表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貴婦人トリッシュはかく語る〜我が家の気性難は今更なので〜  作者: ルーシャオ
第一章 貴族令嬢から貴婦人へ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/21

第八話 初デート1

 私が十八歳になる直前の秋。


 アルバートの母方の祖父、ピアーズ・カルストン外交官が任期を終えて帰国したのに合わせ、アルバートもアルソナ王国へ戻ってきた。


 あくまでカルストン外交官のもとで見習いをやっていた立場なので、今のアルバートはただのセダル公爵家嫡男、つまり無職だ。他の爵位もあるのだが、色々あって持たせてもらっていないと聞く。


 古に曰く、『暇な両手は悪魔が宿る』という。


 暇はよろしくないため、私はアルバートをちょっとした遠出に誘うことにした。


 王妃の許可をもらい、休日に王都西の小さな湖畔へピクニックに行く予定を立て、それからイヴェルタリー伯爵家屋敷の厨房へ、ピクニック用のバスケットに詰めた軽食を用意するよう伝えておいた


 このころ、私は週の半分は王都の屋敷に泊まり、王宮には毎日出仕することにしていた。相変わらずイヴェルタリー伯爵家には夫人(レディ)がおらず、私はイヴェルタリーの家名を背負って社交界に出入りしている。


 早く三人の兄が妻を(めと)り——特に長兄が家を継いでくれたらいいのだが、さっぱり音沙汰なしだった。とはいえ、東の大陸では戦争の一歩手前だというから、武門の一員として致し方ないのかもしれない。


 ならばこそ、もうじき終わるかもしれない平和を楽しんでおかなくてはならない。


 同時に、私も身の振り方を考える時期に差し掛かっていた。


 休日の朝、イヴェルタリーの屋敷の門前へ、アルバートがやってきた。門前で待ち合わせ、という貴族にあるまじき行いだが、アルバートが屋敷へまだ入りたくないと主張したためそうなった。


 しかし、仰々しく四頭立ての立派な馬車で乗りつけてきたあたり、どうやらアルバートはピクニックという単語の意味を理解していないようだ。


 なので、私は用意していたツィードの乗馬用ドレスとボーラーハットに身を包み、バスケットを左腕に引っかけ、馬具を装着した人懐こい月毛(パロミノ)の馬に乗って出た。


「お待たせ。行きましょう」


 馬車も使用人もなく、馬に乗って遠出する。アルバートには予想外だったらしいが、外出着の上下にシルクを用いなかったあたり、遠出は信じていたようだ。


 目を丸くして私を見上げるアルバートは、小さくため息を吐くとともに、確認を取ってきた。


「馬車に乗らないのか?」

「あなたは乗りたいなら乗ればいいわ。私はこの馬で行くけれど」

「ああくそ、分かったよ。少し待ってくれ、借りてくる」

「そうしてちょうだい」


 私はアルバートに少しの猶予を与えた。近くの知り合いの家で、急ぎ遠出ができる馬を借りてくる——お膝元の王都においてそのくらいの用立てができない者が、公爵を継げるとは思えない。


 馬車と使用人たちにセダル公爵家へ戻るよう言いつけ、アルバートは独りどこかへ走っていった。追い縋ろうとする使用人たちへ「いいから戻れ、大丈夫だ!」と説得していたが、どうにも子ども扱いされているあたり、まだ彼らの中では『坊ちゃん』なのだろう。


 微笑ましいことだ。だが、それならば初対面のあの日にも、きちんと『坊ちゃん』へしつけをしておくべきだった。


 今更言っても詮無いが、あんな様子だったアルバートが人前に出しても恥ずかしくない程度に成長したのは幸いと言うべきだろう。


 私がピクニック用のバスケットをしっかりと馬の背に固定していると、(ダーク)栗毛(チェスナット)のたてがみを揺らして勇猛そうな馬が駆けてきた。何とか手綱を引くアルバートは顔が滑稽なことになっているが、努力をしている、笑うべきではない。


「行きましょうか」


 私は馬の首を、西へ向けた。


 軽やかに、王都のまっすぐな風に背を押され、平原の街道を馬蹄が叩いていく。


 緑の少ない王都はすでに秋模様だったが、少し離れればまだまだ夏の名残は存在している。青葉に陰が差しながらもトネリコの木々は豊かに繁り、勝手に人間が作った暦に抵抗しているかのようだ。


 ようやく私に並んだアルバートは、冷や汗を垂らしながら歯を食いしばっていた。乗り手と違い、前を行く私の馬に追いつけた喜びで栃栗毛の馬は後ろ足を跳ねさせ、アルバートに短い悲鳴を上げさせている。


 気休めながらも、声をかけてみた。


「乗馬ならダンスより楽でしょう」

「そんなわけあるか。こいつは牡馬だぞ、それもまだ去勢していない」

「あらそう、あなたには荷が重いのね」

「……〜〜ッ、見てろ!」


 少しは見せる意地が身に付いたのか、アルバートは四苦八苦しながらも、目的地に到着するまで落馬はしなかった。


 いいことだ。人生は必ずしも整った道ばかりではない、公爵家嫡男とて馬から落ちればただでは済まないのだから。

豆知識:『暇な両手は悪魔が宿る』=小人閑居して不善をなす

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ