王城での生活は、ちょっと窮屈で、しかも刺激がいっぱいの毎日だったけど、いつの間にか笑っていた。



「よぉ、親友。今年持ってきた酒とつまみは、かなりの力作だぞー」

「お供え物までは理解できますが、何故墓石の前に布を敷いて、広げるのですか」

「えっ、今から飲みますから」

「えっ」

「こいつ、すげぇうるさいやつだったんですよ。酒好きで、それに付き合わされた所為で、未成年の俺も今じゃ普通の感覚ですよ。本当に騒がしくて、馬鹿やって、わいわいして、……だから毎年ここでは、明るく元気に近況報告や愚痴を言い続けてやるんです。今回は最後に、花火でも打ち上げてやるかな」

「……あなたの世界では、そのように死者を手向けるのですか?」

「んー、いいえ。俺のところも、普通はしんみり行いますよ。やっている地域もあるらしいですが。まぁこの世界では、俺の墓参りの仕方は罰当たりだって、言われても仕方がないと思います。だけど、俺なら墓参りに来る人には、笑っていてほしいと思うから。寂しいので、俺のことは時々思い出してくれるだけでいいんです。嘆かれるよりも、未来をちゃんと歩いているって、そんな報告を聞ける方が……俺なら嬉しいから」

「……勉強になります」

「俺の方が、これでも先輩ですからねー」


 異世界の価値観に戸惑い、慣れないことはたくさんあったが、それでも少しずつ受け入れていくことができた。死を受け止めることはいつだって怖くて、自分が死んだことで残してしまう人たちの嘆きが怖くて、立ち止まることは何度もあった。それでも、一歩ずつ前に進むことができていった。


 俺は、地球で生きた17年間が大切だ。だけど、この世界で生きた19年間だって大切なのだ。嫌なことや、逃げ出したいことなんて数えきれないほどあった。今だって、本当にこれでよかったのかって思う。これが正解だなんて、自信を持って言うこともできない。俺は相当不純な動機で、答えを選んだのだから。だけど、どうしてもこれだけは譲りたくなかったんだ。



 ――さぁ、歩き出そう。この世界に勇者を召喚しよう。スオン・レーゼスによる一世一代の大勝負。歴史書とかに載ってしまうかもしれないので、失敗は許されない。だから、かっこよく決めてみせよう。


 大切なこの世界を、この世界で生きる人々を、君を――ちゃんと守れるように。




******




 ――空が、瞬いた。目を焼くほどの強い極光が、城を包み、天へと昇った。


 白に塗りつぶされた視界に、誰もが魅入られる。美しく輝く光は、まさに物語に語られる伝承そのもの。それを最も近くで見ていた王太子と魔法使いたちは、これが現実なのかが信じられず、放心していた。勇者を召喚できるのかは、はっきり言えば五分の確立だったのだから。


 魔力量も、時空の適性も、足りるのかはわからない。それでも成功させなければならない。妹が命を賭けて時間を稼いでくれている中で、兄として不甲斐ないことはできなかった。それでも魔力量が限界に達しそうになり、足が崩れかけた――その時、いきなり軽くなったのだ。


 注ぎ込んでいたはずの魔方陣から、逆流するように流れ出した濃密な魔力。まるで早く召喚しろ、というように次元の流れが急激に方向性を見出した。海のように揺蕩うのではなく、川のように一本の道が出来上がったのを彼らは感じる。魔法使いである彼らは、信じられない様にこの現象を眺めるしかなかった。



 そして白い光の柱という名の、魔力の塊がついに魔方陣から突き抜けた。その衝撃に、王太子たちは吹き飛びそうになった身体を慌てて支える。それでも視線は決して見逃さないように、召喚陣から外されることはなかった。


 光が徐々に収まってくると、魔方陣の中心に一人の男が立っていることに気づく。未だ立ち上る土煙で、顔はわからないが、誰もが緊張に汗を滲ませた。


 男は部屋を一瞥すると、すぐさま指を走らせ、遠見の魔法を発動させた。そこに映るのは、魔国に侵略されている王都の様子。その眺めていた光景のある一点を見つめると、表情が消えた。真っ直ぐに向けられた先には、城へと続く街の大通りを射抜いていた。


 巧妙に隠された結界から感じる、微かな魔力。氷のように冷めた色を纏いながら、炎のような熱が含まれている。こんな独特な、その性格そのもののような魔力を持つ人物は、ただ一人だけだった。



「……行こう」

「――えっ」


 青年は純白の魔力を纏い、転移魔法を一瞬で編み込んだ。その場にいた全員が、どこか聞き覚えのある声に呆然とする。この国の王家に認められた魔法使いのみが、着ることが許される深緑の服と装飾。男性として平均的な身長を持ち、青年から大人へと変わろうとしている容貌を持った人物。


 唯一見覚えがなかったのは、髪が真っ白に変わっていたことのみ。彼が腕を振り上げた時には、すでにその姿は王城のどこにもいなかった。その光景を見た全ての人間が、今見た人物を信じられない様に見つめていた。


 考えられないような魔力と、白に変わった髪の色以外の全てが――この国にいる誰もが知っている、お抱え魔法使いその人だった。




「……勇者様は、無事に召喚されたみたいですね」

「そのようだな。……随分頑張ったようだが、勇者に逃亡されると面倒なことになる。大人しくしていれば、命までは取るつもりはないぞ」

「あら、お優しいこと。ですが、ここで国を捨て、民を見捨て、巻き込んだ勇者様を見殺しにしてまで生き残って、私に何が残りましょうか。私はそんなつまらない生き方はごめんだわ。それなら最後の一瞬まで、私は私であり続けます」


 後方から感じた強い魔力の光。リヴィアは己の役割を果たせたことに、満足げに笑う。魔物の群れの半数以上を消したものの、魔族の男には傷一つつけられなかった。身体から流れる血が、手足を伝い、地に落ちていく。時々霞む視界を、痛みで現実に戻すを繰り返していた。


 本来なら、命乞いをするべきだとわかっている。王女として、最後まで生き残る必要性は頭ではわかっていた。本当は、死にたくだってない。自分が死ねば、彼をまた傷つけてしまうかもしれない。そんなことは、わかっているのだ。


 それでも、リヴィアは笑ってみせた。男はそんな彼女の笑みを訝しげな表情で見据えると、心底わからないというように首を振った。この状況で笑顔を見せる王女が、理解できなかった。魔族の男は、初めて人間に対して不思議な感覚を覚えた。


 だが、このまま彼女と会話をし続けることも、交戦をする時間も惜しい状況になった。彼女の目的は時間を稼ぐこと。一刻も早く勇者を葬らなければならない中、実力のある死兵ほどやっかいなものはない。


 生け捕りは難しい、と彼は判断する。リヴィアは魔法使いとして強く、逆にこちらが手傷を負わされる可能性があり、時間を稼がれる。故に男は、結論した。目的の遂行を優先し、障害を排除する。


 魔族の男の目から興味が消え、無機質な視線がリヴィアを捉えた。その変化に、彼女の頬に脂汗が流れる。だが震える手を強く握り締め、その視線を真正面から受け止めた。


「……これが最後だ。こちらの手を取れ、氷姫よ」

「……お断りします」

「そうか、――残念だ」


 男が宙に伸ばした手。リヴィアの拒絶の言葉と同時に、伸ばされた掌が彼女に向けられ、そこから魔力が圧縮されていった。リヴィアの防御魔法では、到底防げないほどの魔力が編み込まれていき、血を失い過ぎたため、逃げることもできない。


 あれを受ければ、何も残らないだろう。それでも、リヴィアは立ち続けた。視線を逸らすことなく、男の伸ばされた手を、自分に向けて放たれた黒い光を見続けていた。



 思い出すのは、一ヶ月前。男と同じように、自分に手を伸ばす人がいた。本当ならこの命を差し出してでも、償いたかった人。でも、彼はそんなものを渡されても困るだろう。彼の世界では、命は重いのだから。


 なら、傍で償い続ければいいのか? 最初はそう思い、リヴィアは彼を戦わせないように、彼の傷が少しでも癒えるようにと行動してきた。だけど、ずっとこんなことが償いになるのかと迷い続けていた。


 彼女がそんな風に考えてしまったのは、彼の傍を離れたくないと考えている自分がいたからだ。償いという言葉を盾に、結局は彼を縛り付けているだけではないのか。そんな思いが月日が経つにつれ、彼女の中に蓄積されていった。


 そんな時に齎されたのが、勇者召喚だったのだ。



 そんな償いはいらない、と自分を引き戻そうと伸ばしてくれた手。本当は、彼の手を掴みたかった。それでも、自分に掴む資格などないと背を向けた。その手を振り払ったというのに、他の手を掴むことなどリヴィアにはできなかった。


 彼はきっと悲しむだろう。髪と同じ茶色い瞳から、また涙を流させてしまうかもしれない。それに胸が痛んだが、彼が生きていてくれるのならいい。最後まで素直になれなかった、迷惑ばかりをかけていた、かわいくない自分。


 リヴィアはそっと目を閉じ、震えの止まった手を胸の前へ持っていく。記憶の中の優しい手に向けて、宙へと掲げた。




「ごめんなさい、スオン」

「まったくですよ、リヴィア様」


 その掲げられた手をしっかりと握り返し、細い身体を後ろから守るように抱きしめる温もり。驚きに目を見開く彼女の横から、白き青年はもう一方の手を前方へ出し、相対する男と同じように魔法を放った。


 彼の放った魔法は白い幾重もの光を纏い、リヴィアを葬ろうとした魔法と衝突した。風が吹き抜け、熱風と衝撃がお互いの衣服をはためかせる。城下町の中心で起こった魔法の渦は、家々を倒壊させ、木々や建造物を砕いた。


 荒れ狂った黒と白の光のせめぎ合いは、魔族の男が忌々しそうに顔を歪めたと同時に、その均衡は崩れる。溢れるほどの魔力が白を押し、黒を塗りつぶしたのだ。男は舌打ちをすると、すぐに回避行動をとり、距離をあけた。その白き魔力は役目を終えると、街に被害を出す前に空へと消えていった。


「あのですね、リヴィア様。一応俺、あなたのお抱え魔法使いなんですよ。本当に冷や冷やしたので、助けぐらい求めてください」

「スオ、ン? どうして……、それにその魔力と髪は一体……」

「……スオン・レーゼス。貴様が氷姫の死神か」

「おいこら、そこの魔族。いきなり精神攻撃を食らわせてくるんじゃねぇよ」


 いつも通りの、どこかやる気がなさそうな、頼りなさそうな声。仕方がなさそうに笑った表情も、昨日と何も変わらないはずなのに。それなのに、リヴィアは震えを止めることができなかった。それは、恐怖からではない。


 何か……何か本当に、取り返しのつかないことが起きてしまった。そんな思いを、彼女は抱いた。



「……どういうことだ。貴様の報告は受けていたが、それほどの力はなかったはずだ。それにこちらが張った結界に、気づかれることなく転移したというのか」

「いやさ、驚いているのこっちだから。期日一日前にいきなり勇者召喚が始まった時は、本当にビビったんだからな」

「勇者……、勇者様はっ!? 無事に召喚されて――」

「大丈夫ですよ、リヴィア様。ちゃんと召喚されました。俺が頑張って、改良しまくったんですから。不備なんかあったら、国王様に罵られるだけではすみませんよ」


 へらり、とスオンは笑ってみせたが、リヴィアは不安げに眉を寄せ、言い知れぬ焦燥を滲ませる。そんな彼女の様子と、油断なく構える魔族の男を一瞥すると、彼は頭を掻いた。もう誤魔化せないのは、理解していた。


 スオンは後ろから抱きしめていた彼女の傷を治癒魔法で癒すと、今度は背に庇うように歩を進める。はっきりと目に映った白髪が、吹き抜ける風に舞った。


「俺は勇者召喚の際、様々な設定を作り上げました。最後に大切なキーワードを付け足して。そして勇者は、つい先ほどこの世界に降り立ちました」

「大切な、キーワード……?」

「はい。『この世界を心から救いたいと願う者を』、と」


 その言葉の意味に、リヴィアは目を見開く。そんな条件に合う異世界の人間など、いるはずがなかった。異世界であるこの世界を、勇者の世界は知らないのだから。存在すらわからない世界を、ましてや全く関係がない異世界を、心から救いたいと願う者など、いるはずがなかった。


 ――ただ、一人を除いて。



「俺は、ずっと悩んでいました。この世界に勇者を召喚することを。命を張って、戦ってもらうことを。誘拐犯にだってなりたくない、って心から思っていました」


 迷いを、恐れを振り払うように、スオンは力強く声を張り上げた。


「だけどこの世界が、それだけ追い込まれているんだってわかっていました。この世界の人たちは、一生懸命生きていることを俺は知っています。だから、この世界が平和になってほしい、って心から思っていました」


 矛盾した思いは、どちらも大切で、蔑ろにできなくて。それでも、選ばなくてはいけなくて。どちらも正しくて、どちらも間違っているのかもしれない。


「勇者を召喚すれば、俺は前世()の自分に胸を張ることができなくなる。だけど、勇者を召喚しなければ、今世()の自分が胸を張れなくなる。どちらかを捨てることなんてできない。両方大切なもので、かけがえのないものだったから」


 だから、スオンは選んだ。どちらも捨てられないのなら、両方捨てなければいい。召喚される悲しみを増やさない道を、この世界を救う道を、両方を目指す道を選べばいい。その道の答えは、……たった一つだけあったのだから。


 できるのかなんてわからない。いずれ後悔だってするのかもしれない。それでも、この答えだけは胸を張って叫ぶことができた。過去と今を生きてきた彼が、今度は未来を真っ直ぐに生きるために。



 スオンは、空へ向けて手を翳し、人を超えた魔力を開放した。巻き起こった白き光が天を駆け、巨大な魔方陣がこの国全体へと広がった。


 淡い光に包まれた人々は、争いで傷ついた傷が治っていくことに驚愕する。身体の奥から力が溢れ、それとは反対に押していた魔国の勢いが止まった。人々の目に、確かな希望が宿ったのだ。


 たった一人の力で、形勢を覆す。そんなことができるのは、人間たちの最大の切り札である存在のみ。魔族の男はその姿を焼き付けるように、リヴィアは泣きそうな顔で、青年を見据えた。



「……もう、わかっているのかもしれないけれど、改めて自己紹介をさせてもらう。俺は、スオン・レーゼス。この国のお姫様のお抱え魔法使いにして、この世界を救うために召喚された――勇者だよ」


 それが、スオンの出した答えだった。




******




「リヴィア様ー、機嫌を直してくださいよー」


 あれから、魔国の先兵たちはこの国を去った。見逃してしまうことになったが、この国が受けた傷は深い。あちらとしても、予想外の勇者の存在に形勢を立て直す必要があると判断したのか、ものすごい殺気をまき散らしながら帰っていきました。すげぇ、怖かった。


 俺が勇者であることは、すぐに広まった。王太子という目撃者がおり、人知を超えた力は、人々を納得させるのに十分だった。本来なら異世界から召喚されるはずの勇者であったが、王族側が色々脚色ストーリーを考えて吟遊詩人に流したようで、気づいたら奇跡の勇者になっていた。だから、怖ぇよ。


 復興やら、知人ばっかりの中で行われた勇者様お披露目会という名の羞恥プレイを終え、俺は勝手知ったる自分の部屋に相変わらず住んでいた。勇者のために用意しようとしていた部屋など、恥ずかしくて住めない。豪華すぎて辛い。そもそも徒歩5分以内に、4年間暮らした自分の部屋があるのだ。なんて異世界の経済に優しい勇者様。


 そんな日々を送っていたが、俺の上司であったお姫様は……ずっと無表情だった。これが一番怖かった。感情を削ぎ落としたというより、溢れ出しそうな感情を無理やり押し込めているような感じなのだ。その矛先は、間違いなく俺だろう。


 だが、それに逃げているばかりではいけない。しっかり怒られる覚悟はできている。足がプルプル震えそうになるが、俺は頑張ると決めたのだ。国王様にお願いして、リヴィア様と話がしたいと言ったら、溜息を吐かれた。早く行って来い、と犬を追い払うみたいにシッシッと手を振られました。



 この国の上層部にいくにつれ、俺の扱いが酷いと言うか、遠い目をする人が多いのは気のせいだろうか。さっき廊下ですれ違った友人に、「この前貸したエロ本、早く返せ」と催促したら噴き出された。


 夢を返せって知るか。おかげで一週間ぐらいしたら、元の知り合いたちはまた酒に誘ってくれるようになった。母さんは俺の好物を作ってくれて、父さんは白くなった俺の頭をぐしゃぐしゃに撫でてくれた。王子様の嫌味も相変わらずである。


 変わったものはたくさんあった。だけど、変わらなかったものもたくさんあった。……俺は、ちゃんとここにいたんだなってそう思えた。



「……怒ってなどいません」

「いや、でも。リヴィア様の願いを、俺は無下にしたようなものだし。あんなに覚悟を決めて下さったのに、結局今までとあんまり変わらない感じだし」

「変わったことは、たくさんあるでしょう…。それに、私にあなたを怒る資格などありません」


 リヴィア様の部屋に行き、話がしたい、と言った俺に彼女は扉を開けてくれた。唇を噛み締める姿は、彼女らしくなくて、なんとかしたいと思っても俺にそんなイケメンスキルは存在しない。異世界勇者召喚で、ハーレムを築くやつらは、どうやってそんなスキルを手に入れたんだろう。


「……あの日スオンは、元の世界に帰っていたのですか?」

「えっ? あっ、はい。元々俺は、この世界に召喚された人間でしたから。だから、送還術を使えばもしかしたら……と思って、時空魔法と魔力でごり押ししたんです。本当に成功するとは、自分でも笑っちゃいましたけど」

「帰りたいとは、思いませんでしたか? 争いのない、平和な世界に」

「……あっちの俺は、死んでいましたからね。それに19年も経っていましたから」


 彼女の言う通り、望郷の思いがなかったわけではない。何もかも投げ出して、地球で暮らしたらどうなるだろう、という考えもあった。両親はどうしているだろうか。友人は元気にやっているだろうか。魔法で探せば、見つけられたと思う。せめて一目だけでも、会いたかった。


 だけど、突如感じた召喚魔法の魔力に、気づけば身体を飛び込ませていた。あの時は、『テデル』やみんなや彼女のことしか考えられなくて、何かあったのか気が気じゃなかった。今考えると、答えなんてわかりきっていたんだな。



「召喚の門を、通ったのですね」

「はい。俺は魂だけ、門を通った未完成な勇者でした。その俺に力がないのなら、もう一度門をくぐり直せばいい、って思ったんです。この世界の身体だったからなのか、二度目の通行の所為なのか、19歳で真っ白になってしまいましたが」

「……ばかですか、あなたは。本当に、ばかですか」

「えーと、確かに俺も馬鹿なことを思いついたなー、とは」

「――ッ、どうして笑っていられるのですかッ!? こんな私に、笑いかけるのですか! 私の所為で、あなたは夢を壊されて、やりたくもない戦争に参加させられて、挙句の果てに勇者にさせられてっ……! 私は、どうやってあなたに償えばいいのですかっ…」


 俺の言葉に、彼女はずっと溜めていたものを吐き出すように声をあげた。決壊した滴が、頬を走る。目を見開く俺を見て、彼女は慌てて口に出してしまった言葉を、涙を止めようと、何度も腕で拭っていた。


 彼女は、昔から自分勝手で、唯我独尊な人だった。他人からの意見を取り入れることはあっても、決して相手に全てを聞く人ではなかった。


「それは…」

「わかって、いるんです。こんなことを言われても、困らせてしまうだけなのは。だけど、わからないんです。どれだけ償いたくても、スオンはそんなことを望む人じゃなくて。突き放そうとしても、何度でも手を伸ばしてくれて……」


 嗚咽混じりの声と、噤まれる唇。こんな時なのに、彼女の泣き顔は綺麗だと思った。だけど、やっぱり俺はいつも通りの彼女の笑顔の方が好きだった。嗜虐性たっぷりの……ではなく、本当に生き生きと笑う彼女の方がよかった。


 彼女の命なんて欲しくない。償いなんていらない。彼女が手を伸ばすのなら、何度だって掴んでみせる。そう思ったからこそ、俺はこの道を選んだのだから。



「……なんか、リヴィア様の中の俺がすごい聖人君子すぎて、もはや別人に感じますね。今だから言いますけど、俺だって恨んだことぐらいありますよ。呪詛を吐くぐらいしますよ。ただ昔っから流されやすくて、怒りが持続しない省エネタイプなだけですから」


 転生しなければ、力がなければ、勇者じゃなければ、俺はきっとどこにでもいる平凡な男だっただろう。自分のかっこいいところをあげろ、って言われても、絶対に勇者召喚並みに悩むと思う。


 地球を巻き込まないために、この世界を救うために、勇者になったのは間違いない。だけど、根本は誘拐犯になりたくなかっただけで、みんなと楽しく毎日を過ごしたかっただけだ。あとは、かなりツッコミどころしかない理由だけだった。


「しかし……」

「しかしも、かかしもありません。納得出来ないのなら、いいです。この際、暴露してやりますよ。俺はリヴィア様並みに、自分勝手な理由で勇者になったんです。冒険者になれなかったことや、戦ったことは、確かにあなたが原因でした。そこは正直にムカつきました。だけど、俺が勇者になったのは完全に自業自得です。俺は突き詰めれば、自分の欲望のために、この道を選びました」

「スオンの、欲?」


 きょとん、と目を瞬かせるリヴィア様、超かわいい。いやいや、俺よ。それはチョロ過ぎだろう。


 だけど、勇者になったらちゃんと言うつもりだったのだ。そのために、地位とか強さとかを手に入れたのだから。少々ズルい手だったかもしれないが。まぁ今更恥ずかしがるとか、逆に恥ずかしいよな。羞恥プレイなんて、日常茶飯事だし。


「俺が勇者を召喚しなかったのは、めちゃくちゃムカついたからです。渡したくなかっただけです。召喚された勇者様に、全部あげるとかふざけんな。こちとら、何年かわいいなー、とか思い続けて、妄想し続けていたと思うんだよ。……あっ、やっぱりちょっとリヴィア様も悪い気がしてきた。自分をもう少し、大事にしなさい」

「ス、スオン?」

「俺はあなたに、償いのために一緒にいて欲しくない。苦しかったら、一人で悩んで欲しくない。一緒にいるのなら笑って、情けない俺の尻を引っぱたいて隣にいて欲しい。辛い時は密室で二人で相談し合って、いい雰囲気を作って欲しい。俺が望むのは、本当にそんなことで――」


 俺は緊張に一度深呼吸をすると、意を決して言葉を続けた。



「ただ、……惚れた女の子に振り向いて欲しくて、勇者になった馬鹿ですよ」


 結局、それだけのことなのだ。彼女の隣に別の誰かがいるのが、俺が嫌だっただけのこと。本当に惚れた弱みで世界を救う勇者とか、お話だから許されることだ。現実にいたら、絶対にチェンジ! とか言われそうな勇者である。


 それでも守りたいと、笑ってほしいと思ったのだ。自分の幸せを考えた時、真っ先に思い浮かんだのは、楽しそうに彼女と笑う自分だったのだから。


「スオンは、それで、……戦いの道を選んだのですか」

「えーと、はい。今だってすごく怖いし、戦争を好きになることは一生ないと思います。恨むことや、恨まれることなんて、したくありません」

「だったら、わざわざ勇者の道を」

「でも、逆に考えてみたんです。勇者だから、できることを。力があるから、できることを。俺だからこそ、できることを。俺はやっぱり戦争は嫌いで、退屈でも平和な世の中が好きです。理想論だとしても、奪い合うより、分け合いたいです」


 俺は勇者として、大きな力を手に入れた。この力を使えば、魔国を本当に滅ぼせるかもしれない。もうこの国が、奪われることはないのかもしれない。それは確かに、平和になっただろう。


 でも、それじゃあ何も変わらない。奪い取ったって、また別の奪い合いが起きるだけだ。数百年後には、また勇者召喚なんて碌でもないことが繰り返されるだけなのだ。だったら、その流れを止められるのは、きっと変わり者の勇者だけだと思ったから。


「俺は魔国と戦います。だけど、それは殺し合うためじゃない。せっかく強い力を持ったんですから、生かさないと。殺さずに戦争を止め続けて、そして……いつか和平を築いてみせます。俺が生きている限り、何十年かけてでも。絶対に大変だけど、そう考えたら前に進むことができたんです」

「……スオン、それは。実現できるのか、わからないことです。魔族という種族としての価値観の違いや、悲しみに嘆く人間もいます。異端だと、あなたが罵られるかもしれないのですよ」

「でしょうね。でも、きっと大丈夫ですよ」

「どうして」

「世界すら違う俺が、ちゃんと受け入れられたからです」


 異世界と種族じゃ、また違う問題もあるだろうけど、きっと根本は同じなのだ。俺は魔族や魔国について、何も知らない。知らないのに、受け入れられるはずがない。俺だって、最初はこの世界を受け入れられなかったのだから。


 だったら、同じだ。この世界のように、これから知っていけばいい。もしかしたら、折り合いだってつくのかもしれない。お互いに妥協し合っていけば、受け入れられるかもしれない。自分がこの世界の人間なのだと、俺自身が認めることができたように。




「……平和ボケは、治りませんね」

「あははは。怒ります?」

「怒りませんよ。もう慣れてしまいました」


 肩を竦め、呆れたように彼女は笑った。その浮かべた笑みに、俺は思わず呆然としてしまう。その笑みは、凍った心をとかす様な、まるで春の木漏れ日の様に温かかったのだから。


「そういうことでしたら、まずは魔国の資料を集めなければなりませんね。スオンには戦争を止めてもらう必要がありますから、忙しくなりますよ」

「えっ、あのー。本当に怒らないの? しかも、一緒にやってくれるんですか?」

「当たり前です。勇者を支えるのが、私の役目です。何より、スオンを一人になんてできません。危なっかしくて、情けないのに無茶ばっかりする人だって、今回のことで、よーくわかりましたから。だから、……今度こそあなたの夢を叶えるために、共に歩んでいきます」


 その言葉の後に、二人で小さく噴きだしてしまい、それから笑い合ってしまった。頑張って勇者になったのに、無茶ばっかりで悪かったですね、とか。そっちだって魔国が攻めてきた時、危なかったでしょうが、とか。お互い様すぎて、おかしかった。


 魔法学校で喧嘩をしていた時のように、自分の言いたいことを素直に言葉にできていたあの時のように、俺たちの時間は動き出した。



「これからは上司ではなく、協力者ですからね。……ですので、もう敬語はいりませんよ」

「えっ、あー、なんというか、もう敬語が染み付いちゃったと言いますか。さすがに学校の時のような、先輩後輩関係は厳しいですよ」

「そうですか…」

「だけど、……リヴィって名前で呼ぶのはいいですか? こっちの方が、やっぱり呼びやすくて」

「えっ…、えぇ、お好きにどうぞ!」


 ちょっと気恥ずかしい気持ちになったが、プイッと顔を背けたリヴィが、やっぱりかわいかったので良しとした。とりあえず自分の気持ちは伝えたし、名前呼びができたし、一歩進んだァー! と俺は心の中でガッツポーズをした。


「そうだわ。せっかくなら勇者物語のように、……誓いの口づけでもします?」

「えっ、口づけっ!?」

「その、またとない機会でしょ。物語の序章のところで、『この世界を平和にしてみせます』と言って、勇者様がお姫様に誓ったあの場面の再現でも……」

「リヴィの足にですかッ!?」

「物語は手だったでしょうっ! ……調教しすぎたかしら」

「えっ」



 ――こうして、お抱え魔法使い改め、勇者スオンとなった俺と、腹黒ドSなお姫様の物語は、この時始まったのであった。



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[良い点] 何回読んでもやっぱり好きだわ〜って口から出てくる [一言] めっちゃ好きです!
[良い点] やっぱり最高かな? 新作が欲しいよお
2020/11/18 11:12 退会済み
管理
[良い点] 調教済みでも、とても格好いい主人公ですね [一言] おもしろかったです
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