ブラックマーブル バラが咲く頃に
まもなく、田辺さんは、ピアノを習うのを辞めたと聞いた。
「アイツから、これ預かった。気に入ってたようだから、やるって」
彼が、手の平の上でハンカチを広げた中には、あの薄いブルーの石のピアスと指輪。
ピクリと眉間に痙攣、は、も、無意識。
せめてイヤイヤなため息は、グッと鼻先で押さえて。そのまま、ハンカチごと受け取る。
うわぁ、やってくれるわ。
〝誘惑〟意味を知ってる石、どう扱えばいいの。
嫌がらせ? 結構、お高い石らしいしさぁ!
シワがよりそうな眉間をトントンと指先で収めて、
「なにか、他に言ってましたか?」
「今日はブラックマーブルだよって言ってた。黒い石だった。少し白が混ざって」
私は、ふっと、笑いを含んだ息を吐く。
また全然、知らない石。
面倒くさいひと。
だけど、調べようじゃないか。
田辺さんの最後に残した想いを。
「石が好きで色んなのを集めてるらしい。で、気に入ったのは身につけられるように、加工してもらってるんだと。たくさんあるから、遠慮はいらないって」
「なるほど……(うまいこというな)」
感心したように、うなずくと、瀬戸さんが、首をかしげて私を覗き込んだ。
「いつのまに、そんな仲良くなってたの?」
「良くは、なくて。私のゲ……いや、おせっかいしまして、うん、感謝? みたいな」
彼の瞳が、なにかに気づいた様に、すこし見開いた。
そして、口が薄く開き、ため息とともに瞳をふせ、つぶやく。
「そう、か……」
無神経で頼りないひとだと思っていたけど、少し見直した。
今のひと通りの仕草で、彼は鈍感ではない、ひとの想いに敏感なひとだと気付く。
答え合わせは、済んでいるけれど、実は、私の中では済んでいない。
私は、ホントにゲスいから。
瀬戸さんとも、答え合わせをしようと思った。
「瀬戸さんがバラが苦手って、やっぱり不思議でした。でも、なるほど、です」
彼は、疲れたように肩を落とし、うつむいて、アーモンドの木に手を置いた。
「いい区切りになった、なんて、ずるいかな」
「わかってたんですか、彼の……」
〝……気持ち〟これは、言わなくてもわかるだろうから、濁す。
「わかるときがあった、とだけだね。ただ、なにも特別なアクションは、ないよ」
「なら、どうしようもないですね。想像でしか」
「ないよ、想像だね」
彼は、木から手を離し、歩き出す。
歩みを止めた先には、彼女が選定したバラの木。
「バラは、もう大丈夫そうですね。ちゃんと咲きそう」
彼は、バラを見たまま、うなずいた。
「棘は、もう平気、咲くのが楽しみなんだ。きっと綺麗だから」
指先でバラの新芽に触れる表情は優しく、でも瞳は遠くを見ている。
きっと、そのバラに触れていたひとを思い浮かべてるんだろう。
「愛しいと思う。それは、彼女の手で咲かせるから、かもね」
バラに触れていた指先を自分の唇に当てて、私を見る。
〝内緒だよ〟と、言われた気がして、うなずいて、微笑んだ。
「まだ、ほんの少し複雑だけど、ね」
それは、まだ、彼の秘めた恋。
でも、いずれ、ここのバラのように咲いて、誰もが触れる彼女との恋になるんだろう。




