翔、来日 朝陽
ふと、店の入り口を見ると、私の待ち人が入ってきた。
そちらに手を上げると、亜紀が首をかしげる。
「ごめん、弟、来た」
私に気づいたと思ったのに、翔は立ち止まったまま、何かを確認するように、じっとこちらを見て、動かない。
私の困ったような表情を見て、亜紀が顔を後ろに向ける。
すると、彼は、ぴくんと弾かれたように体を揺すった。
「翔! こっち」
声をかけると、ハッとしたように歩き始めたが、遅い。
一歩一歩踏みしめて、まるで、イヤイヤこちらに引きずられてるような足どり。
ふんと鼻を鳴らし、亜紀が私に瞳を戻した。
そして、なんだか意地悪そうに上目遣いをする。
「弟さん、カッコいいじゃない」
彼女の表情と言っていることが、なんとなく一致していない気がする。
言葉に困って、間抜けな相槌をする。
「うん、えへへ」
亜紀はテーブルに手をつき、立ち上がる。
「じゃあ、私、行くね。今日は、ありがとう」
「あ、うん」
そして私の言葉を待たず、テーブルから離れた。
間近に来ていた翔は、亜紀を見て、あからさまにたじろぎ、小さくお辞儀をした。
そんな彼に、彼女は小声で何かをささやいた。
翔は、その場でそのまま、彼女が店から出ていくのを見送り、髪をかき上げて首を振り、私を見て照れくさそうに微笑んだ。
そして、さっきまで、亜紀が座っていた私の正面に座り、テーブルに肘を置き、指を組む。
「久しぶり」
「うん」
一年ぶりに会う弟。とはいえ、モニタ越しで会ってしゃべっているから生身の彼とは、だ。
画面より、顔がシャープに見えるような気がする。
弟といっても血のつながりはない。私が四つの時、彼の母親と私の父親が子連れで再婚した。父と母は仕事で知り合った。
十年前、父親がアメリカへ仕事の都合で赴任することになって、家族みんなで引っ越したが、その一年後、父親が事故で死んだ。
私はショックでノイローゼ気味になった。
母は仕事を持ち、翔もアメリカの生活にあっという間に慣れてたけど、私は馴染めていなかったせいもあったし、大好きだった父方の両親が立て続けに亡くなったりが重なった。
心配した父の妹のかなさんが私を日本に引き取ってくれた。
ココロが落ちついたら、いつでも、母と翔の元へ行けばいいと思っていたから。
しばらく一緒に暮らしたけれど、高校生になったタイミングで彼女の結婚が決まり、同居が難しくなった。
アメリカでの生活が安定してる母からこちらへ来なさいと言われたけれど、私も日本で友人もできて、慣れた生活から、いい思い出のないところへはもう行きたくなくなってしまってた。
散々、話し合ったけど、結局、母も折れてくれて、かなさんの家の近くで一人暮らしを始めることになった。
だから、アメリカで暮らしている母と翔とは、それぞれ仕事も学校もあるから、日本で会えるのは、年に一、二回程度。




