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曲げられない意思

「おお! アンタすごい力だね。大助かりだよ!」

「いやぁ……。それほどでもありますね☆ 荷物はコレで全部です?」

「お、おお。 変な人だね、アンタ。……ありがとうよ、これはお駄賃だ」

「やったね、ハッピー☆ またお困りのことあったら、いつでも声をかけてくださいね☆ ヒイナちゃん、飛んできますよっ!」


 ヒイナはムンっと胸を張った。

 そんなやり取りを、遠目にシュラが眺める。ひどく退屈そうな、冷たい瞳だ。

 ヒイナがお待たせ! と戻ってくると、先程までの無表情が嘘のような愛らしい笑みを浮かべた。


 木鹿に滞在して数日、何故かシュラはヒイナと共にいた。ヒイナは街の資料室を借りてみたり、その恩返しに街の人の手伝いをしている。その彼女を置いて、いつものようにさっさと移動しないのは、果たして気まぐれなのだろうか?


「──ヒイナちゃんはさぁ、何で頑張るの?」


 唐突に、シュラが言った。

 相変わらずのニコニコ顔、甘く優しい声だ。


「え? そりゃ、ヒイナちゃんがみんなの希望だからですよ☆ 希望は頑張り屋さんがなるものなのです!」

「ふぅーん……。ま、どうでもいいけど」

「ひどい無関心! そっちが聞いてきたのに!」


 今日も木鹿の夜は更けていく。



 ───



 深夜、人の動く気配を察知したヒイナは、跳ね上がるように飛び起きた。

 宿の薄暗い一室を見回してみるが、誰もいない。

 もう少し意識を研ぎ澄ませてみると、どうやら外にいるようだった。人のいない夜の街を、誰かと誰かが、駆け回っている。


(なんだろう。こんな夜中に追いかけっこ? 

 ……うーんアタシじゃ、これ以上はわかんないなぁ)


 ヒイナの胸がざわめいた。

 例えばセイラやモミジならば、遠目の相手の息遣いまで察知してしまうのだろうが──。

 なんとなく、嫌な予感はした。良くないことが起こっているような気がした。……少し前、シュラとのことがあったから、ナイーヴな気持ちになっているのかもしれないが、 ヒイナの勘はかなり外れない。


 杞憂で済めばいい。

 けれども、そうはならないだろうなと感じながら、ヒイナはその場所へ向かった。

 


 ───



「嫌だよぉ、母ちゃん……。なんでアタシがこんな目に遭わなきゃなんないのぉ……」

「それはねぇ、かわいいお嬢さん♡ 貴女が義賊気取りで物盗りなんかやっちゃったからだよぉ」

「イヤだぁ! どっか行けぇ! バケモノ!」

「くふふっ、おバカさん♡ ここまで追い詰めて、見逃すワケ……ないよね♡」


 シュラの声は甘かった。

 腐臭が漂うほどに甘くて、毒々しかった。


 シュラはいつも通りの陽気で可愛らしいニコニコ顔のまま、被害者の視線を切るように、巨大なハサミを軽く揺らした。


 ──一歩、二歩。ひどくゆったりとした足取りだ。散歩するような、軽い足取り。手に持ったハサミだけが異質だった。

 シュラが嗜虐に笑みを深めたその瞬間、


 ──大通りの地面が爆ぜて、土塊が舞い上がった。

 そして土煙が収まると、ソコには被害者──泥ネズミを庇うように立つヒイナがいた。

 

「──ヒイナちゃん。ダメだよぉ、人のお仕事を邪魔したら。今なら見逃してあげるからどいて。ね?」

「──ごめんなさい、どきません。なんかよくわかんないけど……放っとけない。

 だってヒイナちゃんはみんなの希望ですから」

「またそれ? なら、なおさらどかなきゃ。……知ってるでしょ、泥ネズミのウワサ。ソイツのことだよ」


 シュラの笑顔がわずかに引きつった。

 苛立ち混じりの冷たい指摘に、ヒイナは振り返って少女を見た。……死の恐怖に震え、色を失っている。そんなただの人だ。それ以上でも以下にも見えなかった。


「……やっぱりどけません。どきたくない。ごめんなさい」

「そっかぁ……」


 愛らしい微笑みが、静かに消えた。

 黄金の瞳が細められ、わずかに口角が上がる。


「──じゃ、ヒイナちゃんもチョッキン、しちゃうゾ♡」

「──ッ!」


 シュラの姿がブレた。

 そして次の瞬間、ヒイナの側頭部に鋭い蹴りがめり込んでいた。はじき飛ばされ、地面を何度もバウンドしながら、どこぞの家屋へと盛大な着地をかました。


「……つぅ。ごめんなさい! 家の修理、後でやらせてください!」


 蹴りの入った頭が痛んだが、気にしている暇はない。

 突然の事態にてんやわんやになる住人へ謝りながら、ヒイナは煌子纏鎧を展開した。


 生成した巨大剣を担ぎながら、急いで泥ネズミの元へ戻る。彼女を殺させるような事態には、なっちゃいけない。


「へぇ、面白いね。服装が変わっちゃった。ソレってどんな手品なの?」

「……っ。ヒイナちゃんもよくわかんないですっ!」


 走っている途中、いきなり背後から至近距離で囁かれる。

 反射的に振り向くが、ソコにシュラはもういない。


 ヒイナは直感的に悟った。前に戦った時のシュラは本気ではなかったのだ。


(それでも、退けない! アタシがあの子を守らなきゃ!)


 決意をあらたに、シュラの気配に注意しつつ泥ネズミの元へ戻る。よかった、殺されてない。

 少女を護るように立ち、意識のすべてを注ぎ込んでシュラを探る。

 けれども、まったく感じない。陽気でかわいいシリアルキラーは、必死なヒイナを嘲笑うように時折背後から囁いてきては、また姿を消す。


 どうやら遊ばれているらしいことは、鈍いヒイナにもわかった。


 

「ね、ヒイナちゃん。ヒイナちゃんがいくらとんでもないおバカさんだからってさぁ、流石に理解できたでしょ。私には勝てないって」


 また背後からの囁き。

 しかしその声音は冷たく響きながら、どこかぬくもりを感じるような、生々しいものだった。


「……別に、勝つ気ないです。シュラさんが、この娘を攻撃しないでくれるなら、それだけでいいんです」

「横入りして来たのはそっちだよ。道理が違うんじゃない?」

「そうですね……ごめんなさい。でも、やっぱり放っておきたくない」


 シュラは強く苛立ったようだった。

 そして、彼女らしからぬ感情的な声で言った。


「ヒイナちゃんさ、アンタまるでアリンコだよ。エサを運ぶアリンコみたい! 身の丈に合った生き方しなよ! そうすりゃ楽なのに!」

「……心配してくれて、ありがとうございます。

 ──でも、ヒイナちゃんはみんなの希望だから」

「度し難い!!」


 そこで初めて、シュラの攻撃に殺意が乗った。

 鋭く走る刃が、ヒイナの命を散らそうと空をいびつに切り裂きながら、幾重にも線を走らせる。──鮮血が飛び散った。 

 煌子纏鎧があってなお防御がかなわないほどの鋭さが、少女の白い肌に赤を刻みつけていく。ほとばしる痛みに顔をしかめながらも、ヒイナはなんとか耐える。


 シュラは本気だった。本気で、ヒイナを殺そうとしている。


 ──けれども本気だったからこそ、そこに一筋の勝機が見えた気がした。肉を切らせて骨を断つ。ヒイナが一番得意なやり方だ。


 シュラの攻撃は速すぎて目で追えない。気配も追えない。けれど、それで困ることはなかった。いつも通りに真っ向から向かって、攻撃を受け取って──それだけだ。

 幸い、今のシュラは冷静さを失っていた。なら、頑張って耐えていれば、いつか痺れを切らして大振りな技を放つだろう。ハサミを突き立てて来るとか。ソレを真っ向から受け止めて、戦いを終わらせるのだ。


「なんで! なんで倒れない! なんで笑ってる! アンタこれから死ぬのに!!」

「シュラさんは優し……くはないですね。失敗失敗、テヘペロ☆ ヒイナちゃん嘘言っちゃうところでした。

 でも、そうやって怒るのは、シュラさんがヒイナちゃんのこと、好きでいてくれてるからですよね?」

「自惚れるな!!」


 シュラは追い詰められていた。

 速さも鋭さも彼女が上で無傷なのに。

 目の前の能天気な小娘は傷だらけで、今にも死んでしまいそうなのに、それでも追い詰められてるのはシュラだった。


 ──だって。

 ヒイナの声には、まなざしには、あまりにも否定の色がなかった。

 殺し合いになって、切り裂かれて。そんな状況になっても、彼女がシュラを見る目からは友情が決して失われなかった。


 訳が分からなくなった。

 本能的に、一刻も早くこいつを殺してしまわないと危険だと感じた。

──だからこそ、計算も余裕も捨てて大振りの攻撃を繰り出した。


 軽やかに切り裂くような攻撃しか放たなかった彼女が、大きくハサミを突き出した。ソレは、ひどく衝動的な行動だった。

 ヒイナは防御しなかった。それどころかむしろ、生命を刈り取らんと迫るいびつな鉄嘴(ハサミ)の前に身を躍り出させた。シュラにとってそれは、いっそう理解不能の行いだった。

 ──肉を引き裂く鈍い音が響く。深々と突き立てられる刃。零れ落ちる血液、小さく漏らされる苦悶の声。


「──っ、なんなの……」


 殺そうとしていたくせに、本気だったくせに、シュラはひどく動揺していた。


 ヒイナはいつも通りの笑みを浮かべながら、ハサミをへし折った。

 そして刃が腹に突き立てられたまま、ゆっくりとシュラを抱きしめた。ヒイナの体温は死にかけの人間みたいに生温い。


「……ありがとう、シュラさん。ヒイナちゃんを殺さないでくれて。

 ありがとう、あの子を殺さないでくれて。

 ──ヒイナちゃんの傷を心配してくれて、本当にありがとう」


 ヒイナはすべてわかっていた。

 シュラが本気で自分を殺そうとしたことも、泥ネズミを殺そうとしたことも、今動揺しているのが自分を心配してのものでないことも。

 けれど、全部わかった上で、それでも礼を言った。

 

「………………ヒイナちゃんって、本当に頭がおかしいんだね。私、見誤ってたよ」


 シュラはヒイナを振りほどくと、踵を返した。

 感情の処理が追いつきそうになかった。

「あーあ、白けちゃった。こんな気分になったのはヒイナちゃんのせいだからね♡ ──死んだら許さないから」


 そう言って、夜闇に消えていった。

 ヒイナは、はぁと一息ついた。

 めちゃくちゃ腹が痛い。でも、こんなの慣れっこだ。


 少女へ近づくと、気を失っている。

 どうしよう。風引いちゃわないかな?

 ヒイナは場違いなことを考えながら、少しだけ迷った。

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