恋バナっぽい? 母
母がなぜか頭を抱えてる。
「あのね、私はね、そういう恋愛もあると理解してるわ。ただ、まさかのカミングアウト……」
私は慌てて、否定的に違う違うと両手を振る。
「そうじゃなくて! うまく言えないけど、年齢や性別関係のない恋愛をちゃんと周りに言えたことが、秘めた恋のまま終わらせなかった。彼女たちってすごいと思って」
私はどんな恋をするのだろう。
年齢差やまさかの性別関係ない? どんな相手と?
彼女たちの恋に触れたから、自分の恋は、また、わかんなくなる。
「そう、色んな恋があるんだなって」
うんうんと、母はうなずき、
「秘めた恋、ね。朝陽はどんなひとと、恋をするのかしらね」
「わかんないわ。もしかしたら、お母さんにも言えない恋になる、かも」
「えー? そんなのダメ。言ってよぉ、朝陽と恋バナしたいー」
彼女は子供が駄々をこねるように、両手を握り、上下に振る。
「どんなひとがいいんだろねぇ、そっからだわ」
「そうね、朝陽は、うん、まだ、そっから、か」
母は、私から視線をすっと、横にそらして、そちらを見たまま微笑む。
彼女が見た方向は、たぶん、隣の翔の部屋。
「翔は、そういう人いるの? ん、好きなひと、とか」
はっと、私に視線を戻して、大きく、手を横に振る、否定のリアクション。
「いや? いないわよ。どうして、そうなるの」
この話しの流れで、母が翔を気にするから。
「だって、〝朝陽は〟って、言ってから、翔の部屋の方、見たから」
母は、一瞬、痛い、って感じに眉をぴくんとしてから、額に手を置いて、もう片方の手をはらうように振る。
「ナイナイ、アレは一筋気質だもん。出来たら、私だって、すぐにわかるわよ」
モニタに身を乗り出して、近づく。
「私、教えてもらえなければ、わかんないよ」
だって、一緒に暮らしていないから。
たまのモニタ越しでは、そういう変化はわからない。
また、母は、手を振りながら、
「イヤ、わかるって、隠さないよ、絶対。だから、今はまだ、なのよ」
「そうかな。私より翔の方が相手いても、おかしくないよね」
母も画面に近づいて、私を覗き込むような上目使いで見る。
「気になる?」
一瞬、なんて言ったらわからなくて、一呼吸置くために、母とは逆にモニタから、少し体を離して腕を組む。
「うーん。なるけど、翔はどういうひとが好みとか、考えたことなかったしなぁ」
また、母も画面から少し体を離して、また翔の部屋の方をちらりと見る。
「まぁね。あんたら、色気のある話し、してなさそうだもんね」
「あんま、弟とは、そういう話しにならんと思うけど」
「弟関係ない。けど、朝陽から、そういう話ししない限り、ないかな」
私は、あさっての方に向いて、唇を尖らせた。
「そうかな? 秘めた恋はしてるかもよ」
母は大きく、一回うなずく。
「それはそうかも。内緒の想いなら、人知れず。片思いなら言わんだろうね」
そうか、翔は片思いはしてるかもしれないんだ。
この考えは、ちくんと胸を刺した。
なんだか彼に置いてかれたようで。
「両想いでも、秘めることはあるよ、ね」
確認するように、小首をかしげて、母を見た。
一回瞬きをした母は、前のめりの恰好から、椅子にもたれてお腹に手を置いて、リラックスした姿勢になった。
「そうね。でも、伝えられない恋はつらいわね」
そして、私と同じように、小首をかしげて、柔らかく微笑んだ。
「お母さん、少し、痩せた? ん、疲れてる感じ」
彼女はピクンと眉を上げて、瞳を見開いて頬に手をあて、くっと口角を上げる。
「そうなの、忙しかったから、やつれちゃった。今は、落ち着いてるから、すぐ元通りよ」
と、小首をかしげて、お腹をポンポンと叩く。
「そう、大事にしてね。ん、ごめん、長く話しちゃって」
「ううん、全然よ。ただ、もう少し、朝陽とロマンス的な話しもしたいな」
「ははは。むしろ、翔がお母さんがそういう話し、してそうだわ」
翔の部屋に向かって、また手をはらうように振りながら、
「アレの女の話は、せいぜい朝陽のことくらい。でも、うん、それもそうか」
自分の言ってることに、納得するようにうなずいてる。
「姉弟で、ロマンス的なことなくて、ごめん」
「私の方が、先、かもね」
母はふぅとため息をついて、諦めたように肩を落とし、お腹の上で指を組んだ。
それは、いつも思う、いつかのこと。
その仕草を見て、私も肺から重いものを吐きだすような息をつく。
「そう、だね」
「いや、朝陽、自分、諦めたようにいわないでよ。せめて、好きなひとでも、ね。意外と近くにいるかも、よ」
〝かもよ〟と言われて、眉間を指で押さえて考えるポーズをしたら、
「も、わかった、いつでもいいから。ただ、そういうひとが出来たら、お母さんに教えてね」
〝いつでもいい〟随分、ハードルを下げられたな。なんだかな。
こくんと首が折れるようなうなずきをして、
「わかった」
〝お母さん〟に言えるまでに、好きなひとなんて、出来るのかな。




