30話:お嬢様は大変ピュアで素敵だと思います……
「つまり公爵邸には戻らず、裁判の準備を進めた方がいいのですね?」
「そうなります。かといって娼館に戻る。それも一つの手になるでしょうが、裁判に向けて動くなら、弁護士に会う必要もでてきます。外出の機会も増える。あそこでは限界でしょう。よってこのままここに滞在し、変装した姿で動く。弁護士は我が家門と付き合いの長い、腕の確かな者を紹介します。そしてこちらから先に声を上げ、黒の塔へ連行する隙を与えず、裁判開始とすればいいのです」
これには驚き、思わず私は、マルシクやヘッドバトラー、メイドもいるのに尋ねてしまった。
「ラスペルバを保護してくれると聞いた時は、エリス様の温情ゆえだと思いました。そもそもエリス様とラスペルバさんは接点もなく、彼に対して嫌悪感もないですよね。でも私は違うはずです」
「リズベルト様」と口を開けたエリダヌスを制し、私は話していた。
「私は無理矢理エリス様を巻き込みました。せっかくの休暇なのに。弁護士を手配し、タウンハウスに滞在させるなんて、そんなこと……。それに裁判が始まれば、記者たちも動きます。この屋敷のこともバレてしまうかもしれません。証人を保護していたぐらいならまだしも、容疑者扱いされている私を“匿っている”なんて思われたら、大変なことになると思います。エリス様とウェリントン公爵の名誉が」
「問題ないですよ。だってリズベルト様は無実なのですから。轢き殺したいと思うぐらい恨んだ……それは仕方ないでしょう。自身の婚約者に手を出されていたのですから。ですが恨みはしても、実際に轢き殺すよう指示を出したわけではないでしょう。よって裁判では必ず勝ちます。君が勝てるよう、わたしも協力します」
「え、どうしてでしょうか。嫌々巻き込まれたのに」
するとエリダヌスはナプキンで口元拭い、こんな風に言ってくれた。
「乗り掛かった舟です。わたしはこの通り、性格が真面目なので。無実なのに、罪を被せられる人を黙ってみていることはできません」
つまり私にも温情をかけてくれるということだ。
「そんな、私はエリス様を」
「始まりの件は目をつぶります。ああでも言わないと、わたしの協力を取り付けることができなかったのは事実ですから」
「……ではまだ売っていないネックレスとイヤリングから取り外した宝石は、すべてエリス様に差し上げます」
「それはダメです」
即刻否定され、言葉が続かない。
「宝石は買い取りましょう。そのお金で弁護士費用を賄ってください。ご両親からお金を用立てるのは難しいと思います。そこから足がつき、第二王子に手を回されては困るでしょう。今回、ある程度の目途が立つくまでは、ご両親と接触はできないと思った方がいいです。あ、さすがにわたしは弁護士費用まで出すつもりはありません」
当然だった。
ウェリントン公爵のタウンハウスに滞在させてもらえるだけでも奇跡なのに。宝石を売り捌く必要がなくなり、しかも買い取って現金化してくれるのだ。弁護士も紹介してくれる。それ以上を求めるはずがない!
「そこまでしていただいて、弁護士費用まで出せなんて、言えるわけがないです。むしろどんな御礼をすればいいのか……」
「そうですね。当然ですから御礼はいただくつもりです」
「はい、喜んで! ご希望、何でもお聞かせください!」
エリダヌスは私の言葉を聞くと、嬉しそうに微笑む。
その微笑みには、何だか悪戯を思いついた子供のような無邪気さも感じさせる。
「何でもいいのですか、リズベルト様?」
「はい。……えーと、はい。お金は工面します。命を差し出せ、とかは困りますが、高潔な騎士団長がそんなことは言わないと思うので、大丈夫です!」
「役職を盲目的に信じるのは危険ですよ」
これには思わずドキリ。でもエリダヌスは……悪い人ではない。脅して協力を仰いだような私にここまでよくしてくれるのだから!
「はい。そこは気を付けます。ですがエリス様のことは心から信じているので、希望はいつでも聞かせてください」
するとエリダヌスは「君は本当に……」と手で顔を隠すようにして、少し離れた場所で控えるヘッドバトラーは何だか笑いを堪えている。
「マルシク、私、何か変なことを言ってしまったかしら?」
「いえ、お嬢様は大変ピュアで素敵だと思います……」
マルシクは瞳を輝かせ、私を眩しそうに見ていた。
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