【番外編】後日談(前編)
『新緑の夕べ~フローラル・シンフォニー~』という演奏会のペア招待券を、お詫びで手に入れていたエリダヌスと私は。5月に入り、その演奏会へ向かうことになった!
新緑の気持ちのいい5月の日曜日の昼下がり。
演奏会は、なんと野外音楽堂で行われる。
勿論、席は満席。
そして私達の席は中央最前列という最高のポジションだ。
野外音楽堂は円形で、席が階段状に配置されている。
ゆえに敷地外から舞台は見えないが、演奏は聞こえるのだ。
その結果。
野外音楽堂がある公園には、チケットが手に入らず、でも演奏を聴きたい人々が大勢集まっている。
「これはすごい人出ですね。普通にエスコートでは、はぐれるかもしれないです」
新緑に相応しいアクアグリーンのセットアップ姿のエリダヌスは公園に着くと、驚きで目を丸くする。エリダヌスに合わせ、白の生地にアクアグリーンのフリルのついたドレス姿の私は、もう苦笑するしかない。リール・ペテレンが指揮をする。その姿は見えなくても、演奏が聴けるとなると……。
貴族だけではなく、平民も公園に大集合だった。
「こうなったらこうするしかないですね」
そう言うとエリダヌスは、私の手をぎゅっと握る。
それは前世で言う恋人つなぎだ!
マルシクも見ているのに!
……でもマルシクは手をつなぐぐらいでは、もう動じないわね。
だってキスをしているところを、既に何度も目撃しているのだから。
「メリディアナ、また何か破廉恥なことでも考えていたのですか」
「!? ち、違います! ……そんな変な顔をしていましたか、私!?」
「そうですね。少々、はしたない表情をしていたような?」
これはエリダヌスの冗談だったけれど、私は大いに焦ることになる。
だって。
推しとのキスについて、一瞬でも思い出していたのだ。
涎を垂らしそうな顔を、ほんのわずかな時間でもしてしまった可能性は……あるかもしれないのだから!
ということでなんだかあわあわしているうちに、野外音楽堂の中へ入場している。
「団長!」「ウェリントン公爵令息!」「エリダヌス様~!」
さすがリール・ペテレンが登場する演奏会。
しかも争奪戦のチケットを入手している。
つまり今、席にいる方々は、有力な高位貴族の方々ばかり。
ソールドアウトしたお高いチケットを購入できる財力、そもそもチケットを入手する人脈をお持ちの方々ばかりだった。そしてそれすなわち、公爵令息であるエリダヌスのことも、当然知っているということ。
皆、エリダヌスに一通り挨拶すると、私にも声を掛けてくれる。
なんだかんだでいろいろあった私ですが。
今はエリダヌスの婚約者。
皆、恭しく接してくれる。
ということでひとしきり社交を終えると、オーケストラが舞台に登場し始めた。
皆、着席をして、開始を待つ。
音合わせをしていたオーケストラが、一つのメロディを奏でた時。
今、最もホットな指揮者であるリール・ペテレンが登場した。
◇
指揮者登場と同時に始まった曲の演奏が終わると、いきなりの拍手喝采。
ブルネットの髪を一本で後ろにまとめ、紺色の瞳をしたリール・ペテレンは、三十歳になったばかり。
四歳でピアノを弾き始め、六歳で交響曲を作曲し、八歳で指揮者としてデビュー。神童と言われていた。国王陛下はペテレンの才能に心酔し、宮廷音楽家に彼を迎えようとしたが……。
なんとペテレンは自由な創作活動を望み、その申し出を拒否。
当時の国王陛下はまさか断られると思わず、それはもう驚いたとか。
無理強いはしないと言いつつ、宮殿の客間に滞在させ、実質幽閉のような状態にしたところ……。
ペテレンはレクイエムばかり作曲するようになる。
その曲は重苦しく、聞いている最中に具合が悪くなる人が続出。もっと軽やかな曲をとリクエストするが、ペテレン自身が陰鬱となり、レクイエムしか作曲できなくなってしまったのだ。
こうなると国王陛下は、自身が幽閉していることが原因と思わざるを得なくなる。
そこで一年に一曲でいいので、王家のために曲を書いて欲しいと頼み、ペテレンを自由の身にした。
するとペテレンはまさに水を得た魚。市井の中で自由に作曲活動を楽しみ、指揮者として自身の曲を世に広め、至る現在だった。
演奏会の最中、トークを一切しないペテレンは、次の曲に入る直前、目と手の動きで観客にも合図を送る。その独特の動きもペテレンならではだった。
今日はどんなパフォーマンスを見せるのか。
ペテレンは楽譜に手を伸ばし、次の曲のため、譜面をめくろうとしたが……。
まるでうっかり熱々の鍋に触れてしまったかのように、譜面に触れた手を引っ込めた。
そのオーバーリアクションに、観客は笑うのを堪える。
これから演奏が始まるのだから、笑うわけにはいかないからだ。
だがしかし。
ペテレンは本当に火傷したかのような動きを続ける。
すると。
エリダヌスが席を立ったと思ったら、舞台に上がり、いきなりペテレンを押し倒したのだ……!
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