それぞれの語らいと
初日の熱戦が終了後の会場内リングサイドにて明日試合を控えた国教大附属ボクシング同好会のメンバーたちが思い思いに体を動かす中、バンタム級準決勝で高南工業高校の絶対王者、梶川元貴と対戦する宮内白塔を前に井口崇通がシャドーボクシングを見せながら何事か説明している。
もとより勝負論としては成立しないほどの試合なのだが、宮内としてもどうにか一矢報いたい気持ちはある。
梶川はサウスポースタイルなので、基本的なサウスポー対策を井口に訪ねたところで、シャドーボクシングを交えての指導となったのだった。
「おお〜〜」
井口のシャドーに感嘆の声を宮内があげる。
ごく単純なワンツーストレートからの左フックの切り返しという基本コンビネーションだが、井口のそれは圧倒的にレベルの違いを感じさせている。
「『おお〜〜』じゃねえよ。明日お前がやらないといけないことを見せてるんだからな」
呆れ声で言う井口に頷く宮内。
「僕のレベルでどこまで通じるかわからないけど、試すだけ試してみる。問題はポジショニングだよね。梶川さんのフットワーク早いからねえ」
「確かに中途半端な位置取りなら即蜂の巣だわな」
「だからちょっと初歩的かもしれないけど、思い切ったことやってみようと思うんだ」
決意にみなぎった表情をして言う宮内に、
「何やるつもりか知らんけどいいんじゃね?」
そう井口は頷いていた。
少し離れた場所で軽めの動作チェックやシャドーボクシングを終えた客野太郎と地御前栄代が何やら話し合っていた。
「LINE の通知すごいね」
客野のスマホを覗き込んで驚く地御前。
その数3桁に届かんばかりの勢いである。
相手は言わずと知れた、キューバの美少女ティアナ。
「・・・あまりにもキンコンキンコンうるさいから通知はオフにさせてもらってるんだけど、日本語の勉強になるらしくて・・・」
げんなりした表情で客野は言った。
「ふうん?」
意味深な表情をして地御前は続ける。
「なんだかんだで仲良くしてるじゃない?」
「なっ!」
客野は顔を赤くして返答に詰まる。
「LINE にはマメに返信してるしあのティアナちゃんからの通知の量だと客野くん、今日の試合の動画送ってあげたんでしょう?」
「・・・・なぜわかる?」
「僕もお姉ちゃんたちのLINE に僕の画像や練習してるところ、送るとすごくいっぱいいっぱい返事が来るんだもん」
無邪気に語る地御前に対して反応に困る客野だった。
「それはそうと・・・」
ふと話題を切り替える客野。
「お前、明日の山田さんのことなんだけどさ、何か対策とか立ててたりする?」
「対策?」
「山田さんってさ、『打倒地御前』の刺客として、担ぎ出されてきたわけじゃん?護山さんと梶川さんに」
そこまで言われると地御前は露骨に困惑の表情を浮かべた。
「むぅ・・・前から言ってるけど、意味がわからないよ。僕、今日やっと初めて勝ったばかりだよ」
「あの試合内容のどこが『やっと』だよ?お前、今日の相手曲がりなりにもインハイの3位だぞ」
最もそう言っている客野が今日圧勝した相手も高校2冠の選手だったのだが・・・・
「明日の試合、僕はいつも通りやるつもりだよ」
こともなげにそう答える地御前を見て客野はますます不思議そうな顔をした。
「今日の試合は地御前のいつも通りなのか?」
「なにが?」
「じっくりと相手の動きを伺うことが多いお前なのに今日はめちゃくちゃ仕掛けが早かった。いくらパンチが見えてるからといって、あそこまで早い段階で距離を詰めに行かなかっただろ?今までなら」
「あ、そのこと?」
客野に言われて地御前も得心した様子。
「揉めているの見るの嫌だったから」
「へ?」
地御前の答えに怪訝そうな反応をする客野。
地御前は続けた。
「僕の試合で判定の結果が出るたびにみんな揉めるじゃない?梶川さんの時は井口くんが暴れそうになったり、ガルシアくんの時も判定のことで大騒ぎになったでしょ?」
「・・・ちょっと待て、つまり何か?周りが揉めてるのを見るのが嫌だから、さっさと倒してしまおうと・・・」
「そだよ」
固まる客野。
地御前はそういうやつだったと改めて思い出す客野だった。
ペアになっての入念なストレッチを終えた江波一成と銀山御幸がボクシング同好会の顧問である西木匠を交えて雑談中。
「この予選が終わった後、また海外から遠征チームが来るそうですね?」
銀山がそう切り出した。
「予定ではこの試合の2週間後かな?Thailandのジュニアチームが遠征してくる。アジア連盟の承認も受けて、公式戦としての対抗戦も組まれるよ」
西木の言葉に江波が聞き返す。
「僕の相手、ヘビー級の選手っていそうですか?」
「確認済み。間違いなくいるみたい」
「よっし!」
拳を握りしめて嬉しそうに気合を入れた江波。
その様子を見ながら
「どこでやる予定ですか?」
と、銀山が聞いた。
「薙沢県で・・・なんて話も出てたんだけど、現実問題ちょっと無理。受け入れ体制というものが全くないからね」
ため息交じりに西木は答えた。
「確かに薙沢県って、本っ当に何にもないですよね。ここまで観光資源すらない県も珍しいですよ」
銀山もため息を漏らす。
忘れかけていた薙沢県の特殊性。
教育推進県を標榜し、学科外活動に全く目を向けず、県内全ての高等学校には野球部すら存在していない。
義務教育期間にスポーツに打ち込んできた子供たちは薙沢県を離れて他県の高校に進学する。
よく出る言葉、
『薙沢県スポーツ難民』
かの国体フェザー級チャンピオン、高南学院高校の護山蒼次郎もそんな1人であった。
「言葉にすればするほど切ない話ですねぇ」
江波がつぶやいた。
「まあ今は明日の試合に集中しよう。みんなもそれぞれのチェックは済んだみたいだし、そろそろ部屋に戻って休もうか」
西木がそう言って他の同好会メンバーを集合させ、
「明日の試合はいつも通り、みんなそれぞれテーマを持って試合に臨もう。今日はこの後ゆっくり休んで備えるように」
と、締めくくった。
生徒たちが部屋に戻っていくのを見送った後、西木はスマホの LINE 画面を開いてメッセージを入力し始めた。
『本日無事終了しました。明日、明後日も無事に終われるように引き締めて行きます。帰ったらまたゆっくりお話ししましょう』
送信した途端LINE 画面の背景が真っ赤に染まり
『ぼふん!』
と妙な擬音。
そんな超常現象を見て慣れた様子で微笑む西木。
送信先は弥能礼文のLINE だった。




