欠けたお団子
木鹿の街には近頃、物取りが出没しているという。
金持ちばかり狙い、取った金品を市井にばらまく。義賊気取りの迷惑者。
ばら撒かれた金品を拾うと普通に泥棒として捕まってしまうので、真っ当な人からは泥ネズミと呼ばれて迷惑がられ、そうでない人からはネズミ様と呼ばれて英雄視されている。
評価の極端な人物らしかった。
ヒイナは、そんな話を食堂で知り合った漁師から聞いた。お魚美味しい。
この時のヒイナは、本当に他人事だった。
なにしろ物盗りなんてヒイナの時代には珍しくなかったし……それこそ、掃いて捨てるほどいたからだ。……まぁ、盗品をばら撒いて回るようなのは流石に聞いたこともなかったが。
宿を探そうと大通りを歩いていると、再びである。またしてもヒイナは尾行されていた。
ホムラさんかな? と思うヒイナだが、ホムラはあの後、「もうごめんだね」と言って去っていったので、おそらくは違うだろう。ならば、
(ヒイナちゃんの可愛さにメロメロになった人だったりして☆
……スリとか泥棒かな? お魚は食べられたし、お小遣いみんなあげてもいいけど……)
ヒイナは気にするのをやめた。
お魚を食べた以上はもう、お金を取られても問題はなかった。
盗まれたところでヒイナは気にしないのだから、どう転んだって被害にはなりえない。なら、無理に引っ張り出す必要もないだろう。ヒイナはそう判断した。
───
「転移? なんだいそりゃ。新手の魚類かい?」
「世界を移動する方法〜? 歩きゃいいだろ。……あ、馬が欲しいって話かい? 残念だが、ここにはいないよ」
聞き込みは全滅だった。
おとぎ話とか、そういう次元にもないらしい。
(で、でも! 図書館とか、そういうところを当たったらもしかして!)
ヒイナは諦めない。諦めたくなかった。
でもほんのちょっぴり疲れたので、休憩することにした。茶屋でお団子をいくつか注文する。
「んへへ。おいしそう……」
いただきます、と食べようとした時、お団子がヒイナの手から消失した。ヒイナの歯は空を切って、カチンと虚しい音を鳴らした。
この展開は、まさか──、ヒイナは予見した。
「久しぶりだね、ヒイナちゃん♡」
「しゅ、シュラさん……。んっ?! やっぱり! またお団子が一つだけになってる!」
「ふふっ。今回のコレはね、お賃金だよ。……感謝してね。私ってば、そう安く仕事する女じゃないんだから♡」
「──え?」
ヒイナは一瞬、シュラが何を言っているのか理解できなかった。
けれども何故だか、とんでもなく嫌な予感がした。なにか良くないことが起こっている。
「ヒイナちゃんを尾けてる気配……ないでしょ? チョッキン♡ ってしておいたよ♡」
「え? ……あっ」
「ダメだよぉ、あんなの放っておいたら。ヒイナちゃんのためにならないよ」
ヒイナは足元が急に消え去ったような感覚がした。
思わずシュラを注意深く見やる。まったくいつも通り、ニコニコ顔の愛らしい姿だ。
返り血なんてついてないし、血のにおいもしない。
気の高ぶりも感じられないし、きわめて自然体だった。
だから、胸の内で主張する違和感に蓋をして、冗談だろうと思い直して──。
「んへへ……シュラさんったら、冗談がうまいなぁもう☆」
「あらまっ、信じてないなぁ? プンスカしちゃうゾ!」
「だ、だってそんな……」
「これ見て」
そう言って彼女が差し出してきたのは、何かのカケラだった。てらてらと濡れそぼった光を放つ、生々しいカケラだった。ヒイナはソレを直視して凍り付いた。
「ぁ……」
「信じてくれた? 疑り深いのは減点だよ♡」
とても華やかな笑みだった。その手に持ったカケラとまったく符合しない、邪気のない笑み。
この時のヒイナには、シュラの陽気さが結晶人の無機質な愛嬌と重なって見えた。
けれど、きっとシュラに悪意はない。かといって善意でも、きっとない。
ヒイナは自分を責めた。
無理にでも捕まえて、お小遣いを渡してあげればよかった。端からお金など彼女にはまったく惜しくはないものなのだから。
盗まれても困らないからと見ないふりをして……。
そして見知らぬその人はシュラに殺されてしまった。
これでは、自分が殺したも同然ではないか。そうヒイナは思った。
何も言えなかった。
否定も肯定も、感謝も批判も、何も言えなかった。
ヒイナは、喪われてしまった顔も知らない誰かを心に刻みつけながら、食べかけのお団子をシュラに突き出した。
「ん? コレ何?」
「……お賃金です。全部あげます」
「アハハ! ヒイナちゃんはホントに面白いね♡ 食べかけのお団子が報酬なんて。……ん。間接キス……しちゃったね♡」
シュラの無邪気な軽さは、どこまでも残酷だった。




