アーモンドの悪意 翔
「でもな、ホントに男から残るモン、簡単に貰うなよー……」
〝残る物〟のワードで、ちらっと、キッチンを見てしまった。
それを目ざとく、翔が見てた。
しまったと、思わず、肩をすくめた。
トンっと、翔の指先が机を強くたたく音。
「あ? なんか、他にあるのかよ」
「もの、というか、ね」
「言え」
翔の高圧的な言い方にひるんで、一瞬、マウスに置いている指がクリックしそうに動いた。
アプリ終了の。
けど、踏ん張って止める。
「アーモンドの種、貰ったの。植えよ、かな、なんて。お花がキレイだし」
相田さんに分けてもらった、田辺さんからの種。
また、トンと指先の音。
「却下、この件、引きずるもん、これ以上、増やすなよ。いいことない」
「え」
「念のためだけど、注意しろよ。花粉アレルギー持ちはアーモンドアレルギーも誘発しやすい。花粉症みたいな症状が出るんだ」
思いもかけないところから切り込んだ翔の説明に、一瞬、戸惑ったけれど、頭は瞬時に、理解した。
ドクリと重くて不快な心音が、一回、カラダに響いた。
「相田さん、花粉アレルギー、だよ」
ぎらっと、光った音がするように翔の瞳に力が入った。
「だったろ? アーモンド食べたあとに、運動したりして、アナフィラキシーショックを起こすこともある。食べた直後じゃないのが、タチ悪い」
「……怖いじゃん」
「大人なら、まだ、マシかもしれないけど、一応、彼女に気をつけるように言った方がいい。生のアーモンドだと、さらに、だからな。流行ってるんだから、なおさらだ」
体の中のアレルギー源のアレルギーコップの中身が溢れるとアレルギー反応が身体に起こるという。
だから、アレルギー反応は、突然、前触れもなく発症する、ということ。
怖いのは、もしかしたら、そういう悪意を田辺さんが持っていたかもしれないこと。
あのお庭には、アーモンドの木がいる。
相田さんが種を貰ってるから、これから木が増えるかもしれない。
そして、実も。
花粉症なんて、誰もが患ってる現代病。
この先、相田さんとは限らない、彼のパートナー、家族、あの木についた実を誰かが、ずっと口に入れて、アレルギーコップがいっぱいになることだってある、いつか。
時限爆弾みたいな悪意なんて。
翔が、手元の携帯端末をタップしながら、
「ブラックマーブルの意味は〝引き際〟か。なんだかんだ言っても、アーモンドの花言葉も、〝愛〟があるけど、根本は〝許し〟を請うんだよな」
(もう、いなくなるから、許してね)そういうこと?
「アレルギーの可能性を伝えなかったのは、悪意。だけど、それに気づく存在が現れたから、奴は、何も言わずに離れたんかな。ソイツをかばうつもりは百ねーけど、さ」
思い出すのは、あの日の白いアイスランドスパー。
抑えてた心の〝悪意〟わかっていたんだ。
そんなことをしたから、〝降りなきゃ〟って言ったんだ。
「任せたって、そういう意味か」
「でも、なんとなく、ヤな気分だろ? それでも、アーモンド育てるか?」
さっきの翔の言葉を思い出す。
(この件、引きずるもん、これ以上、増やすな)
そうだね、手のひらのブルーの石が重いくらいだもの。
「……やんない」
アプリを終了させて、うつむいて、長いため息を落とす。
恋の話が、一転、暗くて重い犯罪めいた話に。
モニタ越し、直じゃないのに、翔の態度にビクビクして、これ以上、怒らせないよう、呆れさせないようにと必死だったし。
疲れた。
アーモンドの種は、友人達に譲った。念のため、アレルギーには気をつけて、と伝えて。
ブルーの石は、机の引き出しの奥に仕舞った。
いつか、この存在を忘れてしまえる時が来るんだろうか。