⑥
俺は、次の瞬間に起こったその現象を、初めてその目で発生から捉えることが出来た。
カティさんの身体が緋色の魔力によって輝き、それを浴びた炎が同色の輝きによって包まれる。それはまるでカティさんの制御を離れたようにその身体から周囲へと走り出し、蛇がそうであるようにのたうって地面を這いずり回ると、その勢いを加速させて燃え上がる。それが瞬く間に巨大な大蛇と化してカティさんの魔力制御範囲内である二メートルを飛び出した途端、それは起こった。
地面が割れる。空間が歪む。世界が緋色で包まれると同時に莫大な熱量が周囲の温度を引き上げ、その熱膨張の速度が音速を超えた瞬間、緋色の大蛇が弾けた。それは絶大な爆発となって衝撃波を伴いながら周囲を破壊し尽くし、分かたれた炎の大蛇が地面に落下する。
それは、一度では収まらない。地面に落ちた小さな炎の蛇が、先と同じ現象を繰り返し、巨大な炎となってまたも爆散する。それによって起こるのは、爆音によって響き渡る戦場の歌曲。その音色は、“爆轟の奏歌”の名をそのまま現したかのような力の迸りと言えた。
「これが……“爆轟の奏歌”……」
発生からその瞬間を見ていると違う。エドガーとの時は気を失いかけていたためにあまり良く観察できなかったが、何という凄まじい威力だろう。さっきはリアムの命を気にしないなどと言ったが、これは少し心配になるレベルだ。カティさんと俺のいるこの半径二メートル以上の範囲内、そこから周囲百メートルは、この甚大な破壊の波濤に呑まれているはずだ。それにあの車、もし石油燃料で動いているなら、この炎に巻き込まれて爆発もしているだろう。となれば、近くにいたセリアもその被害を受けたかもしれない。
しかし、その予想は、爆炎を突き抜けて現れたリアムによって裏切られた。その手には、額から血を流したセリアが抱えられている。おそらく、あの爆発を受けて意識を失ったのだろう。大怪我とは言えないのが幸いだ。加えて、結果としてタペータムを封じることも出来た。今となっては、あまり意味をなさないことだが。
自身もまたそれなりの傷を負いながら、リアムは俺たちのいる安全圏に飛び込むと、ゆっくりとセリアの身体を地面に横たえた。それから俺たちを見据え、指を一本立てて提案する。
「こんなこと言えた立場じゃないけど、セリアに危害を加えないようにしてくれないかな? 駄目?」
ふざけた男だ、と思う。こいつがこれからしようとしていることは、それとは正反対のことだ。にもかかわらず、それを恥も無く頼み込む姿勢。それだけ、こいつにとってはそのセリアが大事と言うわけか。何せ、シュトラーフェに同じ名前を付けるほどなんだから。
その暢気な提案にカティさんが俺を見る。全ては、俺に任せると言うことか。
「なら条件がある。今からその子をこっちに渡せ。それでその子の安全は保障してやる」
ならばと思い、俺もまた、一つの提案で応じる。これは交渉、互いのカードを一枚ずつ出し合い、それによって互いの戦場を整える。俺だって、動けなくなった彼女を襲うような真似はしたくない。それにカティさんの“爆轟の奏歌”のこともある。こんな力をいつまでも出し続けてはいられない。
俺の提案にリアムは頷き、それからもう一つの条件を提示した。
「いいよ。その代わり、この炎の力を解いて、君はセリアを連れてカティから二メートル以上距離を取ること。それから僕とカティの立ち位置を変更してくれないかな。その代わり、僕は君には攻撃を加えない」
なるほど、カティさんの“爆轟の奏歌”の安全圏から俺を引き離すことでその力を封じ、その上でカティさんと戦うと言うことか。同時に俺を背に置くことでカティさんが再び俺に近づくことを困難にする。一方で俺はセリアを確保することで一先ずの安全を獲得し、リアムに奇襲を受けることも無くなる。意識を失ったセリアが俺を襲ってくることも無い。互いに利益と不利益を被りつつ、その上で対等な条件を作り出す。
さすが、俺の策を読んだ上でこんな状況を作り出しただけはある。
「分かった。だが、あんたが俺に攻撃を仕掛けたら、迷わずセリアを盾にする。その結果の如何に責任は持たない。にしても、あっさりと大切な人を俺に渡して良いのか?」
「ああ。見ず知らずの女の子のために命をかけている君だ。まさか、意識を失って動けない女の子を恥も無く人質に取ったりはしないよね?」
「……ちっ、やり難い人だな、あんた」
しかし、それは俺にとっても利点となる。セリアをこの手で置いておけることは、今後の展開に限らず、有利に働くだろう。少なくとも一方的にどちらもやられた結果、何の策も打てない状況になることだけは回避できる。
俺たちは視線を交わし合い、敵を信頼し合うと言う奇妙な中で、提案通りに動く。俺はセリアを連れてリアムとカティさんから十メートルは距離を取り、リアムは俺に背中を向け、カティさんと対峙した。そのカティさんは、少しだけ心配そうな瞳で俺を見ている。自分のことよりも俺を気にかけるあたりはさすがだ。
俺は、セリアの肩を抱くようにして胸の内に抱えながら、“識者の叡智”を開いて構える。リアムは、俺の戦いへの参入については何も言及しなかった。あれほど頭の回る男だ。その上で何も言わないと言うことは、俺がカティさんを手助けしても構わない、と言うことだろう。となれば、もしかしたらリアムは俺の力に気づいているかもしれない。未だカティさんに対して口頭で説明している場面を見せたわけでもないが、ある程度予想を付けられている可能性がある。リアムの動きに対する俺の反応、カティさんの言葉や動き、本と言う形態。この男がそれらから答えを導き出すには、ヒントの数が多すぎる。
「さて、再開しようか」
戦いに赴くとは思えないほど軽やかな口調でそう言い、リアムが銃を構える。カティさんとの距離は、大体三、四メートル。カティさんが一歩でこの距離を詰めるより先に、リアムのクイックドロウであれば三、四発は確実に撃ち込むが出来る。やはり、武器の相性はリアムに味方している。カティさんの“爆轟の奏歌”の真髄は、その爆轟による破壊力もさることながら、その剣の届かない半径に渡って攻撃を叩き込むことにある。当然、遠距離を主体とする者はその爆発に巻き込まれるか、カティさんの安全圏に踏み込む必要があり、そこで必然的に近接戦を強いられるのだ。だからこそ、本来であればカティさんに隙は無いのだが、現状、その爆轟は起こせない。リアムとの戦いは、おそらく厳しいものとなると予想される。
それは、カティさんただ一人であれば、の話だが。
リアムが銃を構え、射線上にカティさんを置く。しかし、そのシュトラーフェが魔力によって構成される以上、その流れはしっかりと俺の“識者の叡智”に現れ、それはリアムが銃を振り上げる速度よりも早く表出する。後は、それを読むだけだ。口に出す必要は無い。すでにそれは、カティさんに渡してある。
「…………ッ!?」
「腕と足、か。見た目通り優しいのね、あなた」
タンタン、とステップを踏むようにリアムの射線から一歩早く抜け、カティさんはその距離を零に縮める。その先読みじみた動きに、リアムも動揺を隠せないようだ。咄嗟にカティさんの攻撃からを身を防ぐべく銃身を盾にするが、剣と銃とでは、近接戦の相性は悪い。
「はぁっ!!」
気合一閃、カティさんの剣による一撃が大上段から振り下ろされ、それを受け止めたリアムが吹き飛ばされる。
あの“爆轟の奏歌”はレイピアを思わせる細身の剣だが、それを身体強化と合わせて駆使するカティさんの剣撃は本物だ。そもそもが防御武器でない銃でまともに受け止められるわけも無い。だからこそ、リアムもまともには受け止めなかった。衝撃を殺すように跳んで距離を取り、一撃の威力を殺してみせたのだ。あの瞬間的判断が要求される状況で、この反応。疑いようも無く、この男は知略だけではない。戦闘能力も相当に高い。
だが、ならばそれでも構わない。俺は俺で、カティさんに足りない知略を補ってやるだけだ。
「柊くん、それ……私が馬鹿ってことかしら?」
ギロリ、とカティさんに睨まれ、俺は思い出す。そう言えば、今の俺の思考はカティさんに筒抜けだったのだ。先輩に渡されていた木霊響の効果で、俺は思考をカティさんに送り届けているのである。
「い、いや、別にそう言う意味じゃないけど……」
けど、俺が作戦を立ててやらないとカティさんがリアムに勝てない可能性が高いことも事実だ。武器の相性も悪いし――ってあぁ!? この思考も筒抜け、って修正が聞かない! やばいやばい、考えるな俺……って言うのがもう考えてるし!?
などと混乱を来たす俺を呆れたように見つめ、カティさんはフッと軽やかに笑う。その意味を図りかねていると、カティさんは剣を構え直し、俺に催促するように言ってきた。
「次、行くわよ」
その堂々とした言葉に俺は馬鹿な言い訳を止め、手元の“識者の叡智”を見つめながら、一気に頭の回転率を上げていく。勝つために、リアムのこれからの行動を予測し、その中で最も可能性の高いものをカティさんへ伝える。
リアム・ガルシア。彼は、強い。しかし、リアムの強さの根底を支えるのは、知略だ。俺にしたように策――動きを読み、その中で勝利条件を見出す。物事には、勝つための条件がある。カティさんがリアムに勝つためには『リアムを倒すこと』が勝利条件なのではなく、『リアムの遠距離攻撃』を封じることにある。これと同じく、リアムがカティさんに勝つためには『カティさんを倒すこと』が勝利条件ではなく、『カティさんの先読みを抑えること』にある。
つまり、これから行われることはただ一つ。互いの武器の相性や特性を丸きり無視した、近・中を多分に利用した近接格闘戦。近接戦はカティさんの領分だが、忘れてはいけない。リアムの力は、十分に近接でも機能し、その圧巻の踏み込みはカティさんでも対処できるかどうか分からない。ゆえにここからは、一時も目を離せない高速戦闘と化す。
「ハイド――初めに言っておくよ。この加速は、さっきの比ではないよ」
言って、リアムが消えた。本当に一瞬にして、俺の視界から消え去った。その瞬間に、ただの衝撃波とそれに伴う大音だけを残して。
俺が慌てて目で追った先で、カティさんとリアムの戦闘が始まる。だが、それはもはや異常な様相を呈している。カティさんとの距離を瞬間的に詰めたリアムが、拳銃を鈍器のように振るいながらカティさんの剣と打ち合い、その威力を殺いでいなしながら、踊るように回転する。その回転の最中に再び銃が火を吹き、その斥力反発によって生み出された凄まじい遠心力がカティさんの身体ごと剣を大きく跳ね除けた。まるで目の前で巨大な独楽が現れたかのようにカティさんが剣を弾かれる中、逆方向に銃を撃って勢いを殺したリアムは、そのまま両手を広げるようにした体勢から地面に向かって銃を放つ。それだけなら、何をしたのか分からないだろう。だが、俺はその先の攻撃を読んでいた。
「カティさん!!」
叫び、内心で指示を下す。その内容は、炎を纏って備えろ、とただそれだけ。だが、カティさんは迷うことなくそれに従い、炎の壁を広げてみせた。そこへ地面から二つの弾丸が飛び、カティさんの炎に当たって弾け飛ぶ。
それは、ある種異常な光景だった。リアムは銃を地面に向かって撃ったにもかかわらず、弾丸は地面から飛んできた。その現象の説明は、彼の力に起因していることは言うまでも無い。リアムは、カティさんに対して回転のエネルギーを得る際、地面に向かって銃を撃ったのだ。当然、その弾丸は地面に穴を開け、そこへ埋まることとなった。回転の回数は、その勢いを止めた逆方向のエネルギーと合わせて二回。次いでリアムが地面に撃った弾丸は二発。この二発の弾丸は、着弾する地面との中間まで引力によって埋まった弾丸を引き寄せると同時、すれ違いざまに斥力を発生させ、カティさんに向かって地面から飛んできた弾丸の方向を捻じ曲げ、吹き飛ばした。それが今の不可解な攻撃の正体だ。
一応、念のため。
『カティさんの先読み』 = 『零余の読み+“識者の叡智”の情報開示』です。




