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綾なす燈花が歩む途  作者: トカゲの尻尾
第二章 失踪者
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説明回的な感じです。

 魔術歴史学、という学問がある。別に「魔術史」でもいいような気もするが、音として聞いた場合に「魔術師」と混同しやすく、また「魔術師」という言葉自体が正式には採用されていないため、魔術歴史学といういささか面倒くさく長ったらしい名前になったのだが、今はそのことは余談だろう。

 魔術歴史学とは、その名の通り、魔術の歴史を学ぶ学問だ。魔術の起こり、その発展、現代に至るまでに積み上げてきた研鑽の数々。その始まりは科学と根本を同じくしながら、全く思想を異にするものだと考えられている。つまり、科学の起こりが人間の道具文明の発展――その根幹となる知的能力の発達とするなら魔術もまた同じである、と言うことだ。やがて人は文明を作り、国家を形成し、その中でピラミッドなどの巨大建築物を建設するための正確な測量技術が求められるようになった。これが数学の発展であり、それと同じくして神事、農業を行うための暦の作成が始まり、天文学が発達する。紀元前二千年のエジプトでは、内科や外科、皮膚科などに分類される症例の記録文献が残されるようにもなったが、これらの医療というものは神事や呪術と深く関わっていたらしい。

 そう、呪術である。

 祈祷、占い、信託――運命を決定することで(まつりごと)を行い、また、民間医療と生活の糧を得るため、薬草や毒草の知識およびそれらを使用する術。呪いや祓いとも称される祈祷師の神霊の力、原始宗教でもあるシャーマニズムやアミニズム、それぞれの観念や行為に伴う呪文に代表される儀式など、呪術というその言葉が表すものは多岐に渡る。ここで重要なのは、それが日本で言うところの(まじな)い、英語で言うところのmagic――魔法、魔術にあたるということだ。

 これぞ、体系化された魔術の始まりと言っていいだろう。科学の起源である知能の発達を根本に敷き、半ば必然のように発展した技術。だが、その特殊性ゆえか、魔術はいつしか廃れていった。人々はより一般的な科学という技術を追求し、それを発展させるに従い、魔術はいつしか日影の中で誰にも知られず、連綿とその技術を継承してきたのである。一般的な人間には、そもそも魔力すら見えないのだから、これもまた当然の結果と言えるだろう。自身で観測すらできない眉唾物の学問を熱心に研究できる学者はそうはいない。魔力を扱うという特殊な才を持ち合わせなければ、そもそれを研究しようとすら思わない。科学技術の方がより高度に発展したことは、世の必然だ。

 しかし、それら科学技術の発展は、進みすぎたがゆえに新たな領域へと足を踏み入れてしまう。計算上の不具合、完璧な理論に潜む立証不可能な疑問、それらはやがて、新たな概念を生み出すと同時に、その概念を白昼の下に曝け出した。

 それが魔法――魔術だ。

 今まで一部の者にしか与えられなかった人間本来、誰しもが持つとされる魔力の発露。それを、魔力を武器へと変化させたシュトラーフェとして外に顕現するととで、魔術は特殊な才の要る選ばれた者の技術ではなくなった。誰しもが扱える、普遍の力となったのだ。もちろん、誰もが扱えるとは言っても、才能の大小はある。生まれ持った潜在的な魔力の多寡、それらを扱うスキル、過去から現代へと紡いできた術の知識への理解と応用。しかし、それらはどんな学問や武芸にも共通することだ。

 魔術は、今や誰しもが扱える技術である。過去の魔法使いは、クラティアと予呼び名を変え、それらを職業とする者はソルシエールと呼ばれるようになった。

 魔術歴史学の大まかな内容を記せば、そんなところだろう。もちろん、細かい部分は省いているし、過去には旧魔法使いと現クラティアにおける戦争があったりなんかもしたらしいが、その内容を俺はあまり詳しくない。あくまでも俺が知っているのは、中学レベルで学ぶ大体の内容に過ぎなかった。

 ゆえにこうして今、勉学に励んでいるわけである。

 四時限目。昼食を次に控えた最も腹が空く時間帯。俺は、静かな教室の窓際の席に座り、目の前で記されていく黒板の文字を目で追っていた。ノートは開いているが、ペンを握る気にはなれない。書く、ということ自体に気力が沸かないのだ。このフォルセティに入学するために死ぬ気で勉強したことを思い返すと、もう勉強はしたくない。ノートを取ったりするなんて真っ平だ。だからこうして、他のクラスメイトたちが一心不乱にノートを取っている横で、俺は授業を聞くことに集中している。

 教壇の前に立つのは、切れ長の瞳が特徴的な女性教師だ。年齢は二十代前半ぐらい。大学を出たばかりの新任教師かと思いきや、これで勤続四年目になるらしい。厳しい見た目に反して整ったその美貌から男子生徒の人気を集め、同時に強い女性像が女子の憧れをも獲得している、なんともカリスマに溢れた人である。

 先生は、一通りの内容を黒板に書き終えると、教科書を片手に説明を始める。現在、授業で進めているのは、現代魔術の発展についてだ。フォルセティに入学して二ヶ月、未だ新入生の域をでない俺たちは、基礎的な現代魔術の実践授業を受けている。そうした授業との互換性も兼ねて、一年間は現代史を中心に学んでいくと最初の授業で語っていた。

 視線を教科書に落とす。無造作に広げられたそこには、いくつかの武器の図が載ってある。剣や槍、斧、銃などなど多様性もさることながら、その全てが従来に見受けられる武器という特性からはいささか逸脱したものだ。通常、武器というものはその殺傷性を重視され、余計な装飾を排されがちだが、教科書にある図は違う。華美な装飾、というほどではないが、通常の金属ではあり得ない配色ほか不必要な部分が目立つ。思えば、昨日見たカティさんのアオス・ブルフも刀身が白銀に輝いていた。鈍色に光るのならまだしも、光り輝くようなあの色合いはただの金属を磨いただけではなし得ないだろう。

 それらは総称してシュトラーフェと呼ばれるのだが、今回の授業の中心はこのシュトラーフェだった。

「教科書を見てもらったとおり、シュトラーフェに決まった形はありません。剣、槍、斧、銃、これらは武器という性質を色濃く表したものですが、物によっては武器の形状を取っていないものもあります。しかし、大多数の人は武器という形で顕現されることが確認されています。この理由は解明されていませんが、一説では人の戦意や闘志と言ったものがイメージとして現れたものと考えられていますね」

 教科書の内容を補足しながら、先生は淡々と説明を続けていく。格別話し方が上手いわけではないが、不思議と耳に残る声で自然と意識が吸い寄せられるような魅力があった。

「ここで皆さんに尋ねたいことがあります。シュトラーフェが何を基にして考案、設計されたか知っている人はいますか?」

 先生の問いかけに、誰も手を挙げようとしない。それが答えを知らないからか、または消極的日本人特有のものなのかは定かではないが、そんな生徒たちを一通り見回した後、先生は名簿を眺め、一人の生徒を名指しした。

「そうですね……では、柊さん」

「「はい」」

 半ば反射的に俺は声を返してしまう。同時に聞こえてきたのは、妹の声だった。先生が苗字で言うものだから、お互いに反応してしまったらしい。クラスから軽い笑いが漏れ、俺は遠く離れた席に座る椿と顔を見合わせた。なんとも居心地が悪く、少し気まずい。

「あ、ごめんなさい。柊椿さん、分かりますか?」

 先生が言い直し、椿を指名する。呼ばれた椿は立ち上がると、しっかりとしと迷いのない声で答えた。

「ハイリヒトゥムです」

 椿の答えに、幾人かの生徒が目に見えて首を傾げている。聞きなれない単語だったようだ。それはそうだろう。俺も偶々知っていたが、ハイリヒトゥムの記述は高校の教科書に載せられていない。中学の物なら尚のこと。仮に載っていたとしても、強調されず流されている場合が多い。

 先生は、満足気に微笑む。さすがは柊さん、と言う思いがよく表れていた。あれで椿は勉強もできるため、先生間でも評価の高い優等生なのだろう。

「はい、その通りです。ハイリヒトゥム、皆さんの中には聞き覚えのない人も多くいるでしょう。一般的な名称としてはハイリヒトゥムと呼ばれていますが、そうですね……皆さんの年の頃なら、神器と言えばイメージがつきやすいのではないでしょうか」

 その瞬間、教室の空気がさらに困惑に包まれる。親切心で神器なんて単語を出したのだろうが、ますますハイリヒトゥムを知らない生徒たちの謎は深まったようだ。ハイリヒトゥムを知る俺からすれば、先生の言いたいことは、まぁ分かる。性質や言葉の意味そのものの定義がどうかは分からないが、イメージは確かにそれだろう。

 神器――神に与えられし武具、と。

「ますます困らせてしまいましたね。では、具体的な説明ですが、ハイリヒトゥムとは端的に言えば、選ばれた人間のみが自らの力だけで顕現することを可能としたシュトラーフェのことです。まぁ、この場合、シュトラーフェという言葉を使ってしまうのはおかしいのですが、皆さんにとってはそちらの方がイメージしやすいでしょうからそうさせてもらいます」

 先生の説明は、先ほどとは打って変わって熱が入っている。淡々と教科書の内容を浚っていくよりも、こういう予備知識を交えて話す方が好きなのだ。そのせいで授業時間が超過することもままあるのだが、本人はそれを毎度謝りつつも直すつもりはないらしい。

 教壇の頭上にある壁掛け時計を見る。すでに授業の残り時間は、あと数分もなかった。ここらで話を切り上げてくれなければ、昼食タイムにまでもつれ込む可能性がある。

 ぐぅ、と知らず腹が鳴る。育ち盛りに十二時まで昼食を待てというのは酷だ。

「選ばれた人間、と言いましたが、別に何か条件があって何者かに選定されるわけではありません。言ってしまえば、才能です。自らシュトラーフェを生み出す――つまり、自分の魔力を魔術としてだけではなく、そのほとんどを引き出せる素質を持つ才能。それを持つ人だけが、このハイリヒトゥムを顕現すると言われています」

 クラティアは、シュトラーフェとして魔力の大半を引き出すことで魔術の行使を可能とした。なら、昔の魔法使いはどうしていたのか。別に難しい話ではない。昔の魔法使いは、魔力を引き出す才能を有していたのだ。だが、その出力はシュトラーフェを生み出したクラティアほどではなかったと言われている。そんな魔法使いの中にあって、自分の魔力のほとんどを外界へと引き出せる天才がいた。天才はやがてそれを武器の形で顕現し、他の魔法使いを圧倒したとされる。これに着目し、万人に魔術を使用可能として開発、設計されたものこそ、シュトラーフェだ。

「ハイリヒトゥム持ちは、確認されているだけで数百名。世界人口を鑑み、その中からクラティアだけを選出したとして、一体それがどれだけ稀有な才能かは想像に難くありません」

 とはいえ、ここまでならただ機械を頼らずにシュトラーフェを生み出す力を持った人間に過ぎない。先ほどの神器、という言葉がいささか大言に思われることだろう。ザッと教室を見渡せば、そんな疑問を抱いていそうな訝しげな表情をした生徒がちらほらと見られる。

 それは先生も察していたらしく、ちっちっち、っと人差し指を立てて横に振るう。

「分かります。皆さんの疑問は、こうでしょう? 『それってただシュトラーフェ出せるだけの人じゃないか?』と 。なるほど、一理あります。ですが、ここでまず、ハイリヒトゥムの性質や効力について言われている説を一つ、皆さんに聞かせたいと思います」

 壁掛け時計の針が無情に振れる。あと、一分。

 終わりに近づく授業時間に反比例して、どんどん先生はヒートアップしていく。

「皆さん、シュトラーフェが個々人で専有の能力を持つということは知っていますね。皆さんも持ち主である以上、コロッセオの試合などを通じてそれは実感していることと思います」

 魔力は、人によって様々であり、重複することはないと言われている。言ってしまえば、指紋のようなものだ。そのため、それを力へと変えるシュトラーフェも同じく、人それぞれ個別に違いを持ち、重なり合うことはないとされている。

「当然、ハイリヒトゥムにも専有の能力があるのですが、その効果はシュトラーフェを遥かに上回るものが多いとされています。ある人はこんなことを言っています。シュトラーフェを銃とすれば、ハイリヒトゥムはロケットランチャー……

いえ、戦車砲ほどの差がある、と」

 その言葉に教室が少しだけざわつく。さしもの俺もそんな格言は初めて聞いたため、驚きを禁じえない。しかし、先生の目は真剣そのものだ。嘘ではないのだと分かる。

「それからもう一つ、ハイリヒトゥムの持ち主には――」

 先生が言葉を続けようとしたところで、折りよくチャイムの音が鳴り響く。壁掛け時計は長短の針が綺麗に重なりあい、正午の訪れを告げていた。先生は、それを恨めしそうに見上げる。まだ話したりないといった気持ちがありありと見て取れた。

「ここからが面白いところなのに……まぁ、しょうがないです。では、授業はこれまでにしたいと思います」

 先生がそう言うと、日直の生徒が「起立」と号令をかける。それに従って立ち上がり、礼をすると、途端にクラス中が騒がしさに包まれた。各々がそれぞれ、貴重な休み時間とあって素早く動き出す。机をくっつける者、弁当を開く者、教室を出て行く者、そして、食堂を目指す者。俺も例に漏れず、その食堂を目指す者の一人だった。

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