【番外編】願い事~秋の休日(2/3)~
奥山に もみじふみ分け 鳴く鹿の
声きく時ぞ 秋は悲しき
カサカサと落ち葉を踏みしめて歩いていると、遠くで鹿の鳴き声が聞こえる。
少し甲高い騒々しい声は、百人一首のこの句のような、もの悲しさはない。
ただ、秋の深まりは確かに感じ、風情はある。
といっても!
ここは日本ではなく、西洋風な乙女ゲームの世界。
見えている紅葉も、黄金色に色づいたプラタナス、赤いカエデ、茶色の樫の木、オレンジ色のブナの木だ。
「エリダヌス、もうすぐですよ」
ラズベリー色のドレスに、キャラメル色のコートを着た私は、後ろに続くエリダヌスを見る。
細身の碧色の革のコートを着たエリダヌスは、爽やかで、やはり眼福。
サラッと前髪を揺らすと、澄んだ声でエリダヌスが話し出す。
「そのようですね。こんな急斜面を登るとは……。メリディアナが登れることに驚きました。意外と足腰が丈夫なのですね」
「はい! 乗馬もできますし、こう見えて意外と体力はあります」
「なるほど。息も切れていない。先頭を行くマルシクに遅れもとっていないと。これは……ベッドでも期待できそうですね」
足腰が強いことを褒められ、ベッドでも期待できると言われた。
これって!?
動揺した私は、普通なら躓かない木の根に、足がひっかかってしまう。
「きゃあ」
「メリディアナ」「お嬢様!」
まさかの婚約者のエリダヌスと、護衛騎士であるマルシクの二人に、体を支えられることになる。
が。
マルシクはすぐに自身の立場をわきまえ、私から離れる。
すると半分を支える相手がいなくなり、私の体は傾きそうになるが――。
そこはさすが騎士団長!
エリダヌスが見事に両腕で自身の胸に、私を抱き寄せてくれる。
「足腰は丈夫だと豪語したのに、このざまですか」
「!」
「実際にどの程度丈夫なのかは、この後、しっかり確認しましょう」
これには驚き、私は彼の耳元でささやくことになる。
「エリダヌス、ダ、ダメですよ! 両親はエリダヌスだから婚前旅行を許して下さったのです! 婚姻前に一線を越えたと知られたら、た、大変なことになりますっ!」
実際そうなのだ。
護衛の騎士や侍女を連れていようと、結婚前に婚約者と旅行なんて、普通は許されない。
でも私は領地を案内すると約束していたし、相手は王立騎士団ルミナスの団長であり、公爵家の次期当主。あの、エリダヌスなのだ。
この国で誰よりも信頼できる男性と言ったら、エリダヌスだろう。
そのエリダヌスだからこそ、婚前旅行が許されたのだ。
「メリディアナ、君は一体どんな期待をわたしにしているのですか。こういった坂は、登りではより体力を使い、心肺機能を酷使します。対して下りでは、足腰への負担が大きくなるのです。特に膝、足首。関節や筋肉への負担が増すのです。ゆえにこの後、下りで足腰の強さを確認しようと申し上げたのですが」
凛とした声で、エリダヌスにこう言われた私は……。
穴があったら入りたい心境になっている。
「一線を越えない程度でしたら、君の望みに応えることもできますよ?」
陥落した。
エリダヌスの艶のある声での耳元のささやきは、私の全身から力を奪う。
「メリディアナ、あと一歩なのに。こんな風に甘えるとは。いけない子ですね」
そう言いながらエリダヌスが、私をいとも簡単に抱き上げると、そのままゆっくり歩き出す。
「エリダヌス、ここは登り坂です。ちゃんと歩きます!」
「大人しくしてください。それともキスで口を塞ぎますか?」
「!」
エリダヌスの言葉に、心臓が止まりそうになっていたが……。
「見えてきました」
マルシクの声に前方を見る。
「あ!」
もうその絶景に言葉を失う。
ところどころに碧さを残しながら、広がる雲海。
その狭間から姿を見せる古い城。
前世では『白鳥の城』と呼ばれた、ノイシュヴァンシュタイン城にそっくりだった。
これは間違いなく、乙女ゲームの制作陣がリスペクトして登場させたお城だと思うわ!
現在の状態でも十分に圧巻であるが、ここに少しずつ、朝陽が射し込む。
すると……。
「白亜の城が黄金の城に変わっていきますね。こんな景色、初めて見ました。まさに天空の城と呼んでいい姿です」
私を抱き上げたまま、エリダヌスが感嘆の声を上げていた。
その碧眼は朝陽を受けた古城を映し、金色に輝いている。
「わざわざ王都からここまで来て、さらに日の出前から宿を出発した甲斐が、ありましたよね?」
私が尋ねると、エリダヌスが目を細める。
「ええ、これはそれだけの価値がある景色です」
「実は、夕焼けに照らされた姿も、とても綺麗なんです。また夕方の時間に合わせ、ここに来ましょう」
「ええ、そうしましょう。ではここで休憩にして、朝食を摂りましょうか」
こうして布を広げると、そこに腰掛け、朝食となる。
眼前の絶景を眺めながら、アツアツのコーヒーを飲み、ハムサンドを頂く。
まさか推しとこの景色を眺められるなんて。
夢のような奇跡に、幸せを噛み締めていた。














