全国高等学校ボクシング選抜沿岸ブロック予選準決勝・ライトフライ級
準決勝第1試合、国体王者の具教達規(信徳学院)と強打者のファイター、高田龍二(武領)の一戦。
スタートから連打で攻撃を仕掛ける高田に具教も出鼻にワンツースリーを合わせるなどして応戦する。
30秒過ぎ、具教が左フック右ストレートからのコンビネーションを放ち右を伸ばした次の瞬間、高田から放たれたフルスイングの左が具教のテンプルを襲い、続いて放たれた右フックが顎先を捉え具教、仰向けに強烈なノックダウン。
レフェリーは即座に試合を止めた。
これで国体王者2選手が敗れる大波乱となった。
◯高田龍二(武領)【KO1R0.50】具教達規(信徳学院)⚪️
準決勝第2試合、わかる人には分かる注目の試合。
山田信一(大咲南)と地御前栄代(国教大附属)の一戦。
ゴング前から両コーナーとも空気がピリピリと・・・していなかった。
赤コーナー山田のセコンドについている高南学院高校3年、国体フェザー級王者の護山蒼次郎。
地御前の青コーナーに向かって意味深に挑発的な笑みを向けている。
それに対して少し困惑した表情でセコンドについている顧問の西木匠と何やら言葉を交わす地御前。
ちなみに今日の主審は国際A級ライセンス保持者で唐河中央高校監督の黒木達也が務めることとなった。
リング中央に呼ばれた両選手にレフェリーから簡単なファウルが説明され、山田信一、地御前栄代の両選手それぞれのコーナーに戻って、セコンドとグータッチを交わし、第1ラウンド目のコングが鳴っ た。
開始直後、いきなり山田は地御前に接近し左右のアッパーカットを強振。
地御前がそれらを難なく、スウェーバックで空振りさせると山田は左ジャブを突いてバックステップ。
そしてリング内を大きくサークリング。
地御前は例によって胸元に両拳をちょこんと置いた独特の構えで上体をゆらめかせながら、すたすたと接近を試みる。
両選手かなりの身長差があり、小柄でリーチも短い地御前は長身痩躯リーチも長い山田を捕らえるにはあえて相手の射程距離内に飛び込む必要があった。
地御前はハイスピードでフットワークを使い、リング内をサークリングする山田から放たれる左ジャブやワン・ツーストレートをスウェイバック、ヘッドスリップ、ダッキングなどで外しながら突破口を模索する。
山田は背の低い地御前が接近戦を試みるたびに左右のアッパーカットを多用して、地御前がスウェイバックでそれらを空転させるたびに最後にジャブもしくはワンツーストレートを放ち、すぐさまロングレンジのポジションをキープしていた。
この展開を見て一気に表情が険しくなったのがリングサイドで観戦している井口崇通とサブセコンドについている江波一成。
顧問の西木も違和感を感じ取っているようだった。
赤コーナーではチーフセコンドの護山が得たりとばかりに笑みを浮かべている。
1ラウンド終了後のインターバル。
青コーナーでスツールに座って呼吸を整えている地御前は表情にあまり変化を見せないが、しきりに首をかしげていた。
西木は淡々とセコンド業務をこなし地御前の様子に異変がないか観察しつつ、違和感の正体を探っていた。
そんな中、共通の危惧を抱いていたのが井口と江波。
(印象点を持って行かれてる!)
そう、山田は派手なサークリングと当たらないが、見栄えのする派手なパンチを繰り出して、地御前が反撃に移る前に射程外に避難、再びサークリングに戻る。
一見すると山田が地御前を翻弄しているように見えている。
そのためにアッパーカットなどを使って小柄な地御前にスウェーバックを多用させて山田のパンチにのけぞっているかのように見せかけている。
実際の有効打こそないが印象点を稼ぐには十分すぎる戦法とも言える。
2ラウンド目開始後も1ラウンド目と似たような展開が繰り返され、殊更に勝負への欲求が薄い地御前は淡々とした感じで山田の間合いを潰そうと試み、山田はそれから徹底的にエスケープを図り見栄えのするパンチを放って地御前がのけぞっている絵面を演出している。
山田サイドからすれば作戦通り、地御前側からすれば非常にじれったい展開である。
ただ、時々ではあるが地御前の放ったパンチが山田に届くことがあり、それは相当な精度で人体の急所を突いているらしく、地御前の拳に触れられるたびに山田の表情も険しく歪んでいた。
2ラウンドもラスト30秒を切ったあたり、青コーナーのセコンド西木が何かを思ったのか
「よし」
と小さくつぶやいた。
そのつぶやきはこの試合の違和感に気づいた他の同好会メンバー、客野太郎、銀山御幸、宮内白塔らの耳にも届いていた。
2ラウンド終了後のインターバル。
地御前の呼吸を整えながら西木が声をかけた。
「作品の完成間に合わないかな?」
「?」
「山田くんは君の空間の隙間をついて動いている。空間の空白だね。今、君は山田くんそのものしか見えていない。山田くんの空間の空白を見てみようか?間に合いそうかい?」
西木の言葉を聞いて、すっと地御前の瞳から光が消え、赤コーナー側の山田の姿を無表情に見据えた。
「間に合わせます」
地御前は静かに答え、そして美術の師弟は頷きあった。
インターバルで2人の会話を聞いていた江波の心中には
(この2人は一体何を理解し合ってるんだろう?)
という思いだった。
そして、今は相手方のチーフセコンドについている護山蒼次郎が対キューバ戦の時に国教大附属チームのサブセコンドを買って出てくれた際に西木が地御前に出していた指示が
「意味はさっぱり分からなかったが直感的にやばい内容だと感じて背筋がゾッとした」
と言っていたのを思い出していた。
最終3R開始。
何を思ったか地御前はロープを背にして横歩きにすたすたと動き始めた。
山田はロープを背にした地御前の前で左右にステップを使い、かなりの長距離から探るようなジャブを放っている。
地御前はロープを背にした状態で山田が放つパンチを見切って外しつつ、じりじりと横移動を繰り返す。
そしてニュートラルコーナーまで移動した時、なぜか両選手の距離がかなり詰まっていた。
横移動しながら地御前は山田のパンチを外しつつ、気づかれないように距離を詰めていたのである。
そしてニュートラルコーナーまで到着した瞬間、地御前はピボットターンで素早く体を入れ替え、山田にニュートラルコーナーを背負わせると同時に縦拳で高速のワンツー連打をガードの上でもお構いなしに速射し始めた。
表情はいつも通り無表情だが、明らかに普段の地御前とは異なるエモーショナルなアクション。
最終ラウンドということもあって、山田も必死に手数を返すが地御前の正確無比極まりない拳撃は山田の顔面ボディを執拗に襲い、みるみるうちに山田の右目付近が腫れ上がり塞がり始めた。
そしてどうにかニュートラルコーナーから脱出し、ロープ伝いにサークリングを再開しようとする山田に対して地御前はサウスポーにスイッチして、奥の左手から強烈な縦拳の左ボディストレート!
思わず山田がロープ最上段をグローブで掴んで崩れ落ちそうな体を支えようとした。ところで、レフェリー黒木がダウンを宣告。
8カウントで再開後、今度は凄まじく速い踏み込みで、山田の懐に飛び込むと同時に強烈な左右のアッパーをとんでもない回転で繰り出して行き正面のガードを固めた山田に対しまたもやステップを切り返してサウスポーになるとその勢いのまま右のボディアッパーを縦拳で鳩尾に叩き込んだ。
すかさずレフェリー黒木が両者の間に割って入ろうとする一歩手前で試合終了のブザーが会場に鳴り響いた。
「ただいまの競技の結果をお知らせします。3−2のスプリットディシジョンによりまして・・・」
会場内は水を打ったように静まり返っている。
「青コーナー薙沢県国際教育大学附属国際高校、地御前栄代選手のポイント勝ちでした」
◯地御前栄代(国教大附属)【3−2】山田信一(大咲南)⚪️
レフェリー黒木に手をあげられた地御前からポツリとつぶやきが漏れていた。
「・・・間に合った・・・」
―――――――――――――
試合後、リングから降りた地御前栄代。
ドクターチェックが終わった後、チームの待機スペースに戻り、そこで試合のユニフォームを脱いで汗をしっかり拭いた後、右胸に小さく
『国教大附属』
とプリントされた白い T シャツに着替えて、そのまま床に敷かれているブルーシートの上に大の字になった。
天井を眺めながらゆっくりと呼吸して、セコンドについていた西木が与えた課題に
『間に合った』
ことに安堵して、目を閉じた。
ほどなくして誰かが近寄る気配を感じたが、同好会メンバーの誰かだろうと気にせずにいたら、すっと頭を持ち上げられなんとも心地よい感触のするところに頭を乗せられて思わず目を開けた。
そこで地御前栄代の目に飛び込んできたのは、
「えーくん、お疲れ様。よく頑張ったね」
「しろくん、かっこよかったですよ」
思わず体を起こそうとする栄代を優しく抑える2人の姉。
「海愛お姉ちゃん、菜沙お姉ちゃん、来ていたの?」
「ごめんね、今日だけなの。たまたま空いた時間が菜沙ちゃんと重なったからサプライズで来ちゃった」
「今度お休みで帰ったらしろくんの好きなものいっぱい作ってあげます。今日は海愛お姉ちゃんとランチバスケット用意したから後でみんなと一緒に食べてくださいね。お腹に優しいものばかりですから」
海愛と菜沙、2人の魅力的な姉から真綿に包まれるような愛情を受け栄代はすっかり表情をとろけさせて身を委ねるのだった。
同じ頃、試合後のドクターチェックを終えた山田信一が国教大附属チームの待機スペースに向かいながら護山蒼次郎と言葉を交わしていた。
「行けると思ったんだがなぁ・・・」
大きく伸びをしながら残念そうにつぶやく護山。
その隣で腫れ上がって塞がった右目を小さめのアイスバッグで冷やしながら山田信一が笑顔を浮かべて
「いや、護山さんの作戦、完全に地御前くんの弱点を抑えてましたよ。さすがだと思いました」
と、言う。
「『押してもダメならもっと押せ。必殺マスボクシング作戦』この作戦を考えるために俺は夜しか寝てなかったんだけどな」
「正直完敗ですね。インターバル中に何があったのか、3ラウンド目に地御前くんの雰囲気が急に変わってましたからびっくりしました」
「岩倉先生が言うところの『眠れる巨竜』が片目を開けた、といった感じかな?」
「あれ?」
色々と語り合いながら、ふと待機スペースに目をやった護山と山田の視線の先には・・・
姉2人に膝枕をされて甘えん坊モード全開となり、すっかりとろけ顔な地御前栄代の姿があった。
「・・・シスコンですね・・・
」
「うん、シスコンだな」
「重症ですね」
「うん、かなり重症だ」




