5話:推しとベッドを共にする!?
推しの言葉に、ドキッとすることになる。
もしやエリダヌスは娼館の利用経験があるの!?
いや、ない、ない!
だって“花恋”は全年齢版。
それに彼は普通にしていればモテるのだから!
娼館に通う必要はないだろう。
あ、でも……。
ヒロインの攻略対象であったから、エリダヌスはこの世界では、既に結婚していてもいい年齢でありながら、独身だった。高潔で誇り高い騎士団の団長だから、ついそちらへの欲求とは無縁に思えてしまうが……。
「お嬢様、顔が赤いです。どこか具合でも?」
「! だ、大丈夫よ。気にしないで、マルシク。それよりも、ごめんなさいね。その……娼館の部屋をとるよう、命じてしまって」
私の言葉に、マルシクが戸惑うような表情を浮かべた。
そこで私はハッとする。
悪役令嬢メリディアナは、護衛騎士であるマルシクを、あくまで仕える者としてしか見ていない。つまり「ごめんなさい」なんて言わないのだ。
「あ、あの、マルシク。私、第二王子のリギル殿下から婚約破棄された上に、男爵令嬢へのいろいろを指摘されたでしょう? それで少し、心を入れ替えたというか……」
「お嬢様」
マルシクが片膝をつき、跪いた。
薄汚れた通りなので、驚いてしまう。
「あの日、自分が持ち場を離れていなければ……。お嬢さまが馬車で彼女を轢き殺そうとなどしていないと、証言できるのに」
「ああ、それは気にしないで。だって私が命じたのだもの。『アピエールのエクレアが食べたいから、買ってきて』って。それにその日に限り、侍女のことも連れていなかったから……」
馬車の御者は、なぜかその日以降、忽然と姿を消している。
ゆえにヒロインを轢き殺そうとしたことを、否定してくれる人はいない。
そもそも人通りが少ない裏道で、かつ人がいないような時間帯だった。
しかもあの時のメリディアナは、偶然見かけたヒロインを見て「あんな女、轢き殺してしまいたいわ!」と独り言を口にしている。それを御者が偶然聞き、実行に移した……可能性はある。だからこそ彼は姿を消したのでは? 命じられたとはいえ、恐ろしいことをしようとしたと自覚して。
「何をしているのですか、こんな通りで。誇り高き騎士は、時と場所を選ぶべきですよ」
エリダヌスの言葉に、慌ててマルシクが立ち上がる。
「部屋は取れました。早くこちらに」
「!」
ここは思わずマルシクと顔を見合わせてしまう。
でもせっかく部屋を取れたのだ。
これで野宿にならないで済む。そう思ったら――。
「なっ、これは……! お、お嬢様、じ、自分はそちらの椅子に座って休みます!」
「!? 椅子なんかでは眠れないわ。そ、それにこのベッド、サイズが大きいから。大人三人でも川の字で眠れるわ!」
「か、かわの字? そ、それよりもウェリントン様、これはどういうことでしょうか!? お、お嬢様は未婚なのに、なぜベッドが一つの部屋を!?」
マルシクがエリダヌスに尋ねる。
すると彼はさっきマルシクがそこで休むと言った椅子に座り、その長い脚を組んだ。
「これだから子供は困りますね。ここは娼館です。ベッドが一つ、当たり前ですよね? そして利用するには一部屋につき一人、娼婦をつける必要があります。聞けばここには男娼もいるとのこと。もしアンブローズ公爵令嬢で一部屋を取れば、男娼を指名することになります。決められた時間まで、男娼と密室で二人きりです。そうした方が良かったですか?」
「そ、それは……」
「マルシク、ありがとう。あなたの気遣いには感謝するわ。それよりも明日からに備え、変装する必要があるの。だからこれで服を調達してきて。町娘が着ているような」
そこでエリダヌスは「甘いですね」と呟く。
「「!?」」とマルシクと二人でエリダヌスを見ることになる。
「殺人未遂の罪で、黒の塔へ連行を命じられたはずの公爵令嬢が姿を消した。しかも宰相の息子や兵士の遺体を残して。王家はその威信をかけ、君を探すはず。そこで町娘になるぐらいの変装で、済むと思っているのですか?」
「そ、それだけではないです! か、髪も染めます。染料も」「生温いです」
エリダヌスは椅子から立ち上がると、突然、私と向き合った。
改めて向き合うと、エリダヌスは……私の推しは背が高く、見上げることになる。
「月の輝きを束ねたようなシルバーブロンド。日々の手入れの賜物でシルクのように美しい」
エリダヌスが白手袋をつけたで私の髪をひと房手に取った。
心臓がドキーンと反応する。
お、推しが、私のか、髪を、手に、手に取ったーーーーっ!
その上で、キスをした。
ここで腰砕け。
かくんと崩れ落ちそうになる体は、鍛えられたエリダヌスの片腕で簡単に支えられた。手にしていたひと房から手を離すと、私の背中に腕を回す。同時に。私の体は彼の胸の中にぽすっと収まる。あのアクアの香りが鼻孔に広がり、陶酔するような気分になっていた。
「余計なことをしなければ、この美しい髪を維持できたでしょうに」
その言葉と同時にジョリという音と、後頭部を引っ張られるような感覚がして「な、なんてことを!」と叫ぶマルシクの声が聞こえた。
「レディの髪を切り落とすなんて」「今、この瞬間から、レディではないのです」
マルシクの叫びに被せるように、発せられたエリダヌスの言葉。
そこで自分の髪を推しが切ったのだと理解した。
貴族令嬢の髪を突然切る。マルシクが叫んで当然だ。
前世でもそんなことをしたら、何かの罪に問えそうだった。
一体なぜ、推しは私の髪を突然切ったの……?














