24話:悶絶死しそうになる
エリダヌスの顔がさらに近づくので、思わず目を閉じると……。
ひんやりと柔らかく、でもシルクのような肌触りを左の瞼に感じた。
同時にアクアの香りを捉える。
さらに右の瞼にも……。
そして先程よりひんやりしたタオルが、瞼に置かれた。
私の手から、エリダヌスの手が離れる。
い、今、瞼に。
瞼に……エリダヌスがキスをした……!
悶絶死しそうになり、でもそこで今更思い出す。
私、エリダヌスに既に唇にキスを……されていた……!
でもその余韻やキスについて考える間もなく、部屋に初めましてとなる娼婦二人、ラサとラナが入ってきたのだ。つまりそれどころではなくなっていた。
だが、冷静に考えると、お、推しと……!
やばい。鼻血出そう。
でもあれは私を試すためのキスだった。
恋愛感情など一切なかったと思う。
それでも。
それでも!
あれは……私のファーストキスだった。
ファーストキスの相手が推しなら本望だ。
うん、思い出を胸に、これからは生きて行こう。
しばらくはあのキスを思い出し、口元はムフフと笑っていた。
すると――。
「眠り姫、朝食の用意ができました。起きてください」
突如、エリダヌスの透明感のある声が聞こえ、頬へのキス。
「!?」「おっと、あぶない」
驚き過ぎて上半身を起こした私は、危うくエリダヌスの顔面にヘディングしそうだった。
だが推しは、自身の運動神経の良さで、それを回避していた。
回避し、転げ落ちそうになる私の瞼に載せていたタオルをキャッチし、ラサに渡している……!
意中の令嬢がいるのに、私にこんなスキンシップをするなんて!
罪深い! でも嬉しい(泣き笑い)!
◇
変装した姿のエリダヌスが訪問しても、門番は問題なく通してくれた。
既に話がついているのだろう。
ウェリントン公爵の三つ目のタウンハウスに、エリダヌス、マルシクの三人で馬車に揺られ、やって来ていた。
マルシクは、マロン色のセットアップにクリーム色のマントで、なんだかとても上品になっていた。昨日、エリダヌスが自身の衣装と共に、マルシクのために用意してくれたものだが、とてもよく似合っている。
私は青紫のセットアップに濃紺のマントと、初めての男装での正装だった。これまたエリダヌスが手配してくれたものだ。服装だけは従者から少し出世(?)し、従騎士になっている。剣も腰に帯びているのだから。
正装しているのは一応、このタウンハウスを見張る何者かがいた時に、「騎士二名と従騎士一名の出入りがあった」と思わせるためだ。ウェリントン公爵のタウンハウスであれば、騎士の出入りがあっても、ほぼ怪しまれない!
こうしてこぢんまりとしているという触れ込みだったが、決してそんなことはない素敵なタウンハウスのエントランスに到着すると、そこに使用人がズラリと並び、出迎えをしてくれる。
黒のテールコートのヘッドバトラーは、ロマンスグレーのキリッとした感じのおじ様。そしてメイド長は……。
ブルネットの髪を、前世で言うなら客室乗務員のようにきっちりまとめ、黒のワンピースと白のエプロンもパリッと着こなしている。背筋がピンと伸び、見るからにベテランというオーラが出ている。そして彼女こそが、セフィナだった。
年齢よりも若く感じるのは、メイド長として充実した日々を送っているからだろう。顔がとても生き生きとしていた。
まずは昨日、彫刻家のラスペルバを連れて行く手筈だったのに、それを守れなかったことを詫びることになった。だがヘッドバトラーとセフィナは「問題ございません! 顔をあげてください」と優しく応じてくれる。
こうして応接室へ案内され、セフィナを残し、他の使用人は退出。
ローテーブルを挟み、ソファに座り、セフィナと向き合うことになった。
「坊ちゃまからの伝書鳩が届き、書かれていた内容、確認しました。ですが私、彫刻家のラスペルバという方、存じ上げないのです」
これには「えっ……」と思わず声が漏れてしまう。
だがエリダヌスは落ち着いた声で尋ねる。
「知らない、のではなく、覚えていないのでは?」
歳を取り物忘れが……というのは確かにあった。
でも今、目の前にいるセフィナは、ラスペルバとは違う。身綺麗にしていることもあり、実年齢より若く見える。しかも現役のメイド長。そんな忘れっぽいでは務まらないはず。
「それは……」
セフィナは言い淀む。
「ヘッドバトラーから届いた手紙では、君は昔、馬車の事故に遭っているのですよね?」
「……はい、その通りでございます、坊ちゃま。王都を離れ、公爵様が所有する南の領地のお屋敷でメイドをしていた時期があります。そこで馬車の事故に遭い、記憶を……確かに失いました。といっても数年ほどの記憶です。王都にいる間の記憶を失いましたが、身についていた習慣やメイドの仕事は忘れていませんでした。ただ、王都へ戻った時は同僚のことを忘れており、そこは皆様に申し訳ないことをしましたが……」
「王都で行儀見習いをしている時、その彫刻家ラスペルバと君は、会っている可能性が高いのでは?」
これはもうエリダヌスが言う通りだと思う!
一方のセフィナは「そうなのでしょうか……」と半信半疑。
その上でこんなことを告げた。


















