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第7章:灰燼(かいじん)と囁き、孤独な道標

 集落を後にして、あたしは当てもなく荒野を歩いていた。

 どこへ行けばいいのか、何をすればいいのか、全くわからなかった。

 ただ、あの場所にはもういられない、ということだけが、重くのしかかっていた。


  キオは、どうなっただろう。

  ちゃんと手当てはしてもらえただろうか。

 目を覚ました時、あたしのことを、どう思うだろうか。

  怒っているだろうか。

 それとも、もうあたしのことなんて、忘れてしまっているだろうか。

  考えても仕方ないことだとわかっていても、彼のことが頭から離れなかった。

 あたしが、彼を傷つけてしまったのだから。


  左目の奥の鈍痛と、左半身のしびれは、まだ続いている。

  そして、あの赤黒い力が暴走した時の感覚が、フラッシュバックのようによみがえることがあった。

  あたしの意志とは関係なく、ただ破壊を撒き散らす、禍々しい力。

 あれが、あたしの中に眠っている。

 その事実が、あたしを底知れない恐怖に突き落とした。

 いつ、また暴走するかわからない。

 次に暴走したら、今度こそ、あたし自身が完全に呑まれてしまうかもしれない。


  夜になると、焚き火を起こす気力もなく、岩陰で体を丸めて眠った。

  悪夢を見た。

 キオが血を流して倒れる夢。

 集落の人々が、恐怖と拒絶の目で、あたしを追い立てる夢。

 そして、あたし自身が、赤黒い奔流となって、全てを破壊し尽くす夢。

 うなされて目を覚まし、荒い息をつきながら、暗闇の中でただ震えるしかなかった。孤独が、骨身に染みた。


「どうすればいいの…」


  誰もいない荒野で、あたしは何度も呟いた。

 そんな時、ふと思い出したのが、あの老女のことだった。

 最初に会った、古い知識を持つ、風変わりな老婆。

 彼女なら、何か知っているかもしれない。

 あたしの力のことを、制御する方法を、そして、あたしが進むべき道を。


  そうだ、老女のところへ行こう。

  目的ができたことで、少しだけ、足取りが軽くなった気がした。

  あたしは、以前キオと通った道を思い出しながら、老女が住んでいた洞窟のある場所を目指して、歩き始めた。


  数日後、ようやく見覚えのある岩山が見えてきた。

  でも、近づくにつれて、胸騒ぎがした。

 焦げ臭い匂いが、風に乗って運ばれてくる。

  そして、以前は聞こえていたはずの、鳥の声や虫の音が、全く聞こえない。嫌な静けさだ。


  そして、あたしは見た。

 変わり果てた、老女の住処すみかを。

  洞窟の入り口は黒く焼け焦げ、無惨に崩れ落ちていた。

 周囲の地面はえぐられ、奇妙な金属片が散らばっている。

 薬草の匂いはもうしない。

 代わりに、鼻をつくのは、焦げた匂いと、鉄錆のような、生臭い匂い。


「…嘘…」


  あたしは、その場に立ち尽くした。頭が、真っ白になる。

  老女は? 彼女は、どうなったの?

  あたしは、震える足で、焼け跡へと踏み込んだ。

  洞窟の中は、さらに酷い有様だった。

 あれほどたくさんあった書物や道具は、ほとんどが灰になっている。

  壁には、激しい戦闘があったことを示す、爪のような跡や、高熱で溶けたような跡。老女の姿は、どこにもなかった。


「どこ…?」


 あたしは、呼びながら、必死に瓦礫を掻き分けた。

 でも、見つからない。

 彼女が生きていた痕跡も、残念ながら、その逆の痕跡も…。


 その時、あたしの目に、瓦礫の山の中に埋もれた、小さな光るものが入った。

 それは、銀色の鎖に繋がれた、青い石のペンダント…老女がいつも身につけていたものだ。

 ペンダントは、焼け焦げたり、傷ついたりしている様子はなく、まるで、この惨劇から守られるように、静かに輝いていた。

 老女は、生きているのかもしれない… あたしの心に、かすかな希望が灯った。


 さらに洞窟の奥を調べると、燃え残った木箱の奥深くから、奇跡的に、あの古の書物の一部が見つかった。

 老女があたしに見せてくれた、あの瞳の図像が描かれた、古い羊皮紙のような書物。


「これ…!」


  あたしは、それを、宝物のように、そっと拾い上げた。

  焦げて、端はボロボロになっているけれど、確かに、彼女が大切にしていたものだ。

 彼女は、これをあたしに残してくれたのかもしれない。


  書物には、奇妙な図像と、読めない文字が描かれていた。

  星のような図、複雑な幾何学模様、そして、中央に大きく描かれた、一つの


「星の中に瞳?」。


 その瞳は、まるで生きているみたいに、あたしの左目に強く訴えかけてくる。

  そして、いくつかの文字は、老女や集落の老人に教わった、古い文字に似ていた。

  あたしは、必死に、その文字を読み解こうとした。


「…『古き… 種族』…『星々より…』…」

「…『瞳』…『力』…『大災害』…」


  断片的な言葉。

 でも、それは、あたしの知らない、壮大で、悲劇的な物語を暗示していた。

 星から来た種族。瞳と呼ばれる力。

 そして、世界を滅ぼした大災害…。

 あたしの左目が、ズキン、と痛んだ。この力は、その大災害と関係がある…?


 その時。

 あたしの頭の中に、声が響いた。

 あの無機質の、切迫した声。


「イソゲ… トキガ… ナイ…」

「サガセ… シン… ジツヲ… クリ… カエサレル… ヒゲキヲ… トメロ…」


  繰り返される悲劇を、止めろ…?

 あたしに、そんなことができるっていうの?

 この、自分の力すら制御できない、あたしに?

  でも…。


 あたしは、懐にしまった書物を、強く握りしめた。

 老女は、いなくなってしまった。

 でも、彼女が守ろうとしたこの知識は、あたしが受け継がなくちゃいけない。

 そして、この声が言うように、真実を探して、もし本当に悲劇が繰り返されるのなら、それを止めなければならないのかもしれない。

  それが、この力を宿したあたしの、果たすべき役目なのかもしれない。

  キオや集落の人々にしてしまったことへの、償いにもなるのかもしれない。


  あたしは、顔を上げた。涙は、もう乾いていた。瞳には、迷いの代わりに、静かな決意の光が灯っていた。

 …キオ… の傷は、ちゃんと治っているだろうか…。

  あたしは、焼け落ちた洞窟を後にした。

  行くべき場所は、まだわからない。

 でも、進むべき道筋は、見えた気がした。

 風が、あたしの背中を押すように、強く吹いた。

 左目の奥の痛みが、あたしの覚悟を確かめるように、鈍く響いていた。


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