アーモンドの花
「その通り。お店で弾きたいからって、ずっと、習いに来てるんだよ。学校の後輩なんだ」
「ちょっと聴こえてましたけど、上手なようでした」
「うん、小学校卒業するまで、ここで祖母に教えてもらってたから、基礎はできてるんだ」
なるほどと、うなずく。
「よく見えたね、ピアスの石」
「ええ、あんな色、好きなんです。だから、とっさに目がいっちゃって」
薄くても、冷たそうじゃない暖かいブルー。翔も、薄いブルーの服をよく着てる。
「なんて、言ってたの?」
「パラバイトルマリンですって」
知ってます? という意味で、首をかしげて、上目づかいで瀬戸さんを見た。
彼は、知らないって感じで首をかしげる。
「そういうの興味ないから。そういえば、いつも、アレだったかもな」
うん、このひとにこれ以上、聞くことはないな。
「あ、桜、今頃、咲き始めてるんですね」
瀬戸さんは、その木の方向に顔を向けて、
「桜じゃないよ。あれはアーモンド。実も付くよ」
「え、アーモンド? 普通に庭で育てられるんだ」
南国のイメージだから、日本のお庭で育てられるなんて、思ってもみなかった。
「うん。さっきの、田辺っていうんだけど、アイツが育てて、大きくなりすぎて家で持て余して、ウチに持ってきたんだ」
「へー、アーモンドって、意外と簡単なんだ。花も桜みたいで可愛いし、実も美容にいいって、育ててみたいなー」
育てるのを想像して、少し考え込む。
すると、彼が、口元を押さえて、くすっと笑った。
「同じ反応だ。彼女は増やしたいとも言ってた」
〝彼女〟というワードに反応して、ちろっと瞳だけ、彼に向ける。
「彼女、よく来ます?」
瀬戸さんも、ちら、と私を見て、うつむいた。
少し顔をゆがめて、照れくさそうな表情で。
「たまに、ね。もう、バラとかの剪定は終わったけど、祖母の手伝いに」
いつからか、お庭にたたずみ草取りをしている女性の姿が戻って来ていた。
ひとりだけ。
おばあさんだけでこのお庭の管理は大変。
悪いけど、瀬戸さん頼りなさげだから、相田さんの性格考えると、やるだろうな。
「彼女、相田さん、花粉症なんだよ。マスクして、メガネかけて、大変そうなんだ」
「うわ、可哀想。瀬戸さんも頑張ってくださいよ」
すると、彼は、腕を組んで眉をしかめて、首を振る。
「ミミズとアブラムシでびびってから、抜いた草の後片付けしか、させてくれなくなった」
思わず、あ、痛ぁ、というように眉間に手を置く。
頼りなさげじゃない、頼りないひとだったわ。




