亜紀の彼氏の疑惑? 解決
お互いの近況をひと通り話し、そういえばと翔に問う。
「お母さん調子、どう?」
彼は少し瞳を見開いて、首をかしげる。
「ん? 元気だよ」
「前に痩せたことあったでしょう? 忙しくて。最近は戻ってるみたいだけど」
私は問いつめるように体を前に出したら、翔は瞳をそらすように、窓の外をちらと見た。
「忙しかった頃はね。研究の締め切りとかで一週間とか。すれ違いで、あんまり会わない時があった。今は、も、大丈夫」
窓から瞳を戻し安心させるように、にっこりと微笑む。
少し、切れ長の瞳は普段の顔をきりっとさせているけど、笑うと途端に人懐っこく見える。
そのギャップが人を魅了する。母とよく似ているなと思う。
翔がオーダーした飲み物が来て、ふと、思い出した。
「さっき、亜紀に何言われてたの?」
「あき? あぁ、彼女か、よく言ってた友達。そうか」
うんうんと納得したようにうなずいた。返事になっていないから、じっと彼を見る。
それに気づいた彼は苦笑した。
「たいしたことじゃない。俺がちょっと悪かった。彼女に聞けばいいさ」
突き放すような言い方で、これ以上は言いませんというように瞳をふせ、カップを持ち上げて口をつけた。
こうなったら、もう絶対、翔はしゃべらないから、あきらめて、亜紀に聞こうと思う。
「でも、亜紀どうするのかな」
無意識にポツリとつぶやいてしまった。翔は聞き逃さず、問う。
「なにを?」
うん、男子の意見を聞いてみるべきかなと思った。
「亜紀の彼氏がふた股かけてるか、浮気してるかなって」
翔はカップを置いて、体をそらして腕を組んだ。
「なんでそう思ったの」
うーん、言いづらいな。
なんとなく、うつむいて翔を真似て腕を組むと額に冷たい感触。
彼が瞳を細くして優しような表情で私の眉間を指でついている。
「シワよせて考えるくらいなら。言ってみ」
彼の指をつかみ、そのままテーブルに置く。
「んん、男のくせに冷たい指」
テーブルに置いた手に翔が空いている手を重ねた。
こちらも冷たかった。
「うん、ぬくい。あっためてよ、朝陽」
少し首をかしげてにこっと笑う。
小さいときから変わらないこの笑顔に弱い。
「はいはい」
と上から手を重ね、ふと気づく。
大きくなったなぁ、重ねている手も大きくなって、私の手では収まっていない。
「で?」
はっと顔をあげて、うなずく。
「一人暮らしの彼の家に行きました、トイレを借りました、女性が使う物がありました」
一気に早口で話したがわかるだろうか。
案の定、翔はきょとんとして見ている。
「それは何?」
あんまり、詳しく言いたくない、察してくれないかな。でも、男の子だとな。
「昼用、夜用ありました」
彼はあっとしたように瞳を見開き、ふんふんと喉を鳴らした。
「その場で聞けばよかったのに、前の彼女のかも、だし、亜紀さんのためとか」
それは、もちろん亜紀も思っただろうが、
「使用済みらしきのがトイレのごみ箱にあったんだって。もちろん、亜紀のじゃないよ」
「ごみ箱ね。一人暮らしの男、トイレにごみ箱かー、トイレ独立? ユニットバスなら、置くかも、か。で、わざわざ蓋つきのは、ないよなー」
そういわれてみれば、そこはどうだろう、聞いてないな。
「そうね。でも、見えるとこには置いてあったってことじゃない。それこそ、彼女のためとか」
「うん、ま、ね。そんな気にすることかな。やっぱ、聞けばいいのに」
「聞けなかったんだって、好きだから」
「なら、ふた股のままでいいんだ」
むっとして、翔を睨む。
彼は私の視線に気付くと面白がるようにニヤッと瞳を細めた。
「彼にも言い分あるかもよ? 言いづらいだけで」
「浮気の?」
「じゃなくさ。もしかしたら……うーん、病気とか」
「何の」
からかって、いい加減なことを言ってると思い不機嫌そうな重い声が出る。
「頭で考ろよ。漢字で、やまいだれ、てら」
頭でシミュレーションする。病だれ、寺? 痔。えーと。
「ぢ?」
「うん、クッション性あるから痛いときや、出血してるときに、あてるんだって。ドクターも勧めてるし」
その病気には詳しくないが、なんとなくわかる気がする。
クッション性と機能性が、女性が使うときと状況が似てるって言えば、似てる、か?
うん、なるほど。
「男のひとも、使うことがあるってことね」
「もともと緊急時に止血で使うこともあるよ。そういう指導受けてるんだ」
アメリカで、色々、勉強してるなぁ。
「そもそもさ、家に彼女来るのに隠してない時点で、むしろ、問題がないってことじゃない? 亜紀さんは聞けなかったけど、万が一、別の女の人がいたなら、その人が聞く可能性もあるしさ。めんどくさくない?」
たしかに修羅場になるかもしれない。上目遣いで翔を見る。
「開き直ってるとか、鈍い男の人かもしれないよ?」
「彼女は勘がいいし、そんなどんくさい男とは思えないな、その彼氏」
面白がっている感じが消えて、声のトーンが低い。
そうだ、翔にもこの彼氏の事を話したことがあった。
そのおかげで、頭が整理された。
私の知っている亜紀は平気で浮気するような男の人とは付き合わないと思う。
こんな形で浮気がばれるような間抜けな相手は選ばない。(せめて、ごみ箱は蓋つきにするだろう)
それに、その彼氏も、田辺さんのアーモンドとパラバイトルマリンが意味深だと、気づいた、物事をよく考えるひとだった。
鋭いともいえる、そんなひとが、足跡が残るような証拠を残すとは思えない。
「これが正解かはわからないけど、やっぱり本人に聞いた方がいい。まぁ、ふた股じゃなければ、これからの付き合い次第で彼から伝えるしかないことだしねぇ」
〝これからの付き合い次第……〟 ん? と疑問符が顔にのった感じで考える。
翔が、おや? というように瞳を少し見開き、ふっと微笑む。
「お泊りとか」
! と今度は顔に感嘆符が上書きされた。
私の表情の変化を翔はおかしそうに眺めている。
鈍い自分が悪いくせに悔しくて、つんと横向き、そして、テーブルから重ねていた手を抜いた。
いきなりだったせいか、翔の手がぴくんと痙攣したような感触があった。
顔を戻したら彼は急に無表情になっている。
さっきまで、笑っていたのに。
「むしろ、できない理由を彼女に察してもらいたいから、ワザとだったかも、ね」
翔は、左手の甲に唇を当てて、そのまま、肘をついた。
その仕草を見てたら、とくんと一回だけ心臓が跳ねた。
私が、さっきまで重ねていた手の甲に口をつけたな、と思ったから。
なんでだろ。
「ワザと?」
〝できない理由″ナニが? なんてのは言わないよ。
さすがにそこまでは、鈍くないですから。
「最悪、誤解されても朝陽に相談するだろうと踏んで、大丈夫だと判断してる。ん、やっぱ、その可能性高いな」
「自分で、言えばいいのに」
「言いにくいもんだよ、きっかけ欲しいね。彼女から、聞いてくれた方が楽だよ」
「そういうもん?」
首をかしげて、確認するように、上目遣いで翔をじっと見ると、彼も同じ仕草で、見つめ返した。
「そういうもん」




