16話:彼の後悔
「確かに! この辺りの画廊にあたって聞いてみましょう!」
そう答えた時。
お腹の虫が「ぐううう~」と鳴る。
丁度、お昼時で大通りには沢山のレストランがあり、美味しそうな香りが漂っていた。
「リズベルト様、昼食を摂られますか?」
「えへへへ。ごめんね。盛大にお腹の虫を鳴かせちゃって」
「! 生理現象です。気になさらないでください。ところで、何を召し上がりたいですか?」
見つけたのは洋食屋さん。
平民には特別な日のレストラン、貴族にはカジュアルに楽しめるお店。
私の服装は、街のどこかによくいそうな少年の装い、マルシクは腰に剣を帯び、騎士と分かる服装。その結果。
「騎士様と従者の方? 席は同席でいいのかしら? 一応、付き人の方がお待ちいただく部屋の用意もありますが」
店員にこう言われたマルシクは青ざめ、即否定しそうになったので、その手にそっと触れる。ハッとしたマルシクは店員さんに「同席で案内してください」と頼む。そして席に着いてオーダーを通すと「申し訳ありません、リズベルト様! 主はあなたなのに……」と唇を噛み締めるので「まあまあ」と宥める。
私の男装が成功している証だ。無問題なのに!
ともかくこのレストランで食事をして、例の彫刻家ラスペルバについて何か知らないか、店員に聞いてみると……。
「ああ、ラスじいさんね。もう五十年以上あそこに住んでいるから、知っている人は知っているわよ。うちはね、画廊のオーナーがラスじいさんを連れて利用してくれるから。まあ、顔見知りってところかしらね!」
ダメ元で店員さんに聞いたら、“ラスじいさん”と呼ぶぐらい知っていた!
これはラッキーということで、さらに話を聞くと……。
「ラスじいさん、頑固でしょう~。画廊のオーナーも困っているのよ。ギャラリーに作品を展示しているから、当然、欲しいという貴族のお客さんもいるわけ。でも売らないのよ。なんでも死んだら好きなようにしていいけど、今はダメなんだって」
なるほど。あの頑なな態度は、初対面の私達を警戒して……というわけではなかったのね。
しかし、欲しいというお客さんに作品を売らない。
そうなると何のために創作活動をしているのか。
はたまた収入なしでどうしているのか。
実に不思議な気持ちになる。
「画廊のオーナーに会いたい? そこにいるわよ、ほら。ランチ定食を食べているわよ」
これはツイている!
店員さんの口利きで、食後の珈琲を一緒に頂く機会に恵まれたのだ!
とりあえずここはエリダヌスの名を出し、話を聞いてみることにした。
すると画廊のオーナーは……。
「なるほど。ウェリントン公爵のご令息と言えば、王立騎士団ルミナスの団長ですよね。そんな方がラスペルバの作品に目を留めていただけるとは……! 全作品今すぐ売りたい気持ちですが、そうもいかず……」
「何か事情があるのでしょうか」
私は従者ということになっているので、会話の主導はマルシクが握っていた。
今も積極的に話を進めてくれている。
「初恋をこじらせているんですよ」
「初恋、ですか?」
マルシクが首を傾げる。
「ええ。ラスペルバは美術学校を出ておらず、六歳から師匠と仰ぐ彫刻家のところへ弟子入りしました。そこで十七歳まで学び、その腕を見込み、私が王都へ招き、あのアトリエ兼住居を提供したんです。あの建物は古いですが、他にも画家、陶芸家、音楽家が住んでいます」
つまりこの画廊のオーナーは、新人発掘に力を入れており、パトロンとしても機能していた。
「王都へ来た時は、まだ無名でしたから、製作した作品は寄贈していたんですよ、役所やレストランや宿なんかに。ちょっとした彫刻を飾ったりするでしょう。するとすぐに人気が出て、注文が殺到したんです。そうしたら……」
ラスペルバは天才肌タイプというか、石と向き合い、内なる声と天からの声を聞き、彫刻を始めるらしい。だがそれをできるのは、作品展示や寄贈の時。注文品を作るとなると「女神像を作って欲しい」「天使を彫って欲しい」と指示が入る。これが、苦手だった。
しかも注文は数が多く、自由な創作活動ができない。
その結果、完全にスランプになってしまう。
そこで一旦全ての注文をキャンセルし、休ませることにした。
自由に街を散策し、運河のほとりで行き交う船を眺めたり、王立公園に行き、芝に寝転がり流れ行く雲をぼーっと見たり。そんな日々を過ごすうちに、ラスペルバの心身も落ち着いてきたのだが、そこで彼は一人のレディと出会う。
彼女は地方領の領主の娘だが、三女。
行儀見習いをしており、貴族の屋敷でメイドとして働くため、王都へ来ていた。
そして偶然、仕事休みで庭園を散歩している時に、ラスペルバと知り合うことになった。
名はセフィナ。
年齢は彼女の方が三歳下。
若々しく、明るいセフィナに、ラスペルバはすぐにぞっこんとなる。
同時に彼女はラスペルバのミューズとなった。
彼は彼女のその姿を美しい彫像として、何体も彫り上げた。
自分をモチーフにした作品を見たセフィナは……。
「まあ、これが私なの? 私、こんなに美人じゃないわ。でも……もしあなたの目にこれが私として映っているのなら……嬉しい。ありがとう、ラスペルバ」
その作品の素晴らしさに、彼女は感動してくれた。そして……。
「せっかくだから、一つ私に売って頂戴。これでも働いているでしょう。お給金をもらっているから、ちゃんと買えるわ」
するとラスペルバは、無料でいくつでもプレゼントすると言ったが、セフィナは首を縦には振らない。
「自分の才能に対する正しい対価は、受け取らないとダメよ。あなたの生活がかかっているのだから。私もまたお給金が貯まったら買いに行くわ」
そう言って一つだけ彫像を購入した。
その金額、過去のラスペルバの注文品と同額。
つまりは貴族がつけるような金額なので、セフィナが次の作品を手に入れるためには、三年は働かないといけなかった。でも彼女は「頑張って働くわ」と笑顔だったのだが……。
時を同じくして、貴族の未亡人マダムが、ラスペルバのパトロンに名乗りをあげた。だがそれは、作品を作るための支援と引き換えで、ラスペルバの体を求めるものでもあった。
今は老齢のラスペルバだが、当時はまだ二十代になったばかり。若く、たくましいその姿は、未亡人マダムの心を捉えた。
しかし。
ラスペルバは、この未亡人マダムの裏の意図に気づいていなかった。屋敷に招かれ、食事をして酒を勧められ……。酩酊状態でマダムと関係を持ってしまったのだ。


















