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巡礼の咎喰い  作者: 捨て石


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最終話:『どこまでも続く、泥と空の先へ』

最終話:『どこまでも続く、泥と空の先へ』

 上空を覆っていた偽りの聖光が瓦解してから、数週間の月日が流れた。

 整然としすぎていたかつての聖都は、大聖堂の崩壊とともにその無菌の仮面を剥ぎ取られていた。秩序に縛られていた人々は戸惑い、時に足踏みをしながらも、己の感情で泣き、笑い、痛みを分かち合う「人間」としての第一歩を踏み出し始めている。

 そして、暗く湿っていた地下バザールには、地上からの光が降り注いでいた。崩壊した天井の隙間から差し込む太陽の光が、埃っぽい空気と活気ある人々の熱気を明るく照らし出している。

「おい、そこ! 瓦礫の撤去が終わったら、次は補強用の木材を運んでくれ!」

「よし、引き受けた。ガド、そっちの角材はわたしが持つ」

 ガドの指示に合わせ、ヒルデが汗を流しながら巨大な材木を肩に担ぎ上げていた。重装甲冑は脱ぎ捨て、袖を捲り上げた質素な服を纏っている。幾度も研ぎ直された大剣は、背中で静かにその重厚な存在感を放っていた。

「ヒルデ、力任せに運んでは腰を痛めますわよ。もう少し道具を使いなさいな」

 脇から声をかけたのは、短く仕立て直した実用的な旅着に身を包んだクラリスだった。かつての絢爛豪華な法衣の面影はない。手には細身の聖剣が握られているが、その鞘や柄には修繕の痕が痛々しく、同時に誇らしく残っていた。

「……愚痴を言う暇があるなら、そっちの棚の補強を頼む。釘の打ち込みが浅い」

「なんですって……!? 私が計算して打った補強に文句をつける気ですか!」

「文句ではない、事実だ。ぐらついている」

「まあまあ、ふたりとも……バザールの復興作業なんだから、ケンカしないでよ」

 間に割って入ったのは、小さな木箱を両手で抱えたエレボスだった。

 無造作に伸ばした髪に、少し大きめの外套。かつて神のスペアとして冷たい籠の中にいた面影はどこにもない。すり傷をつくり、泥で顔を汚しながらも、その瞳にはどこまでも澄んだ光が宿っていた。

「エレボス、甘やかしてはダメですわ。この堅物騎士は相変わらず配慮というものを知りませんのよ」

「……配慮で建物は立たん」

 無表情のまま言い返すヒルデの様子に、ガドやボリスたちが腹を抱えて笑い出した。

「ハハハ! 相変わらずだな、お前たちは。……で、そろそろ行くのか?」

 ガドが汗を拭いながら、寂しげに、けれど温かい視線を三人へ向けた。

 ヒルデは大剣の帯を締め直し、深く息を吐いた。

「ああ。バザールの補修もひと通り終わった。……これ以上長居すれば、お前のスープのツケがとんでもない額になる」

「ふん、ツケならもう一生分溜まっていますわ。だからこそ、世界中を回って珍しい食材でも探してきて差し上げますの」

「ふふ、ガドのスープ、どこへ行っても恋しくなりそうだなあ」

 エレボスが木箱を置き、自らの足でしっかりと地を踏みしめる。

 完璧な騎士でも、高貴な聖女でも、神のスペアでもない。

失敗し、泥に塗れ、傷つきながらも、互いの手を取って「生きる」ことを選んだ、不完全な一人の人間たち。

「……世話になったな、ガド。礼を言う」

「おう。またいつでも戻ってこい。腹を空かせてな!」

 バザールの人々に背を向け、三人は地上へと続く長い坂道を上り始めた。

 暗渠を抜け出た先には、果てしなく広がる青空があった。

遮るもののない太陽の光が、地平線へと続く一本の泥道を金色に染め上げている。

 道は平坦ではない。ぬかるみがあり、石ころが転がり、これから先も辛いことや雨風に晒される日があるだろう。だが、三人の足取りに迷いはなかった。

「……まずは、どこを目指すつもりだ、クラリス」

「東の交易都市ですわ。そこなら旧機構の動向も、新しい世界の情勢も入ってきます。……まあ、道中で美味いスープの店があれば寄り道も悪くありませんけれど」

「……元・聖女が、開口一番に食い意地か」

「ただの『クラリス』ですわ! それに、美味しいものを食べて生きることの何がいけないのです!」

「わたしも美味しいもの食べたいぞ! ヒルデ、競走だ!」

「おい、エレボス...! 走ると転ぶぞ!」

「ふふ、ズルいですわよ二人とも! 待ちちなさいな!」

 駆け出すエレボスの背中を追いかけ、ヒルデが苦笑しながら歩調を速め、クラリスもドレスの裾を大きく翻して走り出す。

 靴の底に泥の重みを感じながら。

吹き抜ける風の冷たさと、差し込む陽光の熱を肌で感じながら。

「さあ……行こうか」

 誰かが呟いた小さな言葉が、どこまでも澄み渡る大空へと溶けていく。

 不完全で、どこまでも愛おしい人間の明日へ向かって -三人の足跡は、泥の道の先へとまっすぐに続いていた。


(完)

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