10話:不意打ちの優しさ
「リズベルト様は、そちらの護衛騎士と恋仲なのですか?」
これを聞いたマルシクは慌てて私から手を離し、大きく首を振った。
私も「ち、違います!」と返事をすることになる。
「隠す必要はないですよ。護衛騎士と令嬢が恋に落ちることは、よくある話です。共に貴族であれば、上手く行くことも多いのですから」
「本当に、違うんです!」
改めて力強く答えると、なんだかマルシクが悲しそうにしている。
これは色恋沙汰を否定しているのだけど、自身を否定されたように思ったかしら!?
「もし二人がそういう関係でしたら、わたしは別室へ移動しますが」
「その必要はありません。三人でそのベッドで寝ましょう!」
そう私は提案したけれど……。
「同室と言うだけでも恐れ多いのに、同じベッドなんて……。公爵様に知られたら、自分は護衛騎士をクビにされてしまいます。こちらのソファで休ませていただきますので!」
マルシクは枕と毛布を手にソファへ陣取った。
結局。
エリダヌス……推しと同じベッドで寝ることになった。
三人だったらまだ大丈夫だったかもしれないのに!
まさかの推しと二人だけ……!
これはもう大変なことだ。
心臓はバクバクし、自分自身が心臓になった気分。
目はバチッと開いた状態で、眠気などない。
一睡もできない……気がしている。
そして……。
娼館のベッドに品質を求めてはいけない。
やたらミシミシ、ギシギシ言うのは仕方ないこと。
ただその音だけで、変な想像をしそうになり、私はもう苦行状態。
男娼を部屋へ指名する必要が~とエリダヌスは言っていた。
だが部屋に来てもらったところで、先程の娼婦のように、そういうことを必ずしもしなくていいのだ。なんなら肩叩きでもしてもらうだけでも良かったのだろう。そらならば部屋は別々でもよかったのでは!?
そんなことも考えてしまうが、防犯のことを考えると、これで良かったはず。
余計なことを考えず、眠ればいいんだ。
何よりこのベッド、本当にサイズが大きいから、二回転ぐらいしないと、エリダヌスに辿り着かない。距離はある。同じベッドで寝ていると思わなければいい。
そうだ、そうしよう。
そう思い至り、別のことを考えようとして、ルクルドのことを思い出してしまった。
メリディアナとルクルドは幼なじみだが、共に過ごした時間は、彼女の記憶を映像のように見る形でしか残っていない。それはゲームをプレイしている時と変わらなかった。
そうではあっても。
ルクルドとの間には沢山の思い出があった。それは悪役令嬢メリディアナの記憶としては勿論、私のゲームプレイの記憶でも。とても他人には思えない。それなのに、前世が覚醒し、「あれはヒロインの攻略対象の一人、ルクルドだ!」と確信した瞬間に、彼は命を落としているのだ。
あまりにも衝撃的で、その最期の姿が脳裏に焼きついている。
ただ、ここに至るまで、あまりにもいろいろあり、悲しむことを堪えていた。
でもこうやってしんとして暗い部屋の中にいると……。
悲しみが波のように押し寄せてくる。
ルクルドもそうだが、私を連行した兵士。
連行しようとしたが、彼らが悪人というわけでもない。
その彼らも私のせいで亡くなったと思うと……。
怖くなっていた。
私のそばにいると、命落とすのではないかと。
ただ、エリダヌスもマルシクも強いと思う。
武術に秀でている。
ルクルドは頭脳派だが、剣術も乗馬も苦手だった。
対して武術の鍛錬を積んでいるエリダヌスやマルシクなら、周囲にいる敵にもいち早く気が付けるはずだ。
背後をとられ、あんな風になることはないだろう。
頬を涙が伝っていく。
注意深く泣いているつもりだったが、嗚咽が漏れてしまう。
その瞬間。
「一人で我慢する必要はありません。泣きたい時は思いっきり泣いていいんですよ」
エリダヌスの声にドキッとし、そして私の体は抱き上げられている。
そのままベッドを降りたエリダヌスは、どこへ行くのかと思ったら……。
暗闇に目が慣れている。
つまりは寝ていると思ったエリダヌスは、起きていたようだ。
もしかすると声を押し殺して泣く私に気づき、彼は……困り果て、眠ることが出来なかったのかもしれない。
カチャッと音がしてどうやら水場に入った。
そこでランタンに明かりを灯すと、そう広くはないこの部屋は、まるで秘密基地みたいだ。
バスタブに腰を下ろしたエリダヌスは私の手を掴み、優しく自身の方へ誘う。
そして柔らかいタオルで涙を拭ってくれた。
「わたしの胸を安売りするつもりはありません。ですがまだ若い君は、人の死をそう知るわけではないでしょう。ここならマルシクを起こすこともない。泣いていいですよ」
エリダヌスだって二十三歳、まだ若いのに!
そう思った時には、ひょいと推しに抱き上げられていた。
つまりは再びお姫様抱っこをされている。
悲しい気持ちはあるのだけど、こんなドキドキした状態では、泣くに泣けない。
そこで私はこの体勢のまま、幼なじみのルクルドとの思い出を、エリダヌスに聞かせることになった。推しは静かに相槌を打ち、「それでどうなったのですか?」と話を促し、聞いてくれる。
涙はぼろぼろとこぼれ落ちるのではなく、思い出と共に静かに流れた。
エリダヌスは覚醒後、初めて対峙した時とは別人と思うぐらい、穏やかで優しかった。
ただ話を聞き、相槌を打ってくれているだけなのに。
私の心は確かに癒されたと思う。
そして二時間ほど話すと、猛烈な睡魔に襲われてしまう。
つまり泣き疲れ、眠ってしまった。
その後はエリダヌスがベッドまで再び運んでくれたようだ。
悲しみを吐き出した私は、深い眠りにつくことになる。
そして翌朝、私は……禁断のエリアに足を踏み入れてしまう。


















