翔と桃
ホテルをチェックアウトして、昨日のカフェに向かう。
「着替えいいの?」
「も、いい。面倒だから。シャワー浴びたし」
通りすがりのお花屋さんに桃の枝が飾ってあった。
思わず、立ち止まってふたりで微笑む。
「桃の花、春が近い感じがするね」
「まだ、断然、寒いけど。日本はこういう季節感があるからいいな」
「そうだ、桃ジュースまた送るね。去年のと同じのでいい?」
去年、送った桃のジュースがおいしかったと彼が言っていたのを思い出した。
美味しいと評判で、数量限定の逸品でお値段も高かった。
本物なら、その気になれば現地でも手に入るだろうし、ジュースなら日持ちがして、日本の味を長く楽しめると思って。
彼は花から、瞳をはずし、店の奥を眺めるように、遠くを見つめる。
「ん、もういいよ。高いやつだし、結構、手に入れるの大変らしいじゃん」
確かに、その年の桃の出来次第で数量が決まるから、販売開始からすぐに注文しないと希望通りの本数や手に入らない可能性があるジュース。
いつ、販売になるかのチェックが欠かせなかった。
今は何でも、調べられるからそういう情報も贈った相手に伝わってしまうのは、困りものだ。
「じゃあ、別のなら手に入りやすいのは、あるのよ」
「欲しくなったら、自分で手に入れるからいいんだよ」
贈ることが拒絶された気がした。
これからの、すべても。
「そんなこと言われたら、もう何も贈れなくなっちゃうよ? 私からは、何もいらないってこと?」
彼の顔を見ないで隣の腕を掴み、責めるような言い方をする。
彼は、はっとしたように息を飲み、腕にある私の手に触れた。
「違う! ごめん、そうじゃない。朝陽は勘がいいから、俺が嬉しいことをしてくれるのが多いんだよ。俺はさ、そういうのがないから悔しくて、つい」
「え?」
思いもかけない返事に彼を見上げると、瞳をふせて寂しそうな表情をしていて次の言葉が出てこなくなった。
「チョコだって、母さんが俺の感想を伝えやすいように同じのを贈ってるし、俺が日本の桃が好きだからって、本物に近いジュースを探して贈ってくれる」
「そんな、大層なことじゃないよ」
「話したり、会うのだって同じ時間しかなくて、母さんっていうブレインも同じなのに俺は、朝陽の嬉しがることがわかんないんだ」
「聞いてくれればいいのに」
そんな当たり前のことと何気に言うと、彼はグッと唇を締めてガクッと頭を垂れた。
相当なダメージを喰らったかのような仕草に思わず、彼の腕から手を離す。
「直接なんて全然会えないから、こういう時を本当は大事にしたいんだけど。例えば、朝陽は今度の俺のバースディプレゼントなんて、もう何がいいか思いついてるだろ?」
「う、ん、まぁねぇ」
カッコいいブックカバーとかパジャマにも使えそうな素材のTシャツとかって思ってははいた。
「そういうのに気づいちゃう、翔も勘がいいんじゃない? 亜紀の彼氏のことや桃缶だって」
「それは後付けに理詰めしただけで、そういうのは役に立たない。俺は朝陽が喜ぶことがしたいんだ、朝陽が俺を喜ばせてくれるように」
「じゃあ、欲しいものとか言えばいいの?」
「それはダメ。母さんとダブりそうだし、朝陽がしてくれるようなサプライズにしたい」
「私が何気にアピールしようか」
彼は眉間に指を置いて、
「いや、そういうの違うんだよなー」
どうしたらいいの。




