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女神様のためのおいしい料理帖  作者: 小達出みかん


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まぐろ角煮、たらこ、いくら

「お待たせしました!おにぎりの具は何にしますか?」

 賑やかな広場を背に、子どもづれの女性はメニュー表を一瞬見て、迷った。

「まぐろ角煮にしようかなぁ。いくらもいいかも」

 手をつないだ子どもたちが、口をはさむ。

「ぼく、たらこがいい!」

「わたしはパンのほうがいいなぁ」

 はいはい、と希望を聞きつつ、おにぎりの袋をもってお母さんと子どもたちは音楽と紙吹雪の舞う広場の中心へと消えていった。

キッチンカーかまどは今日、地元の食材をテーマにした大きなグルメイベントに出店していた。次々とお客さんの相手をしながら、飛ぶようにおにぎりは売れていった。あと少しでぜんぶ売り切れるな……。徹がちらりと残りを確認したその時、見知った声が徹を呼んだ。

「三笠くん!お疲れ様」

 まるで太陽の日差しのような、明るい笑顔。徹は懐かしい顔を思い出して、思わず彼女の顔をじっと見つめてしまった。

「ん?どうした?」

 すると西野さんはすっと徹に顔を近づけた。長い睫毛。柔軟剤の自然な甘さがふわっと香る。

 ――そうだ、目の前にいるのは徹と同じ、大人の女の人。そう意識して、かっと頬が熱くなる。

「な、なんでもないです!西野さん、ありがとうございます」

 徹は礼を言った。今日イベントに出ると言っていたので、遊びに来てくれたのだろう。

「ご注文は?」

 しかし彼女は後ろの列と、いつもよりものが散乱しているカウンターを見て、ひょいとキッチンカーに乗り込んできた。

「大変そうだから手伝うよ!」

「え!? でも」

 悪いし……と言いかけた徹に、彼女はにかっと笑った。

「いつもお世話になってるし! それに私、学生の時は居酒屋で働いてたんだ」

「そっか……正直ありがたい」

 彼女がてきぱき働いてくれたおかげで、列はすぐにさばけるようになった。そして昼前にとうとうおにぎりがなくなり、店の前から列は消えた。

(……ふう、ひと段落かな)

 お昼のピークが過ぎ、徹はペットボトルのお茶を彼女に渡し、手に一息ついた。

「ありがとう。助かったよ」

「なんのなんの。それより、人気だね、かまどのおにぎり!」

 屈託ない笑顔に、徹もつられて笑う。行列はイベントのおかげだろう。けれど、いままで見た事のあるお客さんの顔もあった。わざわざ顔を出してくれたのだ。それに隣に彼女がいて――なんだかとても、充足した気持ちだった。

「イベントに来たかいがあったな」

 この小さなお店を開いてから、ちょうど2か月ほどたった。ありがたいことに、リピーターさんは増え続けている。

 十種類以上のおにぎりのメニューに、つけあわせの魚介スープ、そしてドリンク類。これだけの小規模なお店だが、おにぎりの具にはこだわっている。値段も内容もコンビニに負けないように、バラエティに富んでいておいしいものをと。

 どんな具なら、人気が出るだろうか。次はあんなアイディアを試してみようか。おにぎりという限られたシンプルなメニューの中で全力で創意工夫を尽くすのは、今までの大きな料理たちと違って純粋な楽しさがあった。

(それに、この形態なら、今の所俺ひとりで回せるし……)

 自分一人で、食材の仕入れから最終チェックまで行える。だから以前のようなミスが起きないよう、万全に対策できるのだ。しかしそれを考えて、徹はふっと苦笑した。

(いい加減、忘れないと。ずっと一生、一人でやっていくわけじゃないんだから)

 いずれは誰かと仕事をすることもあるかもしれない。今日だって、飛び入りだけれど人に手伝ってもらったのだから。

(いやいやでも、たった2か月でちょっと浮かれすぎだな)

 そう思いながら首を振ったその時、売り場から声がかけられた。

「……すみません、ちょっといいですか?」

 声をかけられて、徹は反射的に言っていた。 

「申し訳ありません、今日はもう売り切れてしまって」

「いえ! 我々新聞社の者で!取材をお願いしたくて」

 見ると、カメラを持ったスタッフと思しき男性ふた人組が居た。

「パンフレットを見てきました。こちらの店主さんは、面白い経歴をお持ちだそうで、ぜひ取材させてもらいませんか」

「全国誌、ですか……」

 差し出された名刺に書かれていた社名は、誰もが知る新聞社のものだった。お店の宣伝になるのはありがたいが、徹は少しためらった。もといた店や、迷惑をかけたお客さんの事が頭に浮かぶ。

(俺が新聞なんかに載っているのを見られたら……不快に思わないだろうか)

 あんな迷惑をかけたくせに、一丁前に店なんて持って。そう思われたら……。そんな不安が、胸の中に沸き起こる。その時。

「受けてみたらどうかな?」

 西野さんがこそっと耳打ちする。

「だって……かまどのおにぎり、美味しいし。みんなに知ってほしいなぁ」

 その言葉に、徹はぐっと胸をつかれたような気持ちになった。

(そうだ。俺は今は、『おにぎり屋』なんだ……!)

 どこに出しても恥ずかしくない、自慢のおにぎりを作っているつもりだ。その事は嘘じゃない。徹は売り切れたおにぎりのケースを見た。

(過去の事と、このおにぎりは関係ない。引きずってチャンスを逃したら、おにぎりにも、島での経験にも――失礼じゃないか)

 これからも、いろんな人を料理で救ってあげてほしい――かまど神のそう言った時の声が、徹の中によみがえる。

 胸を張って、これからは自分の料理を出していきたい。徹は顔を上げた。

「はい、ぜひ受けさせてください!」


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