第11章:黒曜の追手、暴走する魂
目の前に立ち塞がる、五体の執行者。
感情のない、ガラス玉のような目が、あたしとキオを冷たく捉えている。
その手に持つ、青白く光る棒状の武器からは、空気が痺れるような、嫌な圧力が放たれていた。
「奴らは『執行者』と呼ばれている」。
キオが、歯を食いしばりながら低い声であたしに言った。
「古い時代の遺物を守る者たち、という話だが… なぜ、お前を狙う?」。
古い時代の遺物…。
あたしのこと?
それとも、あたしの中の「古の魂」とやらが、遺物だっていうの?
考える暇なんて、与えてくれなかった。
一体の執行者が、まるで氷の上を滑るみたいに、音もなくあたしに向かって突進してきた。
速い! 前に戦ったどの敵よりも、動きが洗練されている!
青白い光の先端が、あたしの心臓を正確に狙って突き出される。
「っ!」。
あたしは、地面を蹴って、咄嗟に横に跳んだ。
光の槍が、あたしがいた場所の空気を切り裂く。
けれど、避けきれなかった。
肩のあたりを、その光が掠めた。
ビリッ!と激しい衝撃が走り、服が焼け焦げ、皮膚に焼印を押されたような激痛が走った。
「くっ…!」。
痛みに呻きながらも、あたしは左目の力を解放した。
衝撃波を放つ。
けれど、執行者の黒曜石のような装甲は、微かに揺らいだだけで、全くダメージを受けた様子がない。
この力じゃ、効かないの…!?
その隙を突いて、別の執行者がキオに襲いかかった。
キオは、錆びて刃こぼれした剣で、必死に応戦する。
けれど、相手の武器から放たれる青白い光は、剣に触れるたびに激しい火花を散らし、剣の金属を、まるで飴みたいにジュウジュウと溶かしていく。
あの剣じゃ、もう…!
「…チッ…!」。
キオが悪態をつく。
彼の額には、脂汗が滲み、呼吸も荒くなっている。
あたしは、左目にさらに意識を集中させた。
集落を守った時のように、もっと強い、純粋なエネルギーの奔流を。
守りたい、という意志を込めて。 蒼と赤の光が、左目の中で渦巻く。
「はあっ!」。
光の奔流を放つ。
しかし、執行者たちは、まるでプログラムされていたみたいに、素早く左右に散開し、直撃を避けた。
そして、あたしの力の性質を、完全に見切っているかのように、間髪入れずに反撃してきた。
『ウゴキヲ… ヨマレテイル…!』。
頭の中で、あの無機質の、途切れ途切れの声が警告する。
『ヤツラハ… オマエノ… チカラヲ… シッテイル…!』。
知っている…?
なぜ?
どうして?
彼らは一体、何者なの?
古の契約の番人?
執行者たちは、完璧な連携で、あたしたちをじりじりと追い詰めていく。
一人が攻撃し、あたしが防御すると、別の方向から別の個体が襲いかかる。
まるで、一つの頭脳によって統率されているみたいだ。
前後左右から、青白い光の武器が迫ってくる。
網にかかった蝶みたいに、逃げ場がなくなっていく。
まずい。 避けきれない…!
その時だった。
あたしの左目が、また、これまでとは違う、もっと体の奥深くから込み上げてくるような、激しい疼きに襲われた。
ズキン、ズキン、と脈打つたびに、視界が赤く染まる。
そして、突然、あたしの脳裏に、あの光景が、雷に打たれたみたいに、鮮明にフラッシュバックした。
――薄暗い、どこかの研究施設。
壁一面に並ぶ、緑色の不気味な液体で満たされた、ガラスの筒。
その中には、たくさんの、たくさんの人々が、何も身につけず、管に繋がれて、まるで深い眠りについているかのように浮かんでいる。
そして、その中の一つ。
あたしは、彼女を見た。
あたしと、全く同じ顔をした少女。
ただ、その瞳は虚ろで、何も映していない。
まるで、魂が抜けてしまった人形のようだ。
そして、彼女の左目にも、あたしと同じ、複雑な紋様が、淡く、赤く、光っている…――
「うっ…! あ…っ! あたまが…!」。
あまりにも鮮明すぎる映像と、それに伴う激しい頭痛。 あたしの意識が、一瞬、完全に飛んだ。
その、ほんの一瞬の隙。 一体の執行者の武器が、あたしの左腕を、今度は深く、抉るように捉えた。
「がああああっ!」。
肉が焼け、骨にまで達するような激痛。 立っていられない。 あたしは、地面に膝をつき、崩れ落ちた。
「しまっ…!」。
あたしの無防備な背中に、別の執行者が、冷たい光の武器を振り上げ、とどめを刺そうと迫る。
「やめろぉぉぉ!」。
キオが、砕けた剣の柄を投げつけ、必死にそれを防ごうと前に出る。
けれど、そんなもので、止められるはずがない。
もう、だめだ――。
あたしは、迫り来る死を覚悟した。
その、瞬間だった。
あたしの左目の疼きが、頂点に達した。
そして、頭の中で、声が、まるで世界そのものが叫んでいるかのように、轟いた。 頭の中に響く、あの無機質の、途切れ途切れの声だ。
『メザメロ! ソノミニ… ヤドル… フルキ… タマシイヨ!』。
次の瞬間。
あたしの体から、あたしの意志とは全く関係なく、制御できないほどの、途方もなく強大な力が、奔流となって溢れ出した。
それは、もう、光じゃない。 黒い。 渦巻くような、全てを飲み込み、全てを破壊するような、禍々しいエネルギーの奔流。
まるで、あたしの中にずっと潜んでいた、恐ろしい獣が、ついに檻を破って解き放たれたかのようだ。
左目の下の痣のような模様が、黒く、ドクンドクンと、激しく脈打っている。
「グオオオオォォォォォォ…!!!!」。
あたしの喉から、自分のものではないような、獣じみた、怒りと悲しみに満ちた咆哮が漏れた。
黒いエネルギーは、周囲の空間を、まるで蜃気楼のように歪ませ、執行者たちを、 あっという間に飲み込んでいく。
彼らの頑丈な金属の装甲が、悲鳴のような軋む音を立てて、飴細工のように砕け散る。
青白い光の武器も、その禍々しいエネルギーに触れた途端、塵のように掻き消えていく。
あっという間に五体の執行者は、抵抗する暇もなく、その存在ごと、跡形もなく消滅していた。
広場には、静寂が戻った。
いや、静寂じゃない。
中央の岩が奏でる、高く澄んだ笛の音と、そして、まだ渦巻く黒いエネルギーの中心で、肩で荒い息をつきながら立ち尽くす、あたしの呼吸音だけが、不気味に響いていた。
「…なんだ、今の力は… お前… いったい…」。
キオが、恐る恐る、といった感じで近づいてきた。
彼の声は、震えていた。
あたしの体を支えようとする手も、触れるのをためらっているのが、痛いほどわかった。
彼の目に映るあたしは、もう、仲間なんかじゃない。
ただの、いつ暴走するかわからない、恐ろしくて、得体の知れない「何か」なのだ。
その事実が、あたしの心を、冷たく、そして深く、抉った。
あたしは、ふらつきながら、広場の中央にある、穴の開いた大きな岩を見た。 風が、その穴を通り抜け、相変わらず高く、澄んだ、物悲しい音色を奏でている。
まるで、今ここで起こった惨劇も、破壊も、あたしの絶望も、何もかも、この山の悠久の時に比べれば、些細な出来事に過ぎない、とでも言うように。
でも、確かに何かが、決定的に変わってしまった。
あたしの中で。
そして、あたしとキオの間にあった、か細いけれど確かに存在したはずの、繋がりも。
あの黒い力の奔流は、一体何だったのか。
そして、『目覚め』とは、この恐ろしい力の覚醒のことだったのだろうか。
だとしたら、あたしは、これからどうなってしまうのだろう。
あたしは、もう、「あたし」ではいられなくなってしまうのだろうか。
あたしは、キオのぎこちない支えを受けながら、岩に刻まれた老女のメッセージを、もう一度、力なく見つめた。
『ヒトミ… チカラ… ネラワレ…』。
敵は、この力を狙っている。 そして、あたしは、この力の正体も、制御する方法も、まだ何も知らない。
それどころか、この力は、あたし自身をも、あたしの大切な繋がりをも、容赦なく壊してしまうのかもしれない。
風呼びの山の奥深くへと続く道は、まだ続いているはずだ。
老女は、この先にいるのだろうか。
そして、そこには、どんな真実が待っているのだろうか。
深い不安と、キオとの間に生まれてしまった、見えないけれど決定的な溝を感じながら、あたしは、ただ、立ち尽くすことしかできなかった。
笛の音だけが、虚しく響いていた。




