最終話<カミサマと私のその後>
いつもと変わらない朝。だるい身体を引きずりながら玄関の扉を開ければ、眩しい笑顔を放つ男が一人。
『おはようございます、柚季ちゃん。今日も可愛いですね』
「………」
『また遅くまで起きてたんですか? 駄目ですよ。寝不足はお肌の大敵ですからね』
この男は朝から元気だな。相変わらずムカつくくらい綺麗な顔をしている。着流しの着物も似合っているから、なんだか腹が立った。
私は目の前に立つ男を無視し、学校へと向かう。もちろんそんなことではへこたれないカミサマは、今日も私にくっついて学校へ登校だ。
『柚季ちゃん? 具合悪いんですか?』
「近い。離れて」
『照れてるんですか? 大丈夫、分かってますよ』
まったく分かってない。溜め息をつけば「悩みでもあるんですか?」だって。カミサマの相手は早々に放り投げた。構っていたら、私の神経がすり減る。
「――櫻井?」
聞きなれた声に、肩がぎくりと強張った。振り返れば新城君の顔。新城君と顔を合わせるのはあの祭りの日、以来だ。
あの日、結局私は具合が悪くなったと嘘をついていた。新城君はそれを信じて、電話口ですごく心配してくれた。あぁ……胃が痛い。
カミサマは新城君が登場した瞬間から、警戒心むき出しで彼のことを睨んでいる。また以前のようなことになっては困るので、さりげなくカミサマの着物の裾を掴んだ。
「具合、大丈夫?」
「うん。あの、ごめんね? 勝手に帰っちゃったりして」
「いいよ。櫻井が無事ならそれで」
「……本当に、ごめん」
謝る言葉に、私はいろいろな思いを込めた。勝手に帰ってごめん。振り回してごめん。――好きになれなくて、ごめん。
新城君がそれをどう受け取ったのかは分からない。彼は寂しそうな笑顔を浮かべて「気にしないで」と言ってくれた。
先に行くから、という新城君の背中を見送る。それからカミサマを振り返れば、明らかに不満そうな顔をしていた。
「なんでそんな顔をしてるの?」
『柚季ちゃんはあいつが好きなんですか?』
質問を質問で返された。しかもあまりにもバカバカしい質問に私は呆れ、私は学校へと向かうことにする。私のそんな態度にカミサマは頬を膨らませた。
いつまでも恨めしそうに私の背中を見つめるから、仕方なく私はカミサマを振り返る。
「なに?」
『だって柚季ちゃんが答えてくれないから』
「カミサマがあり得ない質問するからでしょ」
それだけ言って、私はまた歩き出す。カミサマは茫然と私の背中を見送った。
私の言葉の裏に隠された真意を知り、カミサマの顔がみるみるにやけ出した。あぁ……。せっかく顔が良いのに台無しだ。
にやけながら私の後をついてくるカミサマ。正直、ドン引きだ。他の人には見えてないから、私は見えない何かに脅えているように見えるだろう。
『そうですよね。だって柚季ちゃんは僕のお嫁さんですから』
「……は?」
聞き捨てならない言葉に私は思わず立ち止った。何と言った、この男。
周りからどう見られているか、なんて頭の中から消えていた。ただ、カミサマが言った言葉が気になって仕方がない。
落ち着け、私。この男に振り回せるのはいつものことじゃないか。どうせ今回もカミサマが勝手に言ってるだけだろう。
そのはずだ。そう決まっている。――そう、思いたい。
『柚季ちゃんは僕のお嫁さんですよ。ずっと昔からね』
だけど目の前のこの男は私の希望を、あっけなく打ち砕いた。それも粉々に。跡形もなく。
『子供のころのおまじない、憶えてます?』
「そりゃあ、もちろん……」
『血を混ぜ合わせることは、縁を結ぶこと。それを飲むことは相手に染まるということです』
「相手に、染まる……?」
なんでだろう、冷や汗が出る。これ以上聞きたくないような、聞かないでいるのが怖いような。そんな感情が私の中でせめぎ合っていた。
青ざめる私を見て、カミサマが極上の笑みを浮かべた。あれ、こいつ神様だよね。悪魔に見えてきたんだけど。
『ずっと一緒に居るって約束しましたよね?』
「っ!」
まさに悪魔の微笑み。私は思わず思いっきりその足を踏みつけた。もちろんカミサマは飛び上がって痛がる。だけど無視だ。
ちくしょう。ちくしょう! だまされた!!
何が一緒に居るおまじないだ。強制的に一緒に居る契約じゃないか。むしろ呪いだ。こんなもの。
『柚季ちゃんは照れ屋ですね』
いつの間にか回復したカミサマが私の背後でにやにや笑っている。私がこいつの嫁だって? 悪夢以外のなんでもない。
『大丈夫。大事にしますから』
そう言ってにっこり笑うカミサマを見て、私は決意した。絶対に祓って貰おう。この男とは縁を切るべきだ。平和な私の明日のために。
無言で歩き出す私と、にやにや笑いながらついてくる男。
小さいころから一緒のこの男は私の守り神だと言う。常に私のそばにいて、私の神経をすり減らす厄介な神様。
今日もカミサマは私に憑いています。
―END―
ついに完結しました。
拙いこの物語に、お付き合いいただきありがとうございました。
思いつきとテンションだけで始まった物語でしたが、無事完結できて良かったです。
思った以上にカミサマが暴走しました……。
何かありましたら、遠慮なく書き込んでください。
*藤咲慈雨*