(閑話)お引っ越し
はい、薙沢県ボクシング連盟医事委員長の外薗峰允です。
薙沢県立中央病院で脳外科及び脳神経科のDrを務めております。
今日はですね、週末の休日ということもあり、プライベートルームでジェリー・リー・ルイスのピアノを堪能しながらミルクティーを味わい、ゆっくりしようかなと・・・・
LINE の通知です。
妹からですか?
何々?
「お兄様、お忙しい中、お手を煩わせてしまい申し訳ございません。少し対面でお話ししたいことがございますので本日、ご自宅にお伺いしてもよろしいでしょうか?」
もちろん否やはありません。
と言いますか、僕の方でも聞きたいことがありますから、と妹にLINE を返しておきました。
「まぁ、礼文さんがおみえになるのですか?それならば今夜ご夕食も召し上がって行っていただいてはいかがでしょうか?」
妻の詩夢がそう提案しました。
いいですね。
僕たちの話が終わるだろう時間もそのくらいになるでしょうし。
娘の初奈も喜ぶでしょう。
妹に懐いていますからね。
それから1時間ほどして、妹の弥能礼文が我が家を訪れました。
兄妹なのに苗字が違うのは、僕が妻・詩夢の実家である外薗家に婿養子として入っているからです。
「礼文お姉ちゃん!」
小学3年生の娘に抱きつかれて大歓迎され、微笑む妹の姿からは、異様に執着の強いストーカーという正体など想像が・・・・
「・・・お兄様・・・?・・・何かおっしゃいましたか?」
・・・何でもございません・・・
さて、場所を僕のプライベートな空間である書斎に移しまして、お話ししたいこと早速伺いましょうか?
「私のお話は事後報告のようなものですので、早く終わると思われます。私に聞きたいことがあるとのことでしたので、お兄様からお先にどうぞ」
そう?
それじゃあ早速なんだけど、9月の唐河県でのことについて・・・・
ここまで僕が言っただけで妹は
『ボンッ!』
という擬音が聞こえてきそうな勢いで顔を真っ赤に染め俯いてしまいました。
そして消え入りそうな声で
「その件につきましては、前にも謝罪させていただきましたが、本当に本当に、申し訳ございませんでした」
いやいや、別に君が謝るようなことじゃないと思うんだけどね。
西木先生に会おうとするあまり、業務スケジュールを操作してまで来たのに、ただ見ていただけて本当に良かったのかい?
「・・・その私の行動のせいで西木先生の大切な生徒さんを怯えさせてしまって・・・何度お詫びしても足りないくらいです・・・」
顔を真っ赤にしてしょげかえってしまった妹がいささか不憫に思えます。
あ、ちなみに西木先生というのは冒頭で述べました私が医事委員長を勤めております薙沢県ボクシング連盟の会長兼理事長兼その他で国際教育大学附属国際高校ボクシング同好会の顧問教師なんです。
妹の礼文とはお見合いが決まっていたのですが、とある理由でお見合いをする前に破談となってしまい、その後、紆余曲折を経て妹が西木先生に一方的に想いを寄せるようになり、現在に至っております。
西木先生は妹とは一面識もなく、破談になった見合い相手だとも、僕の妹だとも現時点では知りません。
まぁともかく、兄として君に言えるのは西木先生に一度お会いして、ちゃんとお話をしてみることだね。
いつまでもこのままだと全然前に進まないことぐらい君だってちゃんと分かっているだろう?
彼の人となりについて、少なくとも教育者としては十分に信用に足る人物だ。
僕も兄としてできる協力はさせてもらうからね。
最も見合いが破談になった理由が理由なだけに、お互いの家族の反応を想像すると胃が痛くなってくるけどね・・・・
内科の先生にお願いしてよく効く薬を処方してもらおう。
まぁ、この話はここまでとして、その唐河中央高校でね、君、もう1人違う人間に出くわしてなかった?
話というのはその人物についてのことで・・・・
「・・・先日の信徳国体の時にボクシング会場を出入り禁止になっていた方ですね?」
え?
僕、君にその事話したっけ?
妹の顔がさっきまでと打って変わって一気にクールになったと言いますか、冷徹な視線で何かを思案してる様子です。
「会場警備関係の運営さん達には顔写真付きで回状が出されていましたね」
そのことも当該の国体関係者しか知らない話のはずなんだけど?
「いま沿岸地域のボクシング関係者の皆様方がピリピリしているのはその人物の息子さんが国体に出場していたから・・・ですね?」
・・・君、どこかで監督や先生方の会話とか盗聴とかしてたの?
「多満井穐比子・・・・平城山体育大学ボクシング部監督」
・・・はい、大正解でございます・・・
「息子さんの名前は多満井勝比古。平城山体育大学附属高校ボクシング部。この度の国体で決勝戦まで進んでおられますね」
・・・国体、観戦に来てたのかな?
来てないよね?
うん、なんだかもう色々と飲み込んじゃうことにします。
絶対その方が楽だから。
「その多満井と言う男が道義的にルール違反とも言えるスカウト活動を繰り返している。皆様はそれを警戒されているのですね。大事な生徒さんたちを守るために」
そういうことなんだ。
高南、唐河、武領、信徳の4県は、これまでの経緯から県ぐるみでボクシング関係者が団結して多満井穐比子と言う人間から生徒たちを、がっちりガードしている。
問題は新興勢力である薙沢県のボクシング界でね、西木先生の尽力によって進境は著しいんだけど他県と比べてまだまだ基盤は脆弱だ。
そんなところに多満井みたいなのがつけ込んで来るとなるとかなり厄介・・・・
「お兄様、この件につきましては、心配ご無用ですと断言できます」
え?
なんで?
「あの時、唐河中央高校で練習の様子を覗き込んでいたあの多満井ですが、すごく嫌な雰囲気を感じましたので、軽く威嚇の視線を送って立ち去っていただきました」
・・・・こわ・・・・
「普段あちこちで横柄な態度をとっておられるようですが、あの男は、はっきり言って小物です」
・・・君がそういうならきっとそうなんでしょうな、うん・・・
「遠からずあの多満井という男、国教大附属国際高校に乗り込んでくると思われますが、その時どうなるか正直見ものですわ。西木先生にではなく、学校長にきっと接触するでしょうね」
うん・・・きっとそうなるんだろうね。
「多満井は思い知ることでしょう。自分自身がどれだけ矮小で愚かであるかということを」
・・・・・我が妹ながら怖すぎます。
そう考えると懐いてる僕の娘はかなり度胸があるなぁ。
「お兄様、何か?」
何でもございません・・・
「もう1つの心配事ですが、多満井穐比子の息子さん、勝比古くんのことならば全く心配いりません」
君、彼を知って・・・いや、もういっか・・・
でも心配いらないっていうのは?
「勝比古くんは父親と違ってしっかりとした常識を持って育っています。だから今は父・多満井穐比子とは親子としての交流をしておりません」
別々に暮らしてるって事かい?
「はい、穐比子と別居している奥様のご実家で勝比古くんは生活しております。ボクシングの方も穐比子の指導は受けておらず、部活動の顧問の先生が親身になってご指導されているとのことです」
・・・・・ま、まあ色々と突っ込みたいことは多々あるんだが、貴重な情報を提供してくれてありがとう。
このことは西木先生は当然として、沿岸ブロックの監督や先生方とも共有させてもらうよ。
そのうちちゃんと西木先生にも会って話をするようにしようね。
と、西木先生の名前を出すと妹はそれまでの冷静な表情が変わり途端に頬を真っ赤に染めて両手で顔を包み込みながらうつむいてしまいました。
なんとまぁ、分かりやすいと言いますか・・・・
そうそう、ところで君のお話と言うか事後報告をまだ聞いてなかったけど?
「お兄様!私、来月から薙沢県に引っ越してきます!こちらに新設される支社に転属願を提出して受理されましたので。これでまた1つ西木先生のそばに近づけましたわ!」
・・・な、な、な、なんだってぇ〜〜〜〜〜!?!?!?!?




