25話:五十年に渡る両片想い
半信半疑のセフィナはこんなことを言う。
「坊ちゃまの手紙によると、その彫刻家ラスペルバという方の初恋が、私ということですよね。しかも私との再会を五十年近くお待ちいただいている。でも私には一切記憶がないのです。それで今回、お会いして、この屋敷へ来るよう説得するのは……。私にはそのラスペルバさんに恋愛感情はないので、正直、困惑しかなく」
これには「あ……」と声が再び漏れてしまう。
それはその通りだ。
ラスペルバが幾ら覚えていても、セフィナの方は記憶がないのだ。
いきなり見知らぬ相手から、五十年間好きでしたと言われても……重いだけだろう。
「それはそうですね。ただ不思議ですね、メイド長。あなたはなぜ独身を貫かれているのですか? しかもあくまで行儀見習いだった。妙齢になった時、親元へ戻る選択肢もあったのでは?」
するとセフィナがハッとした表情になった。
独身女性にはあまりするべきではない質問を、エリダヌスがしている。
あえて聞いているのだ。この質問をすることに、意味があると思う。
「それは……私自身、不思議に思っていることなのです。確かに両親からは、もうそろそろ戻って来いと、何度も連絡がきました。ですが帰る気になれず……。なぜなのでしょうか。王都に……いたいと思ってしまうのです」
「なるほど。でもそうでしょう。メイド長の故郷は緑豊かで、それはそれで素晴らしい場所です。わたしも晩年を過ごすなら、メイド長の故郷のような場所がいいと考えてしまいます。ですが若い時間を過ごすには、少し物足りなく感じますよね。王都であれば、劇場もあり、美食もある。沢山の娯楽もありますからね」
セフィナはそこで自身の手を胸にあて、「坊ちゃま、そうではないのです」と声をあげる。
「王都が若者にとって、刺激的な場所であることは間違いないと思います。でも私は王都に残り続けて、その刺激を満喫したかというと……。仕事が休みの日は、庭園や公園を散歩していました。ベンチに座り、露天で手に入れたパンを食べ、行き交う人を眺め……。なんというのでしょうか。誰かを……探している……ような、そんな感じで……」
「探している……。なるほど。王都からはなぜだか離れがたい。そして結婚を考えなかったのは?」
「それは……仕事が楽しかったので……」
これを聞くとエリダヌスは優しい笑顔になる。
「そう言っていただけるのは嬉しいですね。きっと君の背中を追うメイド達は、優秀に育ってくれるでしょう。ただ仕事熱心なことを、メイド長の両親は歓迎だったのでしょうか」
「いいえ、坊ちゃま。何度となくメイドの仕事は辞め、戻ってきて結婚しろと言われました。私が折れて縁談話に応じ、休みを頂き、故郷でお見合いをしたこともあります。でも……違うんです。お会いした方にピンとこなくて……。すると両親は、私が王都にいたがるのを分かっていたので、知人を頼り、王都に暮らす貴族の令息との縁談話も取り付けてくれたのですが……」
「どなたか想う人がいたのでしょうか。身分違いで諦める必要があったとか」
するとセフィナは、とても困った表情で私達を順番に見た。
「想う人など、いないはずなんです。いない……はず……なのに、縁談の相手と結婚すると思うと……。胸が苦しくなり、どうしても。どうしても、無理だったのです」
「……メイド長。君は事故で記憶を失くしている。でも心の絆が残っているのでは? 相手の姿を忘れ、名も分からず、思い出が消えてしまっても。結ばれた心の絆が失われることが、なかったのでは? 顔さえ分からなく、出会いの記憶もない。それでも君の中に、想う人がいるのでは?」
「……! 坊ちゃま、そ、それは……」
その相手こそが……彫刻家ラスペルバなのではないか。
そう、エリダヌスは言いたいのではないかと、私もさすがに理解する。
セフィナもそうなのだろう。
視線をローテーブルに置かれた紅茶に向け、そしてゆっくり顔を上げる。
「……本当は、もしかしたらと思いました。でも……怖かったのです。ずっとです。ずっと。名前も顔も分からない誰かを探し、この年になり。本当はもっと若く綺麗な時に再会できればよかったのに。今さら会ったところで、思い出の女性とは違うと言われるのではと」
これにはたまらず、私が声をあげてしまう。
「メイド長はお綺麗ですよ。素敵に年齢を重ねた結果の今なのだと思います。正直なところ、ラスペルバさんの方が……今すぐにあのぼうぼうの髭を剃り、髪も整えて、服も新調した方がいいと思うぐらいです。大丈夫ですよ」
「髭がぼうぼう、髪も、服も……そうなのですね」
セフィナが初めて笑顔になった。
「ずっと気になっていたのですよね? 名前も顔も分からないのに、五十年近く想い続けていた。このままお互いにあの世に旅立つことになったら、それこそ寂しくないですか? 会いに行きましょう。今、会わないと、絶対に後悔すると思います。証人の件とは関係なく、お二人には幸せになっていただきたいのです」
私が畳みかけると、セフィナが優しい顔になる。
「分かりました。本当に私で正解なのか分かりません。お会いしても普通に『はじめまして』と挨拶をしておしまいになるかもしれないのです。それでも許していただけるなら、会いに行こうと思います」
これにはエリダヌスも心のこもった言葉で応じる。
「結果は問いません。ただ、アンブローズ公爵令嬢が言う通り、もし五十年に渡る両片想いが実るなら……。わたしも嬉しく思います。そこまでの心の絆です。幸せになって欲しいと思います」
これを聞いたセフィナの瞳は潤み、そして「ありがとうございます」と深々と頭を下げた。


















