第十七話 悔しさを持って前へ進む
応接間に通されたプルケリアは、夜半のシャンデリアの下で見た姿よりもずいぶん細く、小柄に見えた。
白のブラウスにネイビーのロングスカートという清楚でシンプルな外出着も、プルケリアのメリハリのある性格を如実に表している。小柄な体格と細い金髪というか弱いイメージに反して、行動が早く凛とした佇まいを持ちつづけられるあたり、まさしく良家の子女だ。
「昨晩はありがとうございました。承りました言伝を父に伝えたところ、こちらの紹介状と手紙を届けるよう言いつかりましたので、早めにと思って」
ソファに腰掛けたプルケリアは、バッグから取り出した二通の手紙を、きちんと対面の私と長兄へ見えるようテーブルへと置く。
緊張をほぐすためにも、私は笑顔を繕ってみせた。
「助かるわ、プルケリア。あなたもお父上も、仕事が早いのね」
「いえ、我が家の家訓は『ゆっくり急げ』ですから。それに、父も西の大陸で学んだ最新の建築学の普及を目指しておりますし……気分転換になったかと」
何とも珍しい話題に、長兄が食いついた。
「ほう、お父上は、西の大陸に行ったことがあるのか?」
「若いころ、父は西の大陸タルマス共和国に留学していたのです。母とは向こうで知り合い、私が物心ついたころに帰国して、クレランシャの家を継いでからこの国で建築を手がけるようになりました」
隠すことでもなし、プルケリアは父のクレランシャ伯爵について、それに家族や経歴についてもよくしゃべる。
私も昨夜、本棚の手持ちの資料から、クレランシャ伯爵家について軽く調べてある。クレランシャ家自体は地方出身の学者の家系であり、プルケリアの母マリアは西の大陸にあるタルマス共和国の有力貴族出身だと確認してある。
ただ、クレランシャ伯爵夫人マリアは第二王女アミスの友人——それなりに王宮にも影響力のある人物だ。生家の貿易業の一部を継ぎ、アルソナ王国と西の大陸の貿易航路で繁盛しているため、その関係で第二王女アミスとも親交があったのだろう。
昨日の今日ではその程度しか分かっていないものの、情報が何もないよりはずっとマシだ。
プルケリアは、おそるおそるという様子で、私へこんなことを尋ねてきた。
「あの、ところで、こちらのお方は……」
私の右隣にいる巨漢が気になって仕方がないのだろう。
今更だが、長兄の立場を明らかにしておく。
「ああ、私の兄のウルフスタンよ。ウルフスタン・イヴェルタリー、次期伯爵ね」
「まあ、そうでしたのね。初めまして、ウルフスタン様。お会いできて幸運ですわ、どうぞお見知りおきを」
流れるような初対面の挨拶、それは貴族令嬢にとって身に染みついた礼儀作法だ。
その一部始終を終えたとき、プルケリアはやっと目の前の人物がなぜここにいるか、という疑問が湧いてきたらしく、無意識に驚きの声を上げる。
「え?」
ややこしいことに、私のことを『カルストン伯爵夫人』としか認識していなかったプルケリアは、ぽかんと固まってしまった。
彼女の面白い一面を見せてもらったお返しに、私は丁重に説明する。
「簡単にしか名乗っていなかったわね。私はイヴェルタリー伯爵家の出で、カルストン伯爵である次期セダル公爵アルバートの妻トリッシュよ。今までどおり、カルストン伯爵夫人と呼んでちょうだい」
「あっ、申し訳ございません。カルストン伯爵夫人についてよく知らないまま訪ねてきてしまい」
「気にしないで、よくあることよ。貴族としては珍しくもないでしょう?」
「そういう家系がややこしい貴族は、王都に来てからよく会うな」
「婚姻でややこしくなるのよ。イヴェルタリーはあまり関係ないけれど」
そう、これまでイヴェルタリー伯爵家は由緒正しく領地の死守を行なってきたため、王都やその周辺の貴族と婚姻を結ぶことがほとんどなかった。
それに、イヴェルタリーと聞けば、この国の人間なら間違いなく『古の狂瀾王イヴェルタリー』伝説を思い起こす。そこいらの貴族はおろか、今の王家さえも家系図の長さという点での由緒正しさは勝てないのだから、近づこうとは思わなかったのだろう。
しかし、その点ではクレランシャ伯爵家とも少しは共通点があった。
「そうだったのですね。我が家は元々田舎の零細領主で、学者だった父方の祖先の功績と母の事情で伯爵になったものですから、代々の貴族というわけではありません。そのせいで、昨日の事態を招くような貴族のマナーや慣習に疎いところもあり、お恥ずかしいですわ」
そこまで話題を披露しつつ、プルケリアは昨日の一件をかなり引きずっているようで、今にもため息を吐きそうだ。
クレランシャ伯爵家側にも、断罪劇を許すような付け入られる隙は確かにあった。しかし——それでも腑に落ちないことはある。
このまま問題を放置しては、予想外によからぬ影響が出てしまうだろう。そう懸念した私は、プルケリアへ提案する。
「プルケリア、よければ今日から、我が家に通うつもりはないかしら?」
「通う? それは、どういうお申し出でしょう?」
「行儀見習いのようなものよ。それに、あなたの身辺も少し心配だわ。今のクレランシャ伯爵家にいても、招かれざる客に会ってしまう可能性がある。だったら、少しの間、昼間はここにいなさいな。ちゃんと送り迎えはするわ」
しかし、突然の提案に、プルケリアは戸惑っていた。
「お気遣いは大変ありがたいのですけれど、そこまでご迷惑をおかけするわけにはまいりません。これは我が家の、それも私が原因の問題ですし」
「そうかしら? あなたはただはめられただけ、本当の問題ははめた犯人の真意、でしょう?」
十四歳の貴族令嬢には、そこを突かれて反論できるほどの胆力も知恵もない。
彼女は昨晩自分の身に起きた不幸な騒動について、何も知らないに等しい。何が原因なのか、と問われれば己の不徳がいたすところと答えるしかなく、真相を明らかにしたくてもどうしようもなく、無力すぎる。
それでも、プルケリアには問題を解決したい、という思いはあるのだ。
そうでなければ、わざわざ私のところに彼女自らやってきはしない。父母以外の大人に話を聞くために、紹介状を届ける役を買って出てやってきたのだ、と私が最初から見抜いていたとおり、プルケリアはその可憐な顔に悔しそうな色を滲ませている。
私が最後に背中を押すまでもなく、長兄が自然とこう付け加えた。
「そう考えると、確かにクレランシャ伯爵邸にいるよりは、出かけておいたほうがいいな。簡単に所在を掴ませるべきではない」
「な、なるほど……」
「何事も、争いの際は相手に主導権を渡してはならない。ただそれだけの話でもある」
簡潔かつ含蓄のある言葉だ。何度も死線をくぐり、戦いに勝利してきた本物のイヴェルタリーの言葉とあっては、私も頷かざるをえない。
もっとも、そんないくつもの装飾語がなくても、長兄の言葉はプルケリアに強く得心させたようだ。
「承知しました。母に使いを送って、承諾を得ます」
「大丈夫よ。我が家からも送って、一緒にきちんと説明させるわ。安心しなさいな」
「感謝いたします、カルストン伯爵夫人。それに、ウルフスタン様」
プルケリアは深々と頭を下げ、感謝の意を示す。
これで、プルケリアの身の安全は確保できる。
あのオズウィンやオリアーヌ、その息のかかった人物にプルケリアが精神的にも肉体的にもやり込められてしまう——こじれた場合、誘拐や殺人という事態に発展することも考えられた——という展開だけは避けたかったため、私は内心安堵した。
私はこの場で合意が得られたことに喜び、長兄へ素敵なプレゼントを贈った。
「ではお兄様、プルケリアの護衛も兼ねて、ここでの面倒を見てあげてちょうだいな」
今度は長兄の顔が固まり、奇妙な声が上がる。
「……え゛っ」
無垢な令嬢プルケリアは「まあ、よろしくお願いいたしますわ、ウルフスタン様」と純粋な敬意を込めた視線を長兄に送り、有無を言わせぬ雰囲気を作り出している。
王都で考えられる最強の護衛をつけた以上、これで心配の種は一つ潰えた。
次の更新は5/8AM05:00です。
申し訳ないのですが、作者体調を考慮してちょっと投稿間隔控えめにしてます。




