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女神様のためのおいしい料理帖  作者: 小達出みかん


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ちゃらちゃらしたキッチンカー

◇◇◇



『元・高級料亭の料理人が始めた地元の「おにぎり屋」さん』

 スマホでニュースを流し見していたら、ふとそんなタイトルが目について、五十嵐は記事を開いた。いかにも今風でこじゃれたおにぎりの乗った皿に、流行りのキッチンカー。五十嵐はふんと鼻で笑った。

(高級料亭っていったって、どうせ『風雲』よりは下だろ)

 それに、料亭には弟子が大勢いる。だから一日勤めて辞めたような奴でも『元・高級料亭の料理人』と名乗れる。くっくっと五十嵐の口から笑いが漏れる。

(だったら俺だって名乗れるよなぁ。何年も居たんだから)

 どんな弟子たちより、口も手も回る自信があった。それに、汚れ仕事もいとわなかった。親方がやれと言えば、どんな事でもやった。

 だから生意気なあの新人を辞めさせろと言われれば、そうした。

(もともとムカつく奴だったしな)

 自分とそう年が変わらないのに、いきなり煮方として『風雲』にやってきた。それだけでもこちらは気にくわない。その上。

(なんだろうなぁ、虫が好かないっていうか、根っから合わない、っていうか)

 朝、一番に出勤して他の弟子たちと掃除に励んでいる所も。『おはようございます!』と会えば元気に挨拶してくる所も。とにかく鬱陶しかった。

(自分、いい奴ですよーってあのアピール。うざかったなぁ)

 しかし、若くて綺麗なツラと溌剌とした様子は、客やほかの料理人たちには評判が良かった。しかしそれを見て、親方は危機感を覚えたのだろう。この青年とその背後にいるレジェンド、保元師匠に『風雲』を乗っ取られ、自分の居場所がなくなるのではないかと。そして、三笠徹の追い出し作戦が始まった。

 しかし、親方に怒鳴られても、胸倉をつかまれても、三笠は落ち込みも反抗もせずに仕事に当たっていた。材料を腐らせても、道具を捨てられても、怒ることもせず、ただ淡々と仕事に当たっていた。その姿を見て、五十嵐は激しく苛立った。

(なんだよ……せっかく泣き言を言う所が見れると思ったのに)

 溌剌としたその笑顔を引きはがされて、苦しめばいい。そう思ったのに、ただ三笠はもくもくといっしんに仕事をしていた。なぜ、泣きごとの一つも言わないのか。抵抗しないでされるがままに仕事をこなしているのか。そう考えて、ふと気が付いた。

(そうか……こいつはまだ『いい子ちゃん』でいたいんだ。そうしていれば、いつか報われるって信じているんだ)

 少年漫画の主人公のように、努力すれば夢は叶う。頑張っていれば、かならずどこかで見てくれる人はいる。そんな甘っちょろい考えをまだ持っているに違いない。

 そう気が付いた瞬間、五十嵐の胸の中に黒々と醜い炎が燃え上がったのがわかった。

(そうか、そうかそうか――お綺麗で立派なことだ!)

 それなら、三笠徹。この自分が、あんたに教えてやろう。

 世の中、頑張っていれば報われる? どんなにつらくても、努力は裏切らない?

 ―――そんなことは、真っ赤な嘘だってことを。

 しかし、親方の執拗ないびりにも負けず確実に仕事をこなす徹に、弟子たちの人望は傾き始めていた。そんな中、どうすればあいつを絶望させられるか、五十嵐は考えた。

(親方のやり方もまずかったけど……あれじゃああいつに人気が集まるのも当然だ。俺は手段をえらばないで、やる)

 料亭は、あくまで料理を出すのが仕事。親方も、客に被害が及ぶほどのいやがらせは控えていた。それで徹に対する暴力や嫌がらせが主流だったのだが、それではもう、効果がないどころかこちらの首が締まることになる。

(人から見える場所でいじめればいじめるほど、こっちが悪者になる)

 ならば、その逆をすればいい。人から見えない場所で、三笠徹のほうが悪者になるよう細工する。

(そうだ、俺は手段を選ばない。あいつを追い出しすためならなんだってやる)

 ――そこで一計を講じ、アレルギーの客を利用し、三笠徹をお客様を死なせかけた料理人へと仕立て上げた。面白いほど予測通りに事が点々と転び、三笠徹はその罪をかぶり、風雲から出て行った。五十嵐は内心で快哉を叫んだ。

(はは! すごいじゃん、俺ってばさぁ!)

 何よりうれしかったのは、三笠徹を風雲から追い出したその事ではない。

あいつの顔から、自分を信じる希望を、溌剌とした笑顔を奪ってやったこと。

(あいつ――俺がやったって気づいていたのに、言わなかったな!)

 もう、告発する気力も残っていなかったのだろう。この事件の起こったあと、彼の目はまさに死んだ魚のようになっていた。

(ぽっきり心が折れた、ってとこだな。俺たちの今までの嫌がらせ……効いてなかったと思っていたけど、じわじわ効いてたんだ)

 忍耐は、いつまでもは続かない。つもりつもった辛さが、とうとう今回の事で限界を迎えたに違いない。

(はははは!ざまぁみろ!もう包丁も握れないだろうよ、二度と戻ってくるな!)

 そう思いながら、出て行く彼を見送った。これでしばらくは親方の天下だろう。しかし、その数日後。

「ちくしょうめ! あのじじい、また弟子たちをねじ込んできやがった!」

 親方が、怒り狂ってバンと調理台を叩く。親方の天下はたった一週間だった。次に送り込まれた直弟子は、徹とは違って年を食った切れ者だった。しかも、子飼いの孫弟子も連れていた。こうなると、親方もうかつには殴れない。

 となると、当然五十嵐の出番だ。まずは孫弟子から弱らせていこうとちょっとした嫌がらせをくりかえした。この風雲での信用が落ちるように、道具をなくしたかのように隠したり、わざとお客に出す皿をちょろまかすとか、その程度の事で様子を見た。しかし彼らはがっちり連携していて、そのミスはすぐさまカバーされて、問題になる事はなかった。

 それを、『嫌がらせが効いていない』と判断した五十嵐は、さらに嫌がらせの手を増やした。

――それが記録されているとも知らずに。

 数か月たったある日、五十嵐と親方はオーナーの部屋に呼ばれた。

「悪いが、この料亭に、営業妨害を行う従業員は要らない。五十嵐、お前は今日で懲戒解雇だ」

「ちょっ……と、待ってくださいよ。俺が何をしたって言うんですが。真面目にずっと、働いてきたじゃないですか」

 名指しでそう告げられ、さすがに動揺した。しかしオーナーの脇に控えている直弟子が、五十嵐の抵抗を封じた。

「真面目にずっと? どの口が言うんだか」

 オーナーははぁとため息をついて、書類をさっと机の上に広げた。そこには様々な写真が印刷されていた。営業の終わった厨房で道具や皿に細工をする自分の無数の姿が……。

「証拠はこれだけじゃない。録音もある。他の料理人の証言もな。まったく、困った事をしてくれたものだね。天下の『風雲』にコソ泥ネズミが紛れ込んでいたとは、品格が下がるというものだ」

 その瞬間、五十嵐は気が付いた。してやられたんだ。ハメてやるとおもっていたのに、こっちのほうがハメられていたんだ。五十嵐は言葉に詰まった。しかしそこで親方が叫んだ。

「待ってくださいオーナー! たしかにコイツのした事は悪い事かもしれない。でも仕方なかったんだ!この料亭が乗っ取られるから――」

 しかしオーナーはにべもなく言った。

「そして君ね、コソ泥を監督してここまでの害を料亭にもたらした。もちろん懲戒処分だよ」

 その瞬間、親方は手のひらを華麗に返した。

「違います! 俺は命令なんてしてない! こいつの独断でやったことだ、俺は関係ない!」

 五十嵐はぐっと詰まった。反論したかったが――無意味なことだと、こうなった時点でわかってもいた。

 親方はそういう人間だ。損得で弟子を利用し、五十嵐もまた、弟子として親方を尊敬などしてはいなかった。ただ、人脈とその看板を利用しただけだ。純粋な料理の話など、した事もない。それはお互い、わかっていた。

 だから今更、本当の師匠が弟子を庇うように助けてくれなど、求めるのは話が違う。

それに本当に師匠たる人間ならば――そもそも自分が店に居残るために、弟子に汚い工作を命じたりなどしないだろう。本当の師弟関係というのは、おそらく……。俺は目線を上げた。厳しい目で俺たちを見る、保元師匠が送り込んできた直弟子と目が合う。保元師匠は徹が店を追い出され、そのまま消えてしまったのを目の当たりにして、この切れ者の直弟子を寄こしたのだ。目をかけていた弟子・徹がなぜ店を追い出されなければいけなかったのか。その真相を暴くために。

(そうだ……俺は違う。こいつらとは)

 まっとうな努力。指先に込める日々の仕事。そういった事に全力を使わず、他の事でのし上がろうとした。馬鹿正直に努力ばかりしている徹たちをあざ笑っていた。この世の中、正直者がバカを見ると知っていたから。

 でも、本当にそうなのか? その疑問が、ふと胸の中に沸き起こる。

(今……俺の方が店を追い出されて、バカを見てるじゃないか!)

 しかし五十嵐は、そこで無理やりに考えるのを中断した。

 追い出されて、もう数か月。何もやる気がおこらずだらだらと無為に過ごしていると、頭の中は簡単に怒りと恨みに支配されそうになる。

(やめやめ――。済んだ事に執着したって意味はない。俺はただ、今回はちょっとしくじっただけだ)

 そう、あの徹を追い出して、少し調子に乗って気を抜いてしまったのだ。だからあの直弟子の男の罠にひっかかった。

(俺は悪くない、無能なんかじゃない。なんてったって、あいつを再起不能にしてやった。そう、次は気をつけてやればいい)

 自分も無職になったが、あのいけ好かない三笠の同じように無職な上に、心をへし折ってやった。あいつは今、自分よりも遥かに下にいる。しんどくなった時はその事実を思い出して、五十嵐は自分を保っていた。

 そろそろ貯金も底をつく。自分も何か次の仕事にありつかなくては。そうぼんやりと思いながら、スマホで先ほどの記事をスクロールする。

 創意工夫をこらした、さまざまの具の入ったおにぎり。出汁にこだわった魚介スープ。どれもありきたりすぎて反吐が出る。

(これで店を名乗れるとか、甘い場所だな田舎は……)

ちゃらちゃらした色のキッチンカーも、その前に立つ笑顔の店主も気に喰わない。

(隣に女……ふーん、夫婦でやってますってか。来年には潰れてそーな店なのにね。年はいくつくらいだ?)

 そうせせら笑いながら、いけすかない笑みをうかべる店主の顔を拡大したその時、五十嵐の笑いは凍った。

(……は!?嘘だろ、こいつ……)

 その店主は、五十嵐が二度と包丁を握れなくなるまでに貶めたはずの、三笠徹だった。思わず口から、驚きの声が漏れる。

「何で? 何でお前なんかが、店、持ってんだ」

 何で、笑顔で女を従えて、こんな写真に乗ってるんだ?

 お前はもう、笑えなくなった、はずだろ……?

 心臓が痛いほどに脈を打つ。記事を見る指先がわずかに震える。その体に走る感情は、純粋な『怒り』だった。

(ふざっけんじゃねぇ!)

 ――何で、俺より不幸にしたはずのお前が、今そんな風に、幸せそうに笑っているんだ。

 許せない。

 瞬間的な怒りの感情ほと、強いものはない。理屈も理性も越えたその怨念が、やる気の抜けていた五十嵐の身体を突き動かす。ばさりと布団を押しのけて、五十嵐は一人暗い部屋で立ち上がった。


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