【番外編】後日談(後編)
エリダヌスは怪しい人物を見つけ、犯人ではないかと思った。
だが冤罪にはしたくない。
それは以前、私を犯人と決めつけ、でも実は仕組まれた事件だと判明した過去の教訓からの思いでもある。
ゆえにその人物に見張りをつけ、裏を取り、国王陛下の許可をとったのだ。
見張りは自身の部下の騎士に頼み、オーケストラや演奏会の責任者、楽団のメンバーにその人物に関する話を聞いた。
そわそわしていた団員はこの演奏会の発起人の一人だった。何か事故や事件が起きれば大変なことになると、落ち着かない状態になっていただけと判明する。
冷たい眼差しを向けていたメンバーは練習中に何度かペテレンから注意を受けていたという。倒れたペテレンを見て、正直なところ「ざまぁみろ」と思ったというわけだ。
こうしてその立場、経歴、性格を確認したエリダヌスは「犯人で間違いないですね」と、確信を持つ。その上で国王陛下に謁見し、事の次第を報告する。
国王陛下自身、宮廷音楽家にペテレンを迎えたいと考えていたぐらいなのだ。そして現在も進行形でペテレンには、一年に一曲の作曲を依頼している。そのペテレンが何者かに殺されかけたのだ。犯人逮捕を願っているし、そのためにエリダヌスが動くことは大歓迎だった。
ゆえに国王陛下は当該の人物の連行を許可し、速やかに尋問することをエリダヌスに命じた。
こうして捕らえられた人物は……。
エイダン・ジェズアルド。
前世では7世紀に存在したと言われる聖人の名として知られているが、この世界のエイダンは、毒針でペテレンを抹殺しようとした極悪人だった。
エイダンはクラリネットの演奏者であるが、かつては宮廷音楽家になることを目指していた。だがその夢は破れ、クラリネットの演奏者として、オーケストラの一員に収まっていたのだ。
エイダンの夢が破れた理由。
それは単純明快。
端的に言えば盗作まがいのことをしていたのだ。
ペテレンは天才肌なので、突然曲を思いつく。
晴れた日の昼下がり、お気に入りのカフェで珈琲とケーキを楽しんでいると、ペテレンは実に軽快なメロディの曲を思いついた。すぐにメモを取り出し、曲を書き込んでいくが、書き間違えもする。それはくちゃくちゃに丸め、テーブルに転がし、新しい紙に一心不乱に曲を書きだす。それはすさまじい集中力だった。
あらかた書き終えると、たっぷりのチップと共に金貨を残して席を立つ。
カフェの店員は、ペテレンのこの行動には慣れっこだった。チップは有難くいただき、取り散らかったテーブルに文句を言うことなく、片づけを始める。
この様子を暗い目つきで観察している男がいた。
エイダン・ジェズアルドだ。
クラリネットの演奏では、それなりの評価を得ているが、作曲に関しては独創性がないと言われていた。つまり人気曲を真似した曲なら作れる。人気のあるメロディラインを真似して、それっぽい曲を作ることはできた。でもそこまでだった。オリジナルでゼロから新しい曲を生み出す力はない。ゆえに宮廷音楽家を目指しても、大成することはなかったのだ。
そんなエイダンにとって、ペテレンは憧れだった。
溢れる才能。生み出される名曲。多作で多彩。
自分にはない力を持つペテレンを最初こそ、尊敬の想いで見ていたが……。
国王陛下から直々に宮廷音楽家になることを求められたのに、あっさり断ったペテレン。それを知った時、エイダンの中で黒い感情が芽生える。
ペテレンが憎い――そう思えてきたのだ。
自分にはない才能があること。宮廷音楽家になることより、自由に曲を作りたいと言える気持ちのゆとりがあるところ。次々と名曲を生み出せる能力の持ち主ということにも、嫉妬し、憎しみを覚えて行く。
羨望から憎悪へ。
真逆の感情をペテレンに抱くようになったエイダンを止める者は、いなかった。
増幅した負の感情は憎悪だけでは収まらず、どす黒い殺意へと変貌していく。
大勢の聴衆の前で、ペテレンに死を――。
こうしてエイダンは、毒針を使ったペテレン殺害計画を企て、実行に移したのだ。
さらにペテレンの死後、エイダンは彼の死を悼むレクイエムを発表する計画も立てていた。
そのレクイエムは他でもない。
カフェでペテレンが書き損じた紙をいくつか手に入れ、軽快な曲を重厚な曲に勝手にアレンジし、生み出した曲だった。盗作まがいの行為だが、死人に口なしと思っていたようだ。
ペテレンを害し、その名声と栄光を自分のものにしようとした男、それがエイダン・ジェズアルドだった。
連行したエイダンからこの話を聞くことになったエリダヌスは「憐れな男だ」と評する。
「他人の才能を盗んで成功し、心から喜ぶことができるのでしょうか。心のどこかで自分は過ちを犯したという意識が、死ぬまでついて回ると思います。悔い改めることなく死ねば、その悪行は魂に刻まれることでしょう。転生しても同じ罪を繰り返し、永遠に救いはないというのに」
それはまさにエリダヌスの言う通りだと思う。
ペテレン自身も病院のベッドで、エイダンの犯行であることを知ると、エリダヌスと同じ反応を示した。
「盗作なんて、そんな馬鹿な真似をする時間があるなら、もっと自身の才能が豊かになるような行動をするべきなのに。盗作なんかで成功したら、その後もずっと、盗作をし続けるしかなくなる。自分の才能に自信がないんだ。自力で作り出したもので上手くいくとは思えない。そうなると他者の真似を止められなくなる。そして一生怯え続けるだろう。いつかどこかで自身の悪事がバレるのではないかと。安眠なんてできるわけがない。それにそんな成功、長くは続かないだろう。落ち目になってきた時、かつての悪事が暴露され、地獄に落ちる――そんな未来しか待っていないと、なぜ気づけないのかね」
エイダンの裁判はこれからだ。それでもその計画性、身勝手さ、自己中心的な殺人未遂であることから、極刑は免れないだろう――というのが大方の予想。
その一方でペテレンはかなり回復し、今は病院のベッドで元気に作曲活動を再開しているという。
そして退院したら、快気祝いの演奏会を開くので、それはぜひ聴きにして欲しいと、ペテレンから言われている。
新緑の5月。
日が当たる葉の表面は、青々と輝いていた。
だがその裏面は、深く濃い黒い緑の世界が広がっている。
まさに明と暗。
天才音楽家と凡庸な音楽家の分かれ道は、一体どこにあったのか。
その表裏一体が生み出した悲劇。
繰り返されないことを願うばかりだった。
お読みいただき、ありがとうございます!
例の約束の件についても書くつもりです。
準備出来たら公開しますね~!


















