9話:頬を染める護衛騎士、嫉妬する推し?
そこでマルシクが入浴を終え、戻って来た。
入浴を終えたマルシクの髪は、ダークブロンドからキャラメルブラウンに変わっている。
彼もまた変装のため、髪色を変えていた。
染める前より、髪がふわふわとして、なんだか垢抜けた感じがした。
そのマルシクは、先に入浴させてもらったことを、エリダヌスに詫びている。
見習い騎士時代は上下関係が厳しく、その時に染み付いた慣習は、一人前の騎士になっても抜けないという。つまり先輩を敬うのは当然で、本来入浴はエリダヌスが先にすべきだった。そこをエリダヌスに譲ってもらったのだから、恐縮して当然というわけだ。
ひとまずエリダヌスが浴室へ向かうと、マルシクにさっきまで彼が座っていた場所へ腰を下ろしてもらった。そしてさっきエリダヌスと話したことを共有した。
「分かりました。呼び名を変えることと、宝石の分解……道具を明日揃え、やってみます」
「ありがとう、マルシク! いえ、マルク。ところで二人はやることが決まっているわよね。私は……何をしたらいいのかしら?」
そこでマルシクは不可解な顔になる。
「どうしたのかしら、マルク?」
「その、お嬢……リズベルト様が、何かする必要があるのでしょうか?」
「えっ……」
「自分はリズベルト様にお仕えする身。当然、できることをするまでです。そして団長……エリス様は、自ら協力するために、ここまでついて来ているのですよね?」
それはそういうわけでもない。私が脅したからついて来てくれているのだ。
でもそれをマルシクに明かすわけにはいかない。
「まあ、そうね」
「ならばエリス様がリズベルト様のために動くのも当然のこと。そしてリズベルト様は、その結果をお待ちいただければいいのではないでしょうか」
「え、私は何もしないでいいの!?」
そこでマルシクはコクリと頷く。
「むしろ何かすることで、リズベルト様が危険な目に遭わないか。そちらの方が心配です」
そこでハッとした表情になったマルシクは、明日から私が着ることになる衣装を入れた籠から何かを取り出した。
「これは護身用に購入した短剣です。長剣を持ち歩くと目立ちます。これを使う機会がないよう、お守りするのが自分の役目。ですが今回は非常事態ですので、万一のためにお渡ししておきます」
「ありがとう、マルシク! 私はこれでも乗馬と剣術の腕はあるから、いざとなれば一矢報いることはぐらいはできると思う」
「そうならないよう、自分は全力を出すつもりですが……」
そう言いながらマルシクは一緒に手に入れたベルトを見せてくれる。
「これをズボンの太ももに巻き付ける形になります。ベルトを着用できるズボンを入手しましたので」
「完璧よ、ありがとう、マルシク……マルク!」
するとマルシクは頬をぽうっと赤らめた。
そしてこんなけなげなことを言う。
「……リズベルト様に、そんな風に何度もお礼を言われると……嬉しいです」
「! これまで本当にマルクの貢献に気持ちを伝えないで、ごめんなさいね」
「いえ、お嬢様に仕える身なのです。当然のことをしているのですから、むしろ御礼など」
「違うわ、マルク!」
思わずその手を両手で掴んでしまう。
「当然、だなんてないわ。どんなことでもマルクは全力で取り組んでくれているはずよ。その頑張りに対し、感謝の気持ち、伝えないより、伝えたと方がいいと思うの。だって『ありがとう』と言うだけよ? 言ったところで何も減らない。言わないことの方が……マイナスだと思うわ、私はね」
「お嬢……リズベルト様……!」
「これからはこれまでの分も含め、感謝の気持ちを伝えようと思うの、マルクに」
するとマルシクは先程以上に顔を赤くして、私の手をそっとほどいた。
そして自身の手で私の手をとると……。
「リズベルト様。一生あなたにお仕えします」
そう言うと甲へと遠慮がちにキスをする。
メリディアナの記憶を振り返っても、マルシクに手の甲へのキスなんて許したことは、一度もなかった。それは……自身が第二王子の婚約者という立場もあったからだろう。でもマルシクは自身の護衛騎士に過ぎないという気持ちの方が……強かったと思うのだ。
どうして前世記憶が覚醒する前の私は、マルシクにもう少し優しくできなかったのかしら。思い出すとエリダヌスに対しても塩対応をしていた。
そう。
エリダヌスと私は、直接的な接点はなかった。
だが私はいずれ王室の一員に加わるにあたり、その教育を受けることになり、王宮に通う日々があった。宮殿や王宮で、何度かエリダヌスと遭遇することがあったのだ。彼は宮殿や王宮の警備も任務の一つだったから、会って当然だった。その際は、婚約者だった第二王子リギルを巡り、ヒロインと私が口論する姿。私が彼女へ嫌がらせをする姿も……見ていたと思うのだ。そしてある日、こんな進言をしてくれている。
「アンブローズ公爵令嬢。今回はたまたまわたししか見ていませんでした。ですがもし他の者が見ていたら、君自身の品格が問われます。明らかにあれは男爵令嬢の売り言葉だったと思います。ですがそこで反応しては、品位を落とすだけです」
対して私が覚醒する前のメリディアナは……。
「まあ、親切な忠言ありがとうございます、団長様」
嫌味たっぷりな言い方をしていたのだ。
もう少し言い様があると思うし、なぜこんな対応を……と思う。
でもあの頃のメリディアナは、ヒロインに対する怒りでいっぱい、いっぱいだったのだ……というのは言い訳か。
「リズベルト様、不快でしたか」
「!? そんなことはないわ。あ、ごめんなさいね。マルクの忠誠心が嬉しくて、感動していたの」
「!?」
マルシクが顔を赤くし、瞳を潤ませている。
その姿を見るにつけ、本当に。
これまで可哀そうなことをしたと思わずにいられない。
「コホン」という咳払いに驚き、視線を動かすと、そこには風呂上りのエリダヌス……推しがいる……!
娼館の安い白いローブを着ているのに!
推しが着ていると、一気に格上げされる。
瞬時にここが、高級ホテルの一室に思えてしまうから不思議だ。
何より風呂上りの男の色気がだだ漏れで、これは鼻血確定案件!
だっていつもは額にサラサラと落ちている前髪が、オールバックになっている。
それはまだ髪が完全に乾いておらず、しっとりしているからだろう。
そして陶器のような肌からは、湯気を感じる熱気がある。
ほんのりピンク色に染まる肌も、艶やかさを助長していると思う。
エリダヌスのこんな姿、全年齢版の“花恋”では見ることができなかった。
転生できて、良かったと心底思う。
一方の推しは腕組みをして、壁に寄りかかると私に尋ねる。
「リズベルト様は、そちらの護衛騎士と恋仲なのですか?」