緊急会議
全国高等学校ボクシング選抜大会沿岸ブロック予選全試合終了後、今回の大会に関与した関係者全員が試合会場である高南工業高校の大会議室に集結していた。
沿岸ブロックボクシング連盟審判委員長である、唐河中央高校ボクシング部監督、黒木達也の呼びかけによるものだった。
会議の主旨は言わずとも誰もが察していた。
ライトウェルター級の決勝戦における不可解なレフェリングと試合結果についてである。
大会議室のスクリーンには、ライトウェルター級決勝戦の様子が映し出されていた。
そして黒木は挨拶もそこそこに口を開く。
「今大会において審判部として見過ごせない事案が発生しました。競技の公平性と安全性、信用を損なう非常に重大な事案であることを皆様にはご理解いただきたく思います」
勤めて冷静に振る舞う黒木だが、その声のトーンからは怒気が隠せていなかった。
さらに黒木は続ける。
「皆様には大変申し訳ないのですが、今回の一件、私の独断で今流されております試合の動画と試合内容につきまして、日本連盟の審判部に送付し、問題提起とさせていただきました。事後報告になりましたこと、深くお詫び申し上げます」
この言葉に会議場内は大きくどよめいた。
「ちょっと待って!黒木さん、あんた理事会の承認も受けずに何を・・・」
色をなして声をあげたのは平城山体育大学OBの内の1人だ。
黒木はそちらを一瞥すると、
「ことが緊急性を要しましたので、すぐに動かさせていただきました。問題の試合の本来の主審でありました塩崎にもすぐに連絡を取り、事の次第を確認させていただきました」
険しい表情を崩さずにそう答えた。
「改めまして、私の独断専行並びにライトウェルター級の決勝戦の後、競技運営を任せっぱなしにしてしまったことを改めてお詫び申し上げます。その上で今回急遽お集まりいただきましたのは今回のライトウェルター級決勝戦での事案に対して沿岸ブロック連盟としての対応の決定、及び今回の事案の元となった者に対するペナルティについて合議するためです」
ここまで一気に述べた後、黒木は沿岸ブロック連盟会長の方に向き直る。
会長は
『了解した』
と言わんばかりに頷いた。
「ちょっと待ってください!ペナルティって何ですか!?」
「当然のことです。稚拙なレフェリングにより試合結果を歪めてしまった。そこに意図的なものが介在するのであれば処分も致し方なしかと」
会議場のスクリーンには何度も繰り返し、問題の試合動画が流されている。
黒木はパワーポイントで問題のシーンを指摘し始めた。
「井口のこの左はなぜ警告されたのでしょうか?」
「プッシングと判断しました」
主審を務めていた男がそう答えると別の方向から誰かが声をあげた。
「これがプッシングならボクシングでストレートパンチを打てる選手はいなくなる!」
更に、
「そもそも朴の低い頭になぜファールを与えない!どれだけ危険な行為をしているか理解してるんですか!?」
「意図的に井口に対して不利なレフェリングをしているのが見え見えです!あのボディブローをローブロー取るなんて正気の沙汰ではない!」
「朴の頭で井口が負傷したのは朴の減点ではないのか!?」
次々と会場にいる理事たちからの批判の声が主審を務めた男に集中した。
それに対して一塊になって席についていた平城山体育大学OBの一団が一斉に反発した。
「主審交代を認めたのは沿岸ブロックの審判部だろうが!結果が気に食わないからとクレームを入れるのは違うだろう!」
「それに試合中、どんな流れがあったとは言え、最終的にタオルを投入して棄権を選択したのはそこにいる西木ではないか!」
「それなのに主審を責めるとは、筋違いも甚だしい!」
これらの声を聞き、それまで沈思黙考していた西木匠国教大附属ボクシング同好会顧問は静かに口を開いた。
「確かにタオルを投入して試合を止めたのは僕です。だから試合結果について、どうこう言うつもりはありません」
ここまで行って一旦言葉を切った西木は淡々と続ける。
「ことは競技ルールに関わることですから白黒をはっきりさせておきたいだけです。うちの井口は本当に減点を取られるような反則行為をしていたでしょうか?個人の意図で競技ルールが歪められ、結果に影響するようであれば、それはもはや競技ではありません」
「はあ?それならあんたは競技ルールを理解してるとでも?」
主審を務めた男が揶揄するような目つきで西木を見て言う。
西木は意に介した風もなく
「今のところは競技規則のハンドブックを丸暗記レベルですね。その上で可視化されている試合を見る限り、井口が減点されるようなファールを犯しているとは思えません」
そう言って主審の男を見やっている。
「・・っ、それは見方の違いが・・・」
「更に朴くんの危険な構え、明らかにバッティングに来ています。井口はこれにより負傷。でも減点されたのは井口」
「それは・・ローブローが・・・」
「動画を見て下さい。井口のパンチは朴くんのベルトラインにすら触れていませんよ」
主審を務めた男は反論する言葉を失い下を向いてわなわなと震えている。
西木はここで黒木に向かって声をかけた。
「試合の勝った負けた以前にこういったルールを曲解したやり方を放置すればするほど、競技の信用は失われます。だから、ここでしっかりと白黒をつけてほしいと思っています」
そう聞いて黒木が頷いた時、平城山体育大学OBの一団が再び怒声をあげた。
「ふざけるな!素人顧問が知った風な口をきくな!」
口々にあの多満井穐比子が西木を下げる時に使う常套句を口にしていた。
そんな中、理事の1人が挙手をして発言を始めた。
高南工業高校ボクシング部監督の岩倉健司だった。
「今回の審判部の不祥事、高南県選手団を預かるものとして西木先生、井口くんには謝罪させていただきます。その上で、今回の件につきましては、主審へのペナルティは日本連盟に一任するとします。黒木先ん生、今日の議事録も日本連盟に送るんでしょ?」
そう聞かれて黒木は頷く。
「当事者たちの言い分や様子もしっかり伝えておく必要がありますからね」
そして岩倉は納得したように頷いてからさらに続ける。
「今回の件は高南県としましてもしっかり対応したいと思っております。ボクシング競技の公平性、中立性、安全性、そして信用を損なったとして高南県ボクシング連盟はこれに関わった関係者につきましては、連盟除名も含めた対応をさせていただきますので、そのつもりでおってください」
更に
「今流れている動画を見てもお分かりでしょうか、桑村産業の朴は全国大会を戦うレベルに達しておらず、さらに確信犯的に危険行為を行っておりますので
高南県ボクシングチームとしてライトウェルター級は選抜大会参加を辞退させていただきます」
立て続けに落とされた岩倉からの爆弾に平城山体育大学OBたちは愕然となり、沿岸ブロック連盟会長が議事進行を務めていた黒木に対して
「では、早急にその方向で進めるように」
そう、告げたことで全てが決まった。
―――――――――――
会議が終わり、ガランと広くなった室内で黒木達也は西木匠を前にして苦渋の表情を浮かべて話をしていた。
「この騒ぎの最初のきっかけになった塩崎という男なんですけど、すごくボクシングという競技に真摯に向き合っていましてね。唐河県ボクシング連盟に入ってからも試合の手伝い、強化練習の采配、学生たちの世話、他にも色々ものすごく誠実に取り組んでくれていました。よもや多満井と個人的なつながりがあったとは・・・西木先生、私はですね、彼に将来的に唐河県連盟を中心になって支えてほしいと思ってました。今回のB 級テストのための主審起用もその一環でして、ゆくゆくはA級ライセンスも・・・なんて思っていたんですがね。私の不徳の致すところです。塩崎は除名します。もう競技には関わらせません。本当に思ったようにはいかないものですね」




