18話:望まぬ再会
閉塞感が漂ったまさにその時。
私は気分転換になるものを見つけてしまう。
「マルク、スターチョコレートがある。確か今の季節は限定の『春の訪れを待つ木苺味』のチョコレートが販売されているはずよ」
「リズベルト様……」
「あ、ごめんなさい。緊張感が足りないわね。しかも私、今、この格好なのに」
するとマルシクが立ち止まり、優しい笑顔になる。
「行列がいつもより少なく思えます。買って帰りましょう。エリス様も喜ぶはずです。スターチョコレートが嫌いという人を、自分は知りません。こんな状況なのですから、少しの気晴らしは必要です」
マルシクはそう言うと私の手を取り、甲へキスをする。
「リズベルト様は死を目撃し、直面し、とてもつらい体験をされました。それなのに昨晩からずっと、我慢をされています。これぐらいの息抜きは許されるはず。それに部屋に戻る頃には、ティータイムを少し過ぎたくらいですから。丁度いいのではないでしょうか。少し遅めのお茶の時間で、チョコレートを楽しめばいいと思います」
「あ、ありがとう、マルク」
私は少し顔を赤くして、周囲に視線を泳がせる。
そこでようやくマルシクは「!」と気づいてくれた。
今、私は従者に見える装い。そしてマルシクは騎士。
騎士が自身の従者に忠誠を誓う手の甲へのキスは……シュールに見えることだろう。
「……申し訳ありません。どんなお姿でもリズベルト様は自分の主なので……」
「ありがとう、マルク。ではスターチョコレートへ行きましょう」
こうして束の間の休息。
昨晩からの緊張が緩むような、甘い香りがするスターチョコレートの行列に並ぶ。
行列に並んでいるのに皆、幸せそうな顔になるのは、やはりこの甘い香りが漂っているからだろう。
「いよいよですね、リズベルト様」
「そうね。次で店内に入れるわ」
まさにそう話し、喜びかけた時。
「申し訳ないのですが、リギル第二王子殿下の婚約者に内定されている令嬢が買い物されるので、少しお待ちください」
突然現れたのは、王家の紋章入りのサーコートを着用した兵士たち。
店の入口の扉の左右に立ち、そこに護衛騎士にエスコートされたヒロイン、男爵令嬢ラーン・イングリスが登場した。
美人というより、可愛らしい系。
金髪に青い瞳、小顔で小柄だが、胸は大きい。
頬と唇は発色のいいローズ色で、お人形さんのようだ。
誰もがその愛らしさに魅了される姫君……というのがゲームの設定だが、既に第二王子リギルの攻略も終わっているからか。
顔をツンと上向け、ゴールドの光沢のあるドレスで護衛騎士にエスコートされて歩く姿は……もはや女王の貫禄だ。
そして彫刻家ラスペルバが聞いたヒロインの言葉を思い出す。
――「ええ、必要よ。相手は公爵家。娘が婚約破棄されたとなったら、正統な理由がない限り、噛みついて来るでしょう。向こうが一切抵抗できない事由を用意しなきゃダメなのよ」
徹底的に私を踏み潰そうとした女性なんだ、ヒロインは。
その瞬間。
死の恐怖の象徴として、ルクルドのことを思い出してしまい、顔色が青ざめたのだろう。それに気づいたマルシクが私を抱き寄せ、自身のマントで包み込んでくれる。
マルシクにこんなことをされるのは、初めてだった。
だがこうされることで彼の心音を感じ、生を実感し、少し気持ちが落ち着く。
さらにマントに包まれることで、彼の体温に私は温められることになる。
それはとても強い安心感を覚えさせてくれた。
カラン、コロンと扉につけられた鐘が鳴り、ヒロインが店の中へ入って行った。
◇
束の間の休息と思ったら、まさかのヒロインとの遭遇。
休息とは程遠い状況になった。
あの場からすぐにでも立ち去りたいと思ったが、それは無理な話。
そんなことをすれば目立つし、目をつけられる。
何より王家の婚約者に内定している令嬢への当てつけ、抗議かと思われてしまう。
よってあのままヒロインが三十分近く店に居座り、品定めをするのを待つことになった。
婚約が内定した時点で、王家から支度金が支給される。
お金はたっぷりあるのだから、迷うことなく欲しい物は全部買い、早々にお店を出てくれればいいものを。どうやらいろいろと味見をしていたらしい。
想定より時間がかかり、当初の楽しい気分は半減した状態で、チョコレートを手に入れた。こうして馬車に乗り、娼館へ戻ることになった。
「すっかり遅くなっちゃったわね。日中は明るく暖かくても、まだ春は少し先。外が暗くなるのが早いわ」
「そうですね。男爵令嬢が現れなければ、もう少し早く戻れたはずなのですが……。もうティータイムとはいきませんね」
そこで思い出す。
エリダヌスはどうしているだろうと。
この世界、スマホなどないため、一旦お互いに外出してしまうと、連絡を取りにくくなる。宮殿へ向かったエリダヌスは、ルクルドを害した暗殺者ギルドの捜査状況を探っているはずだった。
「リズベルト様、到着しました」
まさにブルーアワーの時間に娼館に到着し、少し重い足取りで階段を上り、部屋に向かった。マルシクが扉を開けたが、それは内側からぐっと力強く押され、エリダヌスが姿を現わした。

















