29話:甘いですね
画廊のオーナーが言った通り。
セフィナが外している時に目覚めたラスペルバは、薬の効果もあり、盛大に「ここはどこだー!」「わしゃ、アトリエに帰る!」と大騒ぎ。従者とバトラーが駆け付け、なんとかベッドに押さえ込んでいるところへ、私達は駆け付けることになった。
そこでエリダヌスが事態を説明する。
「……なるほど。わしゃアトリエで重い風邪のせいで熱が出て倒れていた。そこに騎士団長さんの騎士と従者が偶然発見し、診療所へ連れて行き、そして保護するはずだったお屋敷まで運んでくれたのか……」
普通はここで「それはありがとうございます」になると思う。
だが、相手はラスペルバ。そうはならない。
「なぜアトリエの上の寝室に連れ帰ってくれないんだ! わしゃそこでないとダメなんじゃ。今すぐ帰る!」
ラスペルバが叫び、エリダヌスが口を開きかけたその時。
扉がノックされ、凛とした声で「失礼します」の声が聞こえる。
振り返ると、メイド長セフィナが部屋に入って来た。
その瞬間。
ラスペルバが固まった。
目でセフィナの姿を追い、口がぽかんと開いてしまっている。
「あまりにも大声なので、廊下にまで聞こえてきました。窮地を助けていただいたのに。御礼の一言もなく、自分の我がままを通そうとするなんて。聞いて呆れます。なんて厚かましい方なのでしょうか」
背筋をピンと伸ばし、カツカツと歩くセフィナは、とてもカッコいい!
まさに仕事がデキる女性という感じ。
「セ、セフィナ嬢……」
ようやく声が出たラスペルバは……。
瞳がキラキラと輝いている。
さらに髭で分かりにくいが、頬も赤いと思う。
「彫刻家のラスペルバさん。私は確かにセフィナと申します。あなたと私、お知り合いのようですね。でも私、馬車の事故に遭い、記憶が一部ないのです。あなたのことも……残念ながら覚えていません。ですが私、恩人にお礼を言えないような知り合いは、そもそもいないはず。あなたとは……」
「申し訳ございませんでした!」
ラスペルバはベッドの上で、なんと正座をして、頭をついて謝罪をした。
この世界に正座の文化はないが、自然と謝意を示そうとしたら、その姿勢になったようだ。さらに――。
「倒れたわしのことを診療所へ連れて行き、診察を受けさせていただいたこと、そしてこんな立派なベッドで休ませてくれたこと。心から感謝する。ありがとうございます」
これにはマルシクとエリダヌスと顔を見合わせ、笑うしかない。
セフィナの前だと、ラスペルバはとても素直だ。
「謝罪と感謝の言葉、よくできました。それでは病人は引き続き、ベッドで横になってください。間もなく昼食ですが、食欲はありますか?」
そう言うとセフィナはベッドに近づき、そこに置かれている丸椅子に腰を下ろす。
その様子を見た私達は、そっと部屋から出て行く。
これから。
これからあの二人は、沢山、話をするだろう。
昔の記憶がなくても。
思い出を失っていても。
これから一緒に作っていけばいいのだ。
重い風邪の回復には、二週間ほどの安静が必要。
その間に二人はきっと――失われた時間を取り戻せると思った。
「坊ちゃま、少し早いですが、昼食にされますか? 用意はできています」
部屋を出るとヘッドバトラーに声をかけられた。
「そうだね。リズベルト、マルク、お腹は?」
「「空いています!」」
こうして少し早い昼食となった。
◇
昼食の席で私はエリダヌスに、ラスペルバも無事保護できたので、いよいよ公爵邸に戻り、裁判の準備をしようと思うと話した。
すると。
「甘いですね」
即刻撃沈した。
「無罪を証明できる証人がいる。ゆえに不当な罪で連行しようとしたことに対し、抗議し、裁判を起こします……と考えたのでしょう。それ自体は間違っていませんが、公爵邸に戻るのはダメです。証人を見つけたと声を上げる前に、黒の塔へ連行されてしまいます。もしその状況で『私には無実を証明できる証人がいるんです!』とでも言ったらどうなるのか」
どうなるのか。
サーモンのソテーを食べる手を止め、真剣に考える。
そこで気づく。
「どうやら分かったようですね。ラスペルバはここで保護しています。ウェリントン公爵家のタウンハウスですから、警備は王宮並みと考えてくださっていいでしょう。ここにいる限り、ラスペルバは……証人は、安全です。ですがその証人を必要とする、容疑者扱いされているリズベルト様が、第二王子の力が及ぶ黒の塔に連行されていたら……。理由なんていくらでもでっち挙げるでしょう」
つまり連行されたことにショックを受け、自ら毒をあおり、死を選んだ。
流行り病にかかり、突然死した。
自由時間に階段で足を踏み外した……などいくらでも言い訳が立つ中、私は密かに抹殺されるわけだ。
「つまり公爵邸には戻らず、裁判の準備を進めた方がいいのですね?」


















