朝陽と呼ぶ理由、は
「もう、さ、アメリカに来ない? 一緒に住もうよ」
「え? 無理だよ。それは前に何度も話したことじゃない」
少し息苦しくて、首と翔の腕の間に手を入れる。
アメリカはお父さんの死んだ土地だから行きたくない。
頭も心がおかしくなって、しんどかった日々を忘れられないから。
翔は、んーっと息を吐いて、耳元から顔を離して私の頭のてっぺんに顎をのせた。
「ホントは俺がこっちに来るのがいいんだけど、母さん一緒じゃないと……ね」
「翔が日本に来るなんて、もったいないよ。せっかくいい学校にいるのに、お母さんだって仕事あるし」
「あのさ……」
翔の言葉をさえぎるように、話し出す。
「あのね、ありがとう。本当に大丈夫なのよ、翔もわかってるでしょう? 不自由なく暮らしてるって。ふたりして心配して、家族だって思ってくれてること、本当はわかってたのよ。ただ、翔があんまり変わっちゃったし、お母さんは赤ちゃんの事、言ってくれなかったし、離れてると、置いてきぼりみたいだなって思っちゃったの」
そして、ふと思い出して、翔の腕をグッと握りしめると、痛っと頭の上で声がする。
「そもそも翔が悪い。私の事、急に名前で呼び始めるから。姉弟じゃなくなったみたいじゃない」
翔の体のビクッとした痙攣と、こくっと喉が鳴った振動が私の体に響いた。
「だって、誕生日一カ月ちょっとしか違わないじゃないか。もともと、姉さんなんて呼んでるのも変なんだよ」
「違います。学年が上です」
「それは日本だから! 俺、スキップしてっから学年なら、もう上なんだからな」
「家族で私の方が先に生まれてるんだから」
「あっちなら、名前で呼ぶ。あっちなら、関係ない」
「日本で、姉弟だって思ってもらえない」
「……いいじゃん」
「だって、自慢したいよ、カッコいい弟でしょって。知ってた? 昨日、すれ違うたびに翔を見ている女の子、結構いたんだもん」
彼の腕が緩んで、脳天にゴンと衝撃、とその余韻。
「っ、いった」
頭突き? 私の頭のてっぺんに翔の額がある感触、そして、後頭部に響く低い声。
「も、絶対、名前で呼ぶ。譲れない」
私が何も言えずにいると、彼が大きく息を吸って、吐く。
首にある彼の腕に力がこもる。
「でも、どうしても、いやなら……、やめる、ケド」
くぐもって、頼りなさそうな声。私が悪いことしたと謝ってしまいそうになる。
なんで、そんなにこだわるんだろう、彼は。
私もだけど、名前で呼ばれてると気づくと変な気分になる。
いやではない、なんか、むずがゆくて照れくさいのだ。
翔はそうではないのだろうか。
仕方がないといった風に、はぁと息を吐き、
「ん、なんか寂しいな。翔が私の弟って可愛がるのが、できなくなりそう」
腕を後ろに回し、彼の頭をなでると、くすぐったそうに身じろぎし、くすっと笑う。
「そんなん、いいんだよ。いいの? 朝陽?」
確認するように、ひと言、ひと言をゆっくり言う。
「あんたの姉さんであることには変わりないんだからね。そこは、私も譲れないから」
彼の腕にさらに力が入り背中が胸に押し付けられる。
頭の上で、ちっと舌打ちが聞こえたような気がする。
ふんと鼻が鳴って、
「……しょーがないな」
つぶやいて、ようやく私を腕の中から解放した。




