エピローグ
おかしい。色々とおかしい。
灼熱の太陽から降り注ぐ日差しの中、俺は命ぜられるままに資材を抱え、それを運ぶ作業に精を出す。それは一往復に止まらず、二度、三度、言われるままに続け、最終的に汗だくになった身体が疲労を訴える頃になって、俺は全力で逃げ出した。
嫌だ嫌だ嫌だ。肉体労働なんて真っ平だ!
「おっと、どこへ行く。サボるな、柊」
全力疾走で逃げ出そうとしたところ、同じく労働に精を出してたエドガーに捕まえられてしまう。これで本日五度目。俺の逃走は一度足りとて成功することなく、こうしてエドガーの手によって妨げられてしまった。だが、今回は違う。今までは渋々ながらも捕らえられてしまって文句も言えずに黙って言われるままにしていたが、もう我慢なら無い。
「ふざけんな! どうして俺がこんなことしなきゃなんねーんだ!」
大声で叫び、その場所――コロッセオの闘技場を見回す。そこには俺とエドガーを含め、椿や恋、カティさんの姿も見られ、コロッセオの修復作業に勤しんでいた。屈強な作業着を着た男たちの中、うら若き乙女と線の細い男が混じっている姿は、一種異様なものがある。エドガーだけは、似合っているからそのままでいい。
何故だろう。何故、こんなことになってしまったのだろう。
俺たちはあの日、激戦を乗り越え、東堂を打ち倒したはずだ。それはいわば、失踪者事件を解決した功労者。消えてしまった失踪者を救い出した俺たちこそ、褒め称えられるべき人間である。だと言うのに、俺を待っていたのは信じられない学園側からの通告だった。
『エドガー・ブレイズフォード、カティ・ブレイズフォード、桜庭恋、柊椿、柊零余。上記のもの、コロッセオ半壊の責任を取り、修復作業への参加を命じる』
ふざけるな、と俺は全力で以って叫びたい。と言うか、叫ばしてもらった。それはもう、喉が干上がらんばかりに叫ばしてもらった。
だって、そうだろ。俺たちは、学園側が東堂の件を隠蔽しようとしたために複雑化した事態に対処した張本人。捕らわれた失踪者たちを救い出し、全ての元凶である東堂を打ち倒した――そう、いわば英雄だ。その英雄に向かってこの仕打ち。ホント、あいつらにグラン・カノンぶちかましてやれば良かった、などとらしくも無い暴力的な考えすらも浮かんでしまう。
そんな風にして未だ絶えず怒りを持ち続ける俺に対し、エドガーは嘆息する。その聞き分けの無い子供に向けるような顔は止めろと言いたい。
「柊、いい加減にしろ。これは全てお前のせいなんだぞ? あの地下へと続く大空洞、開けたのは誰だ?」
「う……そ、それは……俺だけど」
確かに、それは紛うことなき俺の所業だ。だが、そうしなければ東堂は倒せなかった。それはあれだ。必要悪と言うやつだろう。
「お前、言われたそうじゃないか。弁償代を払うか、作業に従事するか選べと。で、お前は作業を選んだ。黙って仕事をしろ」
「いや、言ったけど。言ったけどさぁ」
あんた、何でそんな風に平然と仕事を続けられるんだ。少しは悔しくないのか……いや、そもそもあんたは学園に許してもらった側だったな。万々歳、と言ったところか。
一連の事件において、エドガーは裁かれることはなかった。そもそもが警察沙汰になっていないので裁くも何も無いのだが、学園側から何らかの処罰を受けることはなかったと言える。ポシュシオンによる精神汚染の件もあったし、事件当時は精神的に不安定であったと判断されたのだ。対して、契里先輩や如月先輩は違っていた。学園を自主退学したと聞いたが、それが本人の意思によるものではないことは明らかだろう。まぁ、しでかしたことを思えば、退学程度で済んでむしろ本人たちは良かったのではないだろうか。もし事件になっていれば、普通に少年院送りだ。年を鑑みれば、裁判中に高校を卒業し、未成年としての扱いを受けない可能性すらあり得る。首謀者である東堂は、辞職したこと以外は知らされていない。グラン・カノンを受けて病院送りになったとは聞いていたが、その病院がどこかなどの具体的な情報は明かされず、その後の行方は恋も聞き及んでいないらしい。内々に処理されたと考えるのが正しいのだろうが、それが少しだけ俺には気がかりだ。
奴は、ハイリヒトゥムを生み出したばかりか、開闢域にまで一息で到達してみせた。その研究成果は奴の研究所ごと吹き飛ばしたが、その頭脳が未だ健在の可能性は否定しきれない。
しかしまぁ、これは俺の考えることではないだろう。そんなことよりも今は、この灼熱の太陽の下で働かされると言う責め苦について、俺は全霊を以って抗いたい気分なのだ。
「俺たち、いつまで働き続ければいいんだよ……」
この作業に従事して早三日。優秀なクラティアたちが全力を尽くしても未だ修復作業は成功せず、俺たちは放課後、毎日のようにここで働かされている。文句の一つも言いたいところだ。
「なぁ、アル。お前もそう思うよなぁ」
「はい、マスター」
健気に資材を運ぶ小さな少女に向け、俺は声をかける。
あの日、俺が開闢を使ってから、何故か彼女は現れ続けている。俺の応身である少女は、あの時とは比べ物にならないほどに弱体化してはいるものの、確かな魔力体としてそこにいるのだ。理由は分からない。聞いても答えてくれないし、本人にも分からないのだろう。ただ、俺の言うことには忠実だし、仕事も手伝ってくれる良い子だ。
「じゃあアル、あいつぶっ飛ばしてくれる?」
「はい、マスター。えい」
ペシッ、とアルが無表情のまま力無い蹴りをエドガーに放つ。東堂との戦いでは超人的な身のこなしを見せた彼女とは思えないほど、その蹴りは弱々しかった。エドガーは、そんなアルを一瞥し、鼻で笑う。一応、この応身は俺の分身だ。だからこそ、エドガーの態度は子供に対するそれではなかった。
「はっはっは、効かんな。さっさと働け、馬鹿共」
笑い、エドガーは資材を運んで作業員のあんちゃんの下へ行ってしまう。もちろん、俺がそんな言葉を聞くはずがない。エドガーが去ったのなら、さっさと逃げるのが吉だ。
資材を放り投げ、俺はその場を後にする。アルも同じような行動を取っていた。何だろう、駄目な親が悪影響を与えているような感じに見えてしまう。
「ちょっと、柊くん。アルちゃんを働かせたら駄目って言ってるでしょ」
「げ、カティさん……」
エドガーに代わって現れたのは、その妹であるカティさんだ。彼女もまた、エドガー同様に真面目に働く一人である。ちなみに今日までエドガーに逃げ出そうとしたところを止められたのが十二回、カティさんが十回である。止めて欲しい。いい加減俺を解放して。
「その反応、失礼じゃない?」
にこやかに笑って、カティさんが文句を口にする。それは確かにそうだが、何度も俺の邪魔をしていることを思い出して欲しい。誰だってこんな感じになるだろう。
っていうか、そもそもどうして俺がコロッセオで汗をかかなくちゃいけないんだ。俺がここでかくのは恥だけで十分のはずだ。いや、むしろそっちをかかない方がいい気もするが、ともかく血生臭いところで働いていたくない。ほら、血を吸った砂に怨念とか宿ってそうだし。怖い怖い。
「ねぇ、聞いてる? 柊くん?」
「ん? あ、ああ、ごめん。聞いてなかった。で、なに?」
俺が聞き返すと、はぁ、とカティさんはあからさまなため息を吐く。
「だから! ちゃんと言っておかないといけないことがあるの」
「言っておかないといけないこと?」
なんだろう……はっ!? ま、まさか、いやだが……あり得る。
ここは、俺とカティさんが出会い、対戦した場所だ。このコロッセオで俺は実に数日前に彼女に土下座し、その初戦を微妙なものとして終わらせてしまった。あの時は怒りのままに控え室に乗り込んできたほどの彼女が今、そんな場所で言おうとしていること。
まさか、再戦のお誘い?
あ、あり得る。あの時、カティさんは言っていた。ちゃんと戦え、と。もしかしたら、その想いがぶり返して俺を今度こそ圧倒するつもりなのかもしれない。
「そう、まだちゃんと言ってなかったから」
止めて止めて言わないで聞きたくない。
だが、内心とは裏腹にそんなことを言うわけにもいかず、俺は先を促してしまう。
「なにを?」
そうして放たれたのは、俺が予想していなかった一言だった。
「ありがとう、って。――ありがとう、力になってくれて。助けてくれて」
目の前で、花が咲いた。まるでそうとしか形容できないほどに美しく、彼女は顔を綻ばせる。紡がれた言葉の意味を推し量るより先にその笑顔に見惚れ、俺はそれだけを言って去っていくカティさんをただ惚けたように見送っていた。
げしっ、と何故かアルに脛を蹴られ、ようやく我に返る。その珍しい仕草に驚いて下を見るが、アルの顔は無表情なためか分からない。ただ、ちょっとだけ頬が膨らんでいるの気のせいだろうか。
それにしても、ありがとう、か。
思えば、俺の方も言っておくべきだったかもしれない。俺もまた、彼女の前を向いて歩こうとする姿勢に勇気付けられたことを。満天に輝く太陽よりも明るく、日差しよりなお暑い熱に浮かされたことを。
跳ねるように揺れる緋色の髪を追いかけ、俺は知らず笑顔を浮かべると、重たい資材を抱えなおし、歩き出す。
この太陽の下、コロッセオに夢を見る少女に負けないように。
一先ず、『緋色の少女編』完、と言う形になります。
どうでしたでしょうか、少しでも面白いと思われたのなら幸いです。
また週末あたりに投稿することになると思います。
一応、新ヒロインも登場の予定になっています。




