①
一話一話の区切りがおかしいかもしれませんが、直接次の話に繋がっていますので悪しからず。
「これで四月から数えて十戦連続敗退。しかも全部が降参――記録更新ですね、兄様っ」
「そこは笑顔で言うところじゃないよ、妹様」
競技者用に用意された控え室でのんびりと寛ぎながら、俺――柊零余は妹の冗談めかした言葉に突っ込みを入れた。手渡されたタオルを手で弄びながら、さして疲れてもいない身体に水分を補給する。試合は一瞬で決まり、結果は間を置かずして出た。季節柄さほど暑いということもなく、終わった後の爽快感もまるでない。
クラティア・コロッセオ――魔術を扱うクラティアが互いの武を競う場所。強者は強者に、弱者は弱者に。この学園型魔術技能者養成機関フォルセティに通う学生にとっては、己の価値を皆に知らしめ、将来の足がかりとする大事な機会である。学生強制参加という規則を除いても、おそらくは多くの学生が参加することを望むだろう。言うなれば、スポーツ選手がスカウトに自分の実力を示すようなものだ。将来のため、誰しもが全力で向かい合おうとするのも分かろうものである。
分かるのだが、俺には見せるものもなく、結局戦いを辞退する道を選んでいる。そのため、戦いで傷を負うこともなければ、他の学生のように熱戦を演じることもない。惜しむらくは、先の対戦相手の少女のことか。俺が初戦だったらしく、試合終了の合図を呆然とした面持ちで見ていた。勝ちを喜ぶでもなく、俺の土下座を嘲るわけでもなく、何が起こったのか分からないと言った風に。
「私としては、兄様が怪我を負わないのであれば何でも良いですから」
「兄が“座王”なんて呼ばれても?」
初土下座で鮮烈なデビューを飾った俺は、それ以降、土下座と降参の組み合わせで試合を避け続けてきた。そうしてついた二つ名が“座王”。本来であれば、その人気に応じて自然とファンから付けられるのが二つ名なのだが、何故か俺も貰ってしまった。これは俺が人気者ということだろうか。入場の時も期待されるような声援を貰ってつい張り切ってしまったのだが、しかしやはり、土下座王――“座王”の二つ名はどうかと思う。
「付けられてしまったものはしょうがないですし、それに裏を返せば人気者の証ですから」
何でもないことのように明るく話す妹、椿の言葉に俺は苦笑する。狙わずとも似たような考え方をしているのは、双子だからだろう。
椿の顔を見る。鏡写し、とはさすがに言いすぎだが、男女の違いという点を除けば、俺と椿の容姿は良く似ている。どことなく涼しげな雰囲気と、身贔屓を抜きにしても整った目鼻立ち。女の子らしい長く伸びた髪は二つに纏められ、動くたびに軽やかに揺れていた。
しかし、あれだ。こうして似た顔の妹を評価していると、まるで自分をイケメンと言っているようだ。
自身の驕りを絶つ意味でも、俺は控え室に備えられた鏡を確認する。
イケメンがいた。俺だった。
「相変わらずクールだぜ」
「兄様、兄様。私、兄様のことは好きですけど、妹贔屓をありにしてもカッコいいやクールとは違う場所に立っていると思います」
冷静な妹の突っ込みを無視して、俺は鏡の自分に向けてポーズを取る。当然、鏡の中にいる俺も同じポーズを取った。中々に様になっている。だが、椿の言うとおりカッコいいやクールとは違うな。何だろう、可愛らしい? いや、それも違う気がする。不思議なもので、女の子ならば可愛いと評される顔立ちも、男につけると何だか普通だ。
「しかし、あれだな。毎度思うが、俺の戦い方は相手からしたら迷惑だろーな」
鏡の中で髪を掻きあげる。思いっきり額を擦り付けたせいか、少し切れているようだった。血が出ることもなく、特にこれといった痛みはないが、何とも不恰好である。
「対戦相手からすれば、自分をアピールする場を奪われてるようなものですからね。まぁでも、戦績は進級の査定対象になるはずですから」
俺の傷に気づいた椿が、ペットボトルの水で濡らしたタオルを押し当ててくれる。されるがままに任せると、次に取り出したのは絆創膏だった。可愛らしいパンダがプリントされた、いかにも女の子らしさ溢れる一品である。
いや、待て待て。
慌てて椿を静止しようとするが、一瞬遅れてしまった。ペタッと額に綺麗に絆創膏が貼られてしまう。中央には、パンダの笑顔があった。
……ますます不恰好になったな。
「ですから兄様。降参し続けるのは良いですけど、その分だけテストを頑張ってくださいね。兄様は実技の成績も芳しくないんですから」
まるで母親のような口ぶりだが、椿の言っていることは正論なので何も言い返せない。それにしても勉強か。このフォルセティに入学するために死ぬほど勉強したのだ。もう勉強はしたくないものである。
髪を調節してパンダを隠し、立ち上がる。特に怪我もなければ、疲労もない。いつまでもこの控え室にいる理由がなかった。俺の動きに合わせて椿が隣に並び、控え室の出入り口に向かう。
だが、それよりも早くドアが押し開けられ、一人の少女が息せき切ったように姿を現した。
唐突な事態に俺も椿も動きを止める。開かれたドアは、まるで万力で押し破られたかのように歪に曲がっていた。
「え……っと」
なにこれ?
理解が追いつかず、隣に立つ椿を見る。妹も目を瞬かせるだけだった。
分からないことだらけだが、仕方がない。俺は妹を連れ、突然の闖入者の隣を通っていく。きっと彼女はこの控え室に用があったのだろう。ちょうど俺たちが出るところだったし、タイミングも良かった。
しかし、スタスタと隣を通り抜けようとした瞬間、少女が一気に回りこんできた。
「って待ちなさいよッ!」
大声に顔を顰め、一歩踏み込んできた少女に押されるように後ずさる。目の前には、珍しい赤色の髪が踊っていて、こちらを見つめる瞳も同色の色に輝いていた。整った目鼻立ちは日本人離れしていて、きめ細かな白い肌が眩しい。スラリとした肢体は、いかにも女性らしいラインを追いながらキッチリと均整が取れており、思わずその姿に見惚れてしまうほどだ。
一拍の間を置いて思考停止から抜け出し、俺は再度少女の顔を眺め見る。
そこにいたのは、先ほど見たばかりの女の子だった。確か名前は、カティ・ブレイズフォード。勇んで俺に挑んできた、剣を操る少女だ。
「あなた、さっきのはどういうつもりよ!」
「さ、さっきの?」
剣幕に押され、思わず聞き返してしまう。そうしながらチラチラと横目で椿を見るが、何故か目を閉じていた。完全に他人に徹していた。薄情な妹である。
「さっきの試合のことよ! 初っ端からいきなり降参なんかして……それに何よあのポーズ!」
ああ、と俺は気づく。この少女は、自分が臨んだ試合を予想外の形で終わらされ、憤懣やる方なしと言ったところなのだろう。たまにいるのだ、俺の土下座を快く思わない相手が。もちろん、遠目に睨んできたり悪態をついたりするだけで、ここまであからさまになって乗り込んでくる者はいなかったが。
熱血とも言えるその熱さに微笑ましいものを感じながら、俺は気持ちを落ち着かせて少女に答えを返す。
「あれはね、DO・GE・ZAって言うんだ。君は外国から来たのかな? 負けを認めますっていう、日本の伝統的な――」
「知ってるわよ、そんなものっ!」
どうやら土下座を御存知になられるようだった。
「私が聞きたいのはそんなことじゃない! 何でシュトラーフェも出さずにいきなり降参したのかって聞いてるのよ。どういうつもりっ!?」
シュトラーフェ――自身の魔力を武装化した武具の総称だ。最先端科学技術によって魔術が体系化され、今まで特別な人間のみが使えた魔術は、シュトラーフェとして魔力を外界に呼び出すことで誰しもが使える技術となった。同時にシュトラーフェは、それを繰るクラティアの象徴ともなったのだ。
シュトラーフェを用いた一騎打ちの決闘、それがクラティア・コロッセオの大前提にある在り方である。
それを出しもせずに戦いを終わらせたことがこのカティという少女にとっては許せないことらしい。
俺は、仕方なしに丁寧に説明することにする。こんな面倒事はさっさと終わらせるに限る。
「仕方ないだろ。シュトラーフェを出すまでもなく、結果は歴然なんだから」
そう、自身の武器を出すまでもない。他の誰が相手でも、俺は同じ行動で負けを認めるだろう。
「俺は君には勝てない。それが分かってたから、早々に負けを認めたんだ。下手に粘って痛い思いはごめんだからな」
俺の言葉に、少女は納得していないようだった。それどころか、俺の言葉がますます相手を怒らせたようだ。
「そんなのやってみないと分からないじゃない! なんで何もせずに諦めたわけ? こっちはね、この日を六年も前から楽しみにしていたのよ! いつかこの舞台に立とうって、わざわざ留学までしたのよ。輝かしいデビュー戦だったのに、あなたのせいで台無しよっ!」
怒涛の勢いで文句を叩きつけられる。その言葉の一つ一つ、色々と理解できる気持ちがないわけではないために反論する気になれない。とはいえ、何も言わなければこの子をますます怒らせることになるだろう。
俺は逃げるように少女から距離を取る。少女は逃がすまいと詰め寄ってくる。まるで堂々巡りだ。
「よ、良かったじゃないか。デビュー戦を勝利で飾れて」
「あんなの不戦勝みたいなものじゃない。いいえ、それより酷いわ。勝ちを譲られたのと同じよ」
苦虫を噛み潰したように少女は吐き捨てる。よほどプライドが高いのか、俺には到底理解できないことだが、彼女からしてみればその誇りを傷つけられたも同然なのだろう。
「お、俺に言われてもな」
「あなた以外の誰に言うのよ!」
「か、鏡なんてどう? ほら、そこに俺そっくりのイケメンがいるよ」
先ほども見た鏡を指差す。そこには、気圧されたような表情を浮かべる俺がいた。当然、俺に迫る勝気な少女の姿も映っている。
だが、その鏡は一瞬にして叩き割られた。少女の身体から噴出した炎の仕業だ。鏡は粉々になって砕け散り、バラバラと床に落ちる。
「これじゃあ私が納得できない。だからあなた、今ここで私と再戦しなさい」
少女の瞳に本気の色が宿る。すでに彼女の手には、先ほど見たシュトラーフェ『アオス・ブルフ』が握られていた。白銀の輝きを浮かべる、手元に護拳を供えた剣だ。俺が応じなくとも、彼女は今にも剣を振るうだろう。
思い浮かべる。あんな切れ味抜群の剣が俺に振るわれたとしてどうなるか。
「い……」
「い?」
「い、いやだぁーーーーーッ!!」
勝算必定、三十六計逃げるに如かず。
なりふり構っていられない。妹に視線を送る。椿は俺の合図に気づいたようで、こくりと頷く。我関せずに徹していた椿も、さすがに状況が不味い方向に転がっていることを察したらしい。
『俺、逃げる。椿、足止めする。OK?』
俺のアイコンタクトを受けた椿が返事を返してくる。
『俺、に、任せて、先に行け――兄様、かっこいいっ』
「全然伝わってねぇっ!」
『くぅ、なんてカッコいい兄様。ここはお任せしました』
「っちょ、おま――」
「なにごちゃごちゃ言ってるのよ!」
「ひぃッ!?」
バァン、とアオス・ブルフが振るわれ、俺の隣の壁が消し飛んだ。なんという威力だろう。同時に剣先からメラメラと燃え立つように炎が溢れ出している。まるで蛇のようにその炎は剣に纏わりつき、見ているだけで室内の温度が上がっていくかのようだった。
死ぬ。これは死ぬ。絶対に死ぬ。燃え死ぬ。
「ちょ、ちょい待って! 無理だから! 戦うとか無理だからッ!」
「あなたもクラティアでしょ。戦うのが無理なんてあり得ない」
本当に無理なんだよ!
俺の事情をどう説明したらいいのか。怒りに猛り狂う少女に俺の言葉が届くようには思えない。だが、説明しなければこの少女が止まることはないだろう。あの様子だと、椿の援護も期待できそうになかった。
少女が剣を振り上げる。それを前に、俺は動くことができなかった。恐怖が身体を縛りつけ、回避行動に移れない。そんな俺を前にしても、少女は一切の手を緩めるつもりはないようだった。
お、俺の武器でギリギリ防げるか? い、いや、無理だ。なんか相性的に無理そうだ!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」




