14話:謎の解明と彼の願い
「この子、名前はロメダと言います。現在十六歳。見ての通りの姿なんですが、妊娠していないんです」
ラサにそう言われ、私は「え?」となり、マルシクも手を止め、顔をこちらへ向けている。
「え、えーと、そうなるとそのお腹は……?」
「分からないのです。この子、まだ一度もお客をとったことがないんですよ。下働きをしていたら、見初められて、身請け先の貴族も決まっているんです」
身請け先の貴族が決まっているのなら、その方と一線を超えたと考えたくなるけれど……。
「その方は奥さんを若くして亡くし、何度か貴族向けの高級娼館に足を運んでいたのですが……。偶然、この辺りを通りかかった時、水まきをしているロメダに出会って、一目惚れ。今はその身請けに向け、いろいろ準備中です。その方もここに足を運び、ロメダと食事をしておしゃべりをして帰るだけなのに。突然、お腹がこんな状態になったんです」
「そうなのですね。でもその姿を見たら、まず妊娠を疑われますよね?」
「助産師に確認してもらいましたが、妊娠ではないと。それに月のものもちゃんと来ているんです。このお腹だともう月のものなんてないはずなのに」
それならば妊娠を疑われることはないと思ったら。
「でもこのお腹を見たら、絶対に疑われますよね。月のものがあると説明しても、信じてもらえるか……」
ラサがそう言うと、ラナもこう付け加える。
「もし妊娠ではなければ、このお腹の膨らみはなんなんだってなりますよね。でも本当に、この三日間でいきなりこの状態で……」
「これでは旦那様が用意してくださるウェディングドレスを着ることもできません」とロメダ自身も悲しそうにしている。何よりロメダが心配しているのは――。
「旦那様は何かの病気かもしれないと心配くださるでしょうが、世間体が悪すぎます。娼館からの身請けというだけでもイメージが悪いのに、そこにお腹が大きいとなると……」
「何か……病気の可能性もありますよね。お腹が膨れる以外に、何か自覚症状はないのですか?」
私が尋ねると、ロメダは即答する。
「お恥ずかしい話ですが、これだけお腹が膨らんでいるせいか、げっぷがよく出て、おならも……」
言っているそばからげっぷをして、そしておならをしている。
「こんな状態では旦那様の前に出られません……!」
「三日前からということですが、これまでの生活に対し、何か大きな変化があったりしたのでしょうか?」
「それは……」とラサとラナが顔を見合わせ、笑顔になる。そしてラサが口を開く。
「お祝いですよ! 下働きの時に身請けの話が出るなんて、ラッキーとしかいいようがないですから。娼館主が大量にスパークリングワインを仕入れてくれたので、もうみんな大喜びで飲んでいます。真夜中の大宴会ですよ!」
「なるほど。皆さん、お祝い気分でスパークリングワインを飲んで……でも睡眠不足になりそうですね」
これには三人とも苦笑い。でも「客が帰った後となると、どうしても時間は遅くなります」と笑う。その分、寝坊はするが、それでもこの時間には起きている。
「その大宴会には、ロメダさんも参加されているのですよね?」
ロメダはこくりと頷く。そしてラサがこう付け加える。
「ロメダは旦那様と祝い酒を飲み、食事をしています。その後の大宴会ともなると、もう満腹ですよね。……まあ、そのせいで急激に太ったのかもしれませんが」
するとラナが急激に太った説を否定する。
「でもちゃんとお通じはあるんですよ! こんなになるまでお腹が膨らむなんて……空気を食べているわけではないので、あり得ないですよね!?」
空気を食べる……。
空気が美味しい……なんて言うけれど、空気は食べ物ではない……。
あれ、でも。
バリウム検査では空気を吸ってお腹を含まらせてと言われる。
空気でお腹が膨らむことはあるわよね。
「あの……」
そこで黙々と作業をしながら話を聞いていたマルシクが、声をあげた。
三人で一斉にマルシクを見ると、彼は驚き、顔を赤くしてしまう。
マルシクのシャイな様子は、なんだか可愛らしい。
「一つの可能性ですが、自分の母親が似たような症状になったことがあるんです」
これにはラサとラナが「本当ですか!?」と声を揃える。
「母親は社交的な女性で、頻繁にお茶会を開いていました。ホストですからよくおしゃべりをしながら、用意したスイーツや軽食もぱくぱく食べていたのですが……。どうも空気も一緒に食べていたようなのです」
これには全員で「!」となってしまう。
「その時に診察した医師によると、エアロファジーという症状の可能性があるとのことでした。おしゃべりしながら食事をすると、空気を食べるというか、飲み込んでしまうそうです。それに母親は割と食べ物をパクパクと早く食べるようで、しかもスパークリングワインも好き。ロメダさんのように妊娠を疑うほどお腹が膨らむことはありませんでした。ですがお腹が張り、本人も驚き、診察を受けました」
「どうやってそのお腹の張りは、解消したのでしょうか?」
ロメダがすがるようにマルシクを見る。
「医師の指導の下、生活改善を始めました。食事はきちんと噛んでゆっくり食べ、おしゃべりは控えめに。スパークリングワインは、ごくごくと一気に飲むようにすると、余計な空気も呑み込みやすいので、気を付けるようにしていたと思います。他にもイライラをためない、睡眠不足を避けるとか、いろいろあった気が。助産師ではなく、通常の医師に見てもらうといいかもしれません」
これを聞いたロメダは「そうします!」と応じ、ラサとラナも「解決策が見つかりそうだ」と喜んでいる。そして三人は「よかったね、病院へ行こう」と部屋を出て行く。
「マルク、すごいわ! これでロメダさんも安心して旦那様に身請けしてもらえるわね」
「そうですね。あのお姿を見た時は、自分も妊娠としか思えず……。でも話を聞いていると、母の症状に似ていると思い出すことができました」
そこでマルシクが座るテーブルに近づき、その手元を見ると……。
黒い布張りのトレーには宝石がいくつも転がっている。
「もうほとんど完了じゃない!?」
「はい。イヤリングの解体は完了です。ネックレスもお昼前には終わるかと。午後にはいくつかを質屋に持ち込めると思います」
「……ありがとう、マルク。でも……本当にごめんなさいね、護衛騎士のあなたにこんなことをさせて」
するとマルシクは作業を止め、椅子から立ち上がった。
そして片膝を床につき、跪くと、私の手をとる。
「リズベルド様。自分はあなたのそばにいられるなら、護衛騎士ではなくても構いません」
「え……?」
「もしも無実の証明が厳しいなら、このまま……自分と逃亡しましょう。自分は三男ですが、父親から、田舎の小さな領地を与えてもらっています。贅沢はできませんが、そこで将来隠居生活をできるようにと。そこへ行けば、リズベルド様と二人、慎ましやかに暮らしていくこともできます。自分は薪割りでも狩りでも、パンを焼き、家畜を育て、畑を耕すことも厭いません。むしろそうやってリズベルド様と暮らせるなら……」
頬を赤らめるマルシクを見て、なんだかドキドキしてしまう。
周囲を緑に囲まれた小さな平屋の一軒家。
そばには家畜小屋があり、畑もある。
少し歩けば森もあって小川もあり、四季を感じ、木の実を摘み、狩りをして、自給自足で生きて行く。貴族というより、平民に近いが、それでも生を実感し、幸せに生きて行ける気がした。
でも。
そんな風に私へ人生を捧げては、マルシク自身が楽しめないのでは?
「マルク、ありがとう。あなたの忠誠、とても嬉しい。でも私のことばかりではなく、自分自身の幸せも考えて。それに私は無実を証明できるなら、してみせたいと思っているの。だって悔しいじゃない。やってもいないことを、『やった!』なんて言われて、刑を宣告されるなんて。抗って見せるわ」
「リズベルト様……」
マルシクが瞳を潤ませ私を見上げた時、扉がノックされた。
するとこれまでの和らいだ雰囲気から一転、マルシクの表情が引き締まる。
すぐに扉へと向かい、応じる。
「手紙だよ。護衛騎士さんから手紙が届いたよ!」























































