【番外編】後日談(中編)
トークをしないペテレンは、次の曲の演奏前に観客へ向け、アイコンタクトと独特の動きを見せる。
それは一種のパフォーマンスとして、彼の人気の一つになっていた。
今回はまるで火傷したかのような動きを続けていたが……。
隣に座るエリダヌスが席を立ったと思ったら、いきなり舞台へ上がると、なんとペテレンを押し倒したのだ!
これにはビックリだったが、エリダヌスは叫ぶ。
「医師はいませんか!? どうやら毒針が刺さったようです!」
毒針!?
これには驚愕するが、ペテレンの動きは、確かにいつもの演奏会より奇怪だった。
でもその理由が毒針が刺さったからなら……納得だった。
だがそれをエリダヌスは瞬時に見抜いていたなんて。
というか一体どのようにして毒針は刺さったの!?
まさか楽譜に――。
「この者は我が家のお抱え医師です」
立派な身なりの紳士が手を挙げ、隣の青年が立ち上がり、舞台へ向かう。
この世界、前世のように医者の地位は高いわけではなかった。だが貴族のお抱え医師は重宝され、このような演奏会に同行していることもある。まさに今、舞台へ向かう青年がそれだ。
医師の青年がペテレンの容態を確認する間に、即席で担架が用意された。
エリダヌスはこの場にいた騎士に声をかけ、ペテレンを担架に乗せ、運ぶよう指示。騎士達が動き出すと、自身は舞台に上がり、譜面台を確認し始めた。
私がそばに寄ろうとすると、エリダヌスは鋭い表情で「メリディアナ、もしもがあると危険です。そこで待機をしてください」と告げる。「分かりました」と応じ、私はその場で立ち止まった。
一方、青年医師に付き添われたペテレンは……。
担架に横たわり、ぐったりしている。
騎士達が担架を運び、野外音楽堂から出て行く。それと入れ替わるように、王都警備隊の隊服を着た隊員が何名も入って来て、エリダヌスに声を掛ける。演奏会の責任者もやって来て、観客に一旦着席するように伝えた。
◇
エリダヌスが瞬時に動き、毒が仕込まれた針もすぐに発見された。さらに医師がすぐに対応に応じたことで、ペテレンは一命を取り留めることができたのだ。
毒針は譜面台の金具に仕込まれていた。
譜面台には載せた楽譜が落ちないよう、楽譜を押さえる金具がついている。その金具に毒針が仕込まれていた。一曲目の演奏が終わり、譜面をめくろうとその金具に触れたペテレンの指に、毒針が刺さったというわけだ。
「譜面台の金具に毒針を仕込むなんて、関係者以外は無理なことです。犯人は内部関係者でしょう」
エリダヌスが動くことは、犯人にとっては完全に誤算だった。
毒針は巧妙に仕組まれ、本来ならバレることはないはずだったのだ。
ペテレンはまだ若いのに、演奏会の冒頭で心臓発作を突如起こし、非業の死を遂げる――それが犯人の描いたシナリオだった。
演奏開始前に奇妙な動きをすることで、ペテレンは知られていた。ゆえに毒が回り、不可解な動きをしたとしても。それはいつもの行動と思われる予定だった。つまり毒が回ったとはバレず、『死のラストダンス! 発作直前、舞台ではいつも通りのパフォーマンス 直後死亡』という新聞の見出しを、犯人は想定していたのだ。
だが、犯人は運に恵まれなかった。
何せ舞台中央に譜面台が置かれていた。つまりはエリダヌスの目の前で、ペテレンは毒針を自身の指に刺す事態になったのだ。
エリダヌスは以前、毒矢から私を守ってくれた。
その類まれな動体視力と俊敏さを生かし、剣で豪速の矢を防いだのだ。
そんなことができるエリダヌスが、自身の目の前で起きた不可解な出来事を、見逃すはずがない。
さらに言えば。
エリダヌスはペテレンの状況を追いながらも、同時に俯瞰して舞台上の様子も把握していたのだ。
つまり。
オーケストラのメンバーの様子も、まるで鳥が上空から下界を見渡すように、瞬時に捉えていたのだ。
戦場では一瞬の判断力が問われる。
ゆえにエリダヌスは、この瞬時に全体を掌握する力を身に着けたのだが……。
そこで目星をつけることになった。
通常とは違う反応を示した者を。
その結果。
三人。
犯人の目星をつけることになった。
バイオリン、チェロ、クラリネットの演奏者だ。
この三人はペテレンに異常が起きると、他の人々とは違う反応を示した。
多くの人が「何が起きている?」「今回のパフォーマンスはやり過ぎでは?」という反応をし、その表情は不可解なものを目撃した――というものになる。
ところが。
バイオリンを担当している男性は、そわそわしていた。
チェロの男性は、冷たい眼差しを向けている。
クラリネットの演奏者である男性は、微笑を浮かべていた。
その目星をつけたエリダヌスは、譜面台を確認しながらも、この三人の様子を観察し続けた。
そして「こいつが犯人ですね」と当たりをつけた。
エリダヌスの職位と地位であれば、犯人と踏んだ相手を連行することも可能だった。だが私の推しはすぐには動かない。見張りをつけ、裏を取り、国王陛下の許可をとったのだ。
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