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28話:……暴れています

 セフィナは、一切身支度が整っていないラスペルバを見ても、顔色一つ、変えることはない。


 メイドにお湯を用意させ、汗のかいた寝間着を新しい物に替えられるよう、指示を出している。今はメイド長として動いているからかもしれない。だがラスペルバに対するネガティブな反応は、一切感じられなかった。


 できれば髪や髭も整え、服を新調し、今よりパリッとしたラスペルバで、セフィナに会わせたいと思っていた。なぜなら身だしなみに気を遣うことは、この世界でとても大切とされているからだ。


 だがセフィナは心の絆で、ラスペルバの存在を感じ続けていた。顔を名前も覚えていないのに。


 例えラスペルバが髪も髭もぼうぼうでも、セフィナには関係ないのかもしれない……そんな風に思えてきた。


「すぐに診療所へ連れて行き、ここへ運んだのは正解です。最善を尽くし、看病させますから」


 公爵邸で待ち受けていたエリダヌスは、マルシクと私の労をねぎらってくれた。そしてラスペルバのことは一旦セフィナ達に任せ、私達のことは応接室へ案内してくれる。


 ソファにマルシクと二人、腰を下ろすと、紅茶が用意された。


 対面のソファに座るエリダヌスがその紅茶が何であるか教えてくれる。


「これはリンデンのハーブティーです。リラックスできますよ。ここに至るまで緊張していたでしょう」


 エリダヌスに言われて初めて、自分が奥歯をぎゅっと噛み締めていることに気が付いた。でも出されたハーブティーを口へ運ぶと……。


 まず優しい香り、蜂蜜を思わせる甘い香りがした。しかも一口飲むと、これまた苦みや渋みもなく、まろやかな甘みを感じる。でも砂糖や蜂蜜は入っていないという。だがこの甘い香りと味に、気持ちは確かにほぐれる。


「ありがとうございます、エリス様。ほっと一息つけました。アトリエで倒れているラスペルバさんを見つけた時は、また私の目の前で命を落としてしまうの!?と衝撃を受け……。でもマルクが呼吸を確認し、生きていると分かりました。ただ熱があるということだったので、一刻も早く医師に見てもらいたいと動き……。結果的に流行りの重い風邪と分かり、お薬もいただけました。本当に良かったです」


 そこで言葉を切り、私は話を続ける。


「五十年近くお互いに想い合ったのに。もしもがあったらと、心底心配しました。そして今回こんな形でしたか、再会はできたのです。メイド長は、髪も髭もぼうぼうのラスペルバさんを見ても、顔色一つ変えていません。心の絆で結ばれた二人だから、本当は見た目なんて、関係なかったと思え……そちらについても安堵しました」


「ラスペルバさんは、まだ目を開けていませんからね。きっと目覚めた時に、驚くでしょう。セフィナと対面すれば、アトリエにいないことなど気にしないはずですよ……。ところでリズベルト様、君の無実を証明してくれる証人が無事で良かったですね。何者かに襲われたのではなく、病だった」


 エリダヌスに言われ、今さらラスペルバが証人であることを思い出す。

 もはやこじれた初恋をなんとかすることが……目的になっていた。

 でもそこがゴールではなく、裁判で証言してもらうことが重要だったのに!


「……すっかり、忘れていました。ラスペルバさんは重要な証人でしたよね」


 ハーブティーを一口飲んだエリダヌスが、クスクスと笑っている。


「やはり君は……自分のことを忘れ、他人のために奔走できる。……それが本来の君の資質だったのですね。とても優しい方だ」


 そう言って私を見るエリダヌスの碧い瞳。

 覚醒後、初めて見た彼の瞳は冷え冷えとして、私の心を凍り付かせた。

 しかし今は違う。

 その澄んだ瞳は限りなく心を温かくするもの。

 こんな風に見つめられると……勘違いしそうになる。


 その瞳を捉え、独占できるのは私ではないのに。


 そこで慌ただしく扉がノックされ、ヘッドバトラーが顔を覗かせる。


「坊ちゃま、客人が目を覚ましました。熱さましの効果はてきめんのようで、その……熱が下がり、暴れています」

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