③
学園型魔術技能者養成機関――フォルセティ。
科学技術の発展に伴い、魔術が体系化された今の世界。かつて魔法使いと呼ばれた特殊技能者たちは、『クラティア』という呼称で一般に普及し、それを扱う国家資格を取得した者は『ソルシエール』と呼ばれるようになった。フォルセティは、そうした次代のソルシエールの育成及びクラティアの力の平和利用を目的とした、世界初の高等学園である。そのカリキュラムの大半は、クラティアの能力を如何に扱うかを主目的とされ、あらゆる分野で活躍できる人材を育成することを目指している。
そんな一般的な学校とはいささか赴きの異なるこの場所は、当然、普通ではない。何を以て普通とするか、それは各人の定義によって分かれることと思うが、少なくとも俺の常識からすれば、普通ではなかった。まず、その敷地面積の広さが高等学園としては異常である。具体的な数字は知らないが、授業を受ける本校舎に加え、体育館、講堂、生徒会役員会館、運動場(各種スポーツ含め多数)、その他様々な施設に加え、食堂にカフェテリア、時間対応のコンビニエンスストアなども取り揃え、その規模はもはや大学以上と言っていい。道なりに区画分けされた施設は、とてもじゃないが歩いて回るには広すぎるため、生徒は主に持参の自転車か、あるいはオートウォーク(水平移動用エスカレーター)による移動が奨励されている。さらに言えば、特定の許可証を持つ生徒であれば、自由に飛行魔術による移動も認められていたりする。実際、こうして俺と椿、カティさんがカフェに向かっている合間にも、幾人もの空飛ぶ学生の姿が見えた。一種の不気味さすら覚える光景だが、この学園に通って二ヶ月ともなれば慣れるもので、人が通るたびに感嘆するカティさんに対し、俺の方は感動も薄い。
「飛行の魔術かぁ……私は特性的にそこまで特化してるわけじゃないから、あんまり得意じゃないのよね」
「一応、私の持つ『空』の特性の分野ではありますけど、私も出来ませんよ、あれ」
ここに来るまでの間に大分打ち解けてきた様子で前を行く二人の姿を眺めながら、俺は聞こえてきた話を自分なりに纏めていた。
カティ・ブレイズフォード。十五歳。俺たちと同じフォルセティの一年生であり、『火』の魔術特性を持つ少女。どこぞの国からの留学生ということらしいが、聞き慣れず発音も流暢過ぎたので国名が良く分からなかった。日本語自体は、自国で勉強していたらしく、不便はないらしい。コロッセオの控え室で俺に掴みかかりながら言っていた通り、コロッセオの競技者になることを夢見てこの日本に訪れたとか。
あんな危険な競技のどこに憧れを抱くのやら……。
俺からしてみれば、学園側が強制参加を命じているコロッセオだが、不満しかない。クラティアの力をより制御できるようになり、なおかつ対人における使用の危険性を学ぶため、などと銘打ってはいるが、あんなものは学園の資金集めの一環だろう。事実、クラティア・コロッセオは今やこの日本における甲子園に並ぶ二大学生競技の一つ。毎年夏と冬に行われるトーナメントはテレビ中継までされ、多くの一般観客も集まってくる。人気の剣闘士――ランキング十位以内に入るグラディアートルと呼ばれる存在にはスポンサーまでつき、まるでアイドルのような扱いだ。多くの学生は、カティさん同様にこのコロッセオを好み、また成績を上げるために修練を積んでいるようだが、俺としてはご免である。何故に進んで痛い思いをしなきゃならないのか。フォルセティの医療チームは万全ですなどと自慢げに胸を張られても、怪我の痛みまでも消せるわけじゃない。
そんな思いをするぐらいなら、さっさと土下座して降参するに限るってなもんだ。
込み上げる欠伸を噛み殺す。そうしていると、不意に隣のレーンから笑い声が聞こえてきた。明るく話すそれではない。どこか侮蔑するような、嘲弄の笑いだった。その声につられ、俺は視線をやる。そこにいるのは、男子学生が数名ほど。俺たちの乗るオートウォークとは反対側を走るそこに乗りながら、俺を一瞥して嗤っている。
「見ろよ、能無しだぜ?」
「今は“座王”だろ。見たかよ、あの土下座っぷり。プライドねぇのかよ」
「ないだろ。むしろノリノリでやってるし。馬鹿じゃねーの」
コソコソと言うには、はっきりと聞こえ過ぎるその声に嘆息する。そんなに言いたいことがあるなら面と向かって言うか、あるいは陰口のように聞こえないくらいに言えばいいのに。あからさまにこっちを挑発してるくせに、してませんよと言った態度が気に食わない。食わないが、喧嘩を売ったら間違いなく負けちゃうので何も言わないでおこう。
聞かなかった振りをしていると、自動レーンに従って男子学生たちが通り過ぎていく。しばらくすると、背後から悲鳴のような声が聞こえてきた。思わず振り返ると、レーンの乗り場のあたりで足を取られたらしくつんのめっている。まるでドミノ倒しのようだ。おまけに後ろの人に迷惑をかけて、苛立ったような目で見られている。
いや待て、そこでつんのめるか。
「ふっ……」
視線を前に戻すと、少しだけ振り返った椿が口の端を吊り上げていた。
「あ、あの、椿さん?」
「なんですか、兄様。あ、なんでしょう、あの人たち。あんなところでこけたりして。鈍くさい人たちですね、ふふ」
指差し、椿が笑う。愛らしい笑顔のはずなのだが、何故か背筋がゾッとした。
……見なかったことにしよう。
「ねぇ、ちょっといい?」
笑う椿に軽く引いていると、おもむろにカティさんから声がかけられる。
「なに?」
「あなた、ランカーなの?」
「……は?」
突然、何を言いの出すのだろう。ランカーと言えば、クラティア・コロッセオにおいて優秀な成績を持つクラティアだ。俺のように十連敗も喫している人間の持つ称号ではない。
「なんでそう思うわけ?」
俺の疑問に、カティさんはちらりと未だ立ち上がれずにいる男子学生たちを一瞥する。
「だってあなた、“座王”なんて二つ名持っているじゃない」
「二つ名って……ああ、なるほど」
カティさんが何を誤解しているかに気づく。どうやら、俺が二つ名を持っていることが不思議でならないようだ。確かに二つ名持ちと言えばコロッセオの人気者、そのまま直結して実力者であるランカーを連想することが多い。だが、実際には、ランカーはコロッセオ・ランキング五十位以内に入る者を指す名称であり、イコール二つ名持ちというわけではない。カティさんは、その辺りを履き違えているのだろう。
「ランカーじゃなくても二つ名持ちは結構いるよ」
「むしろ、兄様のアレは二つ名と言うよりは蔑称ですしね」
酷い言い草だが、間違っていないので言い返せない。
「べっしょう?」
カティさんは言葉の意味が分からないらしく、首を捻っていた。
「まぁ、凄いってことね」
「……なんでそうなる」
行き着く結論が極端すぎる。しかも、一連の俺の言動、挙動を見て何故そう言えるのか。この赤髪少女の頭の中はどうなっているのだろう。もはや否定する気にもなれず、俺は満足顔で納得しているカティさんから目を逸らす。何だか純粋な子供を騙しているようでばつが悪かった。
「私もいつかあなたみたいな二つ名持ちになってみせるわ。初戦は転んじゃったけどね」
冗談めかしてそう言いながら、カティさんは悪戯っぽく笑う。俺は曖昧に笑うしかできなかった。ジャパニーズ愛想笑いである。
やがてオートウォークの流れに乗り、俺たちはある区画で降りることにする。学生用の食堂、カフェテリアなどの飲食店が並ぶ場所だ。放課後という時間帯もあり、人通りは中々に多い。自習に励むもの、友人と駄弁る者、一人ティータイムを楽しむ者、一人読書を楽しむ者、一人でパソコンを叩く者――ってボッチ率ぱねぇな。っと、また一人の奴がいるな。フード付きのパーカーを着て、棒つきキャンディーを舐めてる。
「って、あいつは」
フードで頭を覆った美少年もとい男装少女がそこにいた。パーカーの隙間からは外国人のように透き通るプラチナブロンドの髪が覗いているが、見た目は明らかに日本人のそれである。彼女は、気だるげに前を見ていた。特に何をしているというわけでもなく、道行く人々を退屈そうに眺めている。
何してるんだ、恋のヤツ。
見知った顔馴染みに興味がそそられるが、話しかけるには少し遠い。先を歩く椿やカティさんのこともある。わざわざ二人を置いて声をかけに行くのもあれだ。だが、何もしないのもつまらない。
気づくだろうか、と軽く視線を送ってみることにした。少し目を凝らしてみる。今度は睨みつけてみる。試しに殺気を送ってみる。
「あ、気づいた」
パーカー少女が俺の方を見る。眠たげな目は変わらず、ただし少しだけ驚きが見て取れた。
恋は座っていた席から立ち上がると、ゆっくりと近づいてくる。俺は椿たちを追いかける。距離は縮まらなかった。当たり前である。
仕方なく、少しだけ恋を待つことにした。先に行く椿たちは、立ち並ぶカフェの一つに入っていく。俺が止まっていることに気づいた様子はなかったが、まぁ適当に席を取っておいてくれるだろう。
「おっす」
近づいてくる恋に手を上げると、恋も同じ所作で返してくる。
「うっす、変態。いきなりエロい目でみてんじゃねーよ」
「見てねーよ!」
おかしい。殺気を送ったつもりだったんだが……所詮、素人レベルじゃこんなところか。
開口一番、毒を吐く口の悪いこの少女の名前は、桜庭恋。校則を無視してフード付きパーカーを着込み、好んで男性用の学生服ズボンを履く変わった女だ。おまけに口調まで男勝りという、女という概念を根こそぎ捨ててきたような奴である。ただし、顔は可愛い。クラスメイトから美少年扱いされるぐらいには整っている。色々と残念な友人である。
「あ? あ、そう。っかしーな、なんか舐めるような視線受けてすげぇ気持ち悪かったんだけど……」
「そ、そうか。気持ち悪かったのか」
……地味にショックだ。
「んで、アタシになんか用? アタシ、今暇なんだけど」
「暇なら別にいいだろ」
「うん、だからどっか遊びに行こう」
「……マジで暇なんだな。俺、今からそこのカフェ行くんだよ」
椿たちが入っていったカフェを指差す。すると、恋がギョッとしたような表情を浮かべた。
「え、一人で?」
「お前だって一人だっただろ」
「いやぁ、アタシはなんつーの? 一人でこう、雰囲気作ってたわけだから。いかにも神秘的な感じ出てたっしょ」
「普通の格好してたら出てたかもな。いい加減スカート履けよ。スカート姿見せろ」
「ヤダよ。変な男寄ってくんだろ。つか、きめぇよ」
くそぅ、こいつ絶対スカート似合いそうなんだよなぁ。
ただ、本人はあまりそうした男の視線に当てられることを不愉快に思っているらしい。男装している理由も自分がモテるからとか。確かに見た目は整っているし、普通の格好でいれば男が放っておかないだろう。まぁ、一度口を開けばこの口の悪さだ。別にスカート履いたって、その性格で普通の男は離れていくと思う。
「んで、レイはあんなとこに一人で何の用なわけ? コーヒーとか嗜む口だっけ?」
「好きな豆は、オレンジペコだ」
「それ、紅茶な。しかも種類っつーか等級だしな」
「………………」
やべ、素で間違えた。ちょー恥ずかしい。
熱くなってきた顔を逸らし、俺は慌てて説明を付け足す。
「妹と、あとたまたま知り合った留学生さんと一緒だ」
外からカフェの中を覗き見る。遠目からでもはっきりと分かるぐらい特徴的な赤い髪が見えた。日本人特有の黒髪が多い中で、やはりあの髪色は目立つ。椿もかなり人目を惹く容姿なのだが、それを差し置くほどの存在感を放っていた。




