12話:あっ、あっ……
「ではリズベルト様、自分は金物屋へ行って参ります」
「ええ、気を付けて」
パタンと扉が閉じ、エリダヌスと二人きりになってしまったと分かった時。
背中に汗をかいている。
絶対に聞かれるわ、あの件。
あの件。
そう、マルシクと私が駆け落ちで、エリダヌスが護衛騎士という、私が勝手に作った設定の件!
ソファに座った私は、椅子に座るエリダヌスをチラリと見る。
椅子に座り、新聞に目を通すエリダヌスは、それだけで絵になった。
金物屋は九時から開いているが、図書館は十時からで時間差があった。
そもそも部屋に私を一人にするつもりはない。
よって時間差がなくても、マルシクが外へ出れば、エリダヌスは絶対に部屋に残る。
つまりはこの二人きりの時間は避けられなかった。
私はあの件についてきっと聞かれると思い、ドキドキしていが、エリダヌスは違っていた。
「……なるほど。宰相の息子ルクルド・オークレーが殺害された件は、記事になっています。その一方で、リズベルト様の件は……一切記事になっていません。連行途中で姿を消したことは、王家としては失態になります。それに卒業記念舞踏会も宮殿で行われていたのです。警備体制の問題を指摘されかねない。かつ公爵家も動いたのでしょう。本当はオークレー令息の件も伏せたかったのでしょうが、さすがにそれは無理な話。人が亡くなっているのですから」
再びルクルドの姿を思い出し、きゅっと唇を噛む。
この悲しみの感情は、しばらく続くだろう。
無理にどうこうすることができるものではない。
時が癒してくれるのを待つしかなかった。
「ルクルド様の件、犯人についてはどのように書かれているのですか?」
私が問い掛けると、エリダヌスは椅子から立ち上がり、新聞を手に私の隣に座った。
その瞬間、ふわりとアクアの香りを感じる。
「ここに書いてある通り、わたしの指摘が的中です。暗殺者ギルドが関わっている可能性が高いとされています」
エリダヌスとの距離の近さにドキドキしながら、新聞に目を通す。
「確かにそうですね。でもそれ以上は調査中……なんですね」
「暗殺者ギルドは大小含め、数が多いですからね。特徴として、これは暗殺者ギルドだと分かるものであっても、組織の特定につながる確固たる証拠は残しません。リズベルト様の命を狙おうとした暗殺者ギルドとその依頼人。そちらを見つけ出すには、組織的に動いた方が早いでしょう。そう考えると、こちらは陛下の捜索結果に期待し、わたし達は君の無実を証明する人間捜しに集中した方がよさそうです」
「私を害そうとした人間を、放置するのですか? もし居場所が分かれば、また狙われる可能性がありますよね? そうなるとエリス様やマルクが……」
するとエリダヌスは、ぽすっと私の頭に手を置いた。
「心配のし過ぎですよ。わたしやマルクはそう簡単にくたばりませんから。とはいえ、あんなことがあった後ですからね。そう思うのも仕方ないです」
「エリス様……」
「ただ、わたしは王立騎士団ルミナスの団長です。名折れするつもりはありません。そこは信じていただければ」
よくよく思い出すと、私に向けて放たれた矢を、自身の剣で防いでくれたのだ、エリダヌスは。大丈夫。彼は私の推しで、最強なのだから。
そこで気が付く。
「今回の件を受け、国王陛下から連絡は来ていないのですか?」
「いい質問です。休暇を取らせたそばからこの事態なので、陛下はわたしに連絡をとることを迷ってはいると思います。ですが捜査状況を掴むためには、顔を出した方がいいでしょう。図書館へ寄った後、宮殿へ一度出向いてみます」
「ありがとうございます。……ちなみにルクルド様の葬儀の日程が、新聞には書かれているのですが……」
エリダヌスは私から新聞を取り上げ、折りたたんでしまう。
「お気持ちは分かります。ですがリズベルト様が彼と幼なじみであることは、第二王子殿下も把握されているでしょう。会場となる聖堂に、絶対に多くの見張りを置くはずです。飛んで火にいる夏の虫になりますよ」
「……そうですよね」
「後日。全てが落ち着いてから、個人的に弔えばいいことです。昨晩、最後のお別れは出来ましたよね」
確かにエリダヌスの配慮により、ルクルドのそばで、最後の祈りはできている。
「分かりました。危険は冒さないようにします」
そう答えた後、少しもじもじしながら私は尋ねることになる。
「あの、エリス様とマルクと私の関係の件ですが……」
「ああ、そのことですか。それは妥当な配役だと思いました。まずリズベルト様は、こう考えたのでしょう。『勝手に駆け落ちの相手にすれば、絶対に団長から怒られる』と。そうなるとその駆け落ちの相手役は、マルクしかいないですよね。そしてわたしは護衛騎士に収まる」
これを聞いた私は「あ……」と思うしかなかった。
つまり、全てはお見通しだったわけだ。
「もしや期待されたのですか?」
「え……」
「駆け落ちの相手を、なぜわたしにしなかったのですか?――そうわたしが尋ねることを」
「!? で、ですから、それは」「冗談ですよ」
そこでニコリと笑ったと思ったエリダヌスだったが、不意に私の顎を持ち上げ、自分の方へと向ける。
「理論的に考えれば理解できることです。ですがこうも考えなかったのですか。『勝手に駆け落ちの相手にしたとしても……優しい団長なら許して下さるわ』と」
「それは……」
「どうやら少し厳しく当たり過ぎたようですね。以前の人格の君だったら気にしないようなわたしの言動も、今のリズベルト様には想定以上の効き目があるようです。言い方は注意した方がよさそうですね」
それはぜひそうして欲しいと思った。
「お願いします、そうして下さい」と答えようとすると、「言い方以外でも表現した方が、分かりやすい……のでしょうか?」とエリダヌスは言うと、一気に自身の顔を近づける。
鼻と鼻が触れ合い、吐息が感じられる距離だった。
「あっ、あっ……」
慌てた私は体がフリーズし、声だけ反応している。
「駆け落ちの相手、わたしにはしてくださらないのですか?」
掠れるような甘い声だった。
こんな声をエリダヌスが出せるなんて想定外!
意識が飛びそう。
そう思った時、扉がノックされた。























































