犬ではありません
明日10時頃更新予定です。
ランドルフは、ケニア邸を目指して馬車を走らせていた。ケニアを思うと少し鼓動が早くなっている。
ケニア邸の玄関先には、既に馬車が用意されていた。
喧騒が聞こえて来ると扉が開いた。そこには簡素な装いのケニアが居た。ケニアの手はしっかりとルーベンスが持っていて、エスコートを当たり前のようにしている。
その光景を見ていたランドルフは胸がチクリと痛んだ。
「ケニア。」
ランドルフは初めてケニアの名前を呼んだ。そこにいた使用人達も驚き目を瞠った。
「朝には知らなかった名前を呼べるようになるとは驚きですね。」
「うん。僕にエールを送ってくれた人が、教えてくれたんだ。
「その人物を是非とも知りたいですね。」
「ダメだよ。僕をひっそりと応援してくれているんだから。彼を失ったら、僕の味方はいなくなってしまうからね。」
ランドルフは口元に人差し指を立てて、内緒を示す。その仕草にルーベンスは若干の苛立ちを覚えるが、表情には全く出さなかった。
「ランドルフ様私たちこれから商会へ行かなければなりません。」
「知っているよ。だから来たんだから。僕が護衛しようと思って。」
(((((護衛!?)))))
全員が心の中で思った。女にしか目がいかなかったここ数年誰もランドルフの剣術の腕を信用していなかった。
「僕、剣術は上手かったよ。昔は。」
(((((でしょうね。)))))
そう昔ではあっても今ではない。ランドルフ以外の皆がそう思った。
「ほら、よく言うでしょ。昔取った杵柄って。」
それは、剣術においては、鍛錬中であれば、使われることもあるかも知れないが、実践なる護衛では、無理な話だった。これが、大人であったのなら、まだ解らなくもないが、ルーベンスが放棄をしたのは、12歳のデビュタントの時であり、子供の剣術と大人の剣術では全く意味合いが違う。
「・・・・・・・」
ケニアは思案し始める。
「僕は置いて行かれるの?」
一瞬ランドルフの頭とお尻の当たりに犬の耳やしっぽが見えた。勿論幻覚のはずではあるが、先程までピンと立っていた耳が、下を向き勢いよく左右に振られていた尻尾も下を向いている。
(これは、おいて行ってはいけない奴だわ。動物虐待は良くないわ。)
グレイハウンドの余殃な軍用犬のシュンとした姿にしか見えなくなっているケニアは、心が痛んだ。
「一緒に参りましょう。ランドルフ様。その代わり邪魔はしないで大人しくしていて下さいませね。」
「ダメだよ。ケニア!」
ルーベンスがキツイ口調で叫んだ。ケニアはルーベンスを困った顔で見上げる。
「だって・・・・可哀想だわ。こんな子をお留守番にするなんて。」
ケニアの中ではランドルフは人間認定ではなく犬認定になっていた。犬を保護しようとしている幼い子になってしまっている。なんとなくルーベンスは察した。
「彼は人間だよ」
「知っているもの!」
ルーベンスは、眉間に皺を作りながら瞼を強く閉じた。
(一時だ。一時辛抱すればいいんだ。)
ルーベンスは何度も自分に言い聞かせた。
「解った。一緒に行こう。ランドルフ殿、邪魔はしないで下さいね。」
「勿論。そんなことはしないよ。」
ランドルフは、嬉しそうにケニアに手を差し出した。それを見たルーベンスは一瞬ケニアの手を強く握った。しかし、ケニアは全く気にしないで、ルーベンスの手を離して、ランドルフの手を取った。今はもうケニアには犬にしか見えていないランドルフが手を出してくれば、お手をしたい犬にしか見えていない。しかし、ルーベンスにはしっかりと人にしか映っていないから、ずっとケニアをエスコートしてきたルーベンスからしたら、苦々しい気持ちを抱いてしまう。
「お兄様早く行きましょう。」
ケニアに促されて、ルーベンスは自分の気持ちを隠して笑顔でケニアに応答した。
☆☆☆
馬車の中は、ルーベンスにとっては居た堪れない空間となった。
ケニアは、ランドルフを犬扱いをして、無言で手を差し出して、解らないランドルフは、出された掌の上に自分の手をポンと置く。置いてくれると、頭を撫でで今度は逆の手を求める。同じように手を乗せると、手の甲を撫でる。
「可愛い。」
ぼそりとケニアが呟くと、ランドルフは、笑顔でケニアの頭を撫でる。
「ケニア。間違えちゃダメだよ。」
「間違えてなんか無いもの!可愛いは正義だもの!」
可愛いは正義と言っている時点で間違えていることには気が付かない。ケニアの中で犬とかしたランドルフは、
「ケニアの名前を呼べて、こんなに近くにいることが出来るなんて奇跡だね。」
「最高だわ。一生面倒見られるわ。」
「絶対にダメ!」
ルーベンスは、強く反発した。その声にケニアは頬を膨らませた。
「お兄様、酷い。」
「酷くはないよ。酷いのはケニアの方だよ。」
車窓から外を見て、現在地を把握すると
「そろそろ商会に着くよ。その手を離そうね。ケニア。皆が勘違いしてしまうから。いつものように降りたら僕の手を取りなさい。」
ケニアはランドルフの顔を見てからルーベンスに視線を戻して、
「ダメ?」
と哀願するがルーベンスは冷たく言い放った。
「此処ではだめだよ。いう事を聞けるよね。ケニア。」
ケニアは俯き少し考えてから、頷いた。
ランドルフは、ルーベンスに
「僕じゃダメなの?」
と不思議そうに問いかけた。
「ダメに決まっているでしょう。貴方は元夫なんですよ。人の目ってものがあるんですよ。これ以上ケニアを世間の目にさらさないで下さい。」
「僕のせいでごめんね。」
「大丈夫よ。気にしちゃだめよ。」
ランドルフを人とは見られなくなってしまっているケニアは、犬の耳と尻尾を付けたグレートハウンドもどきを庇ってしまう。
「申し訳ないが、気にして欲しい。」
ルーベンスはケニアの言葉を潰した。
「これから僕変わるからね。見ていてね。」
「お手。」
ケニアは、嬉しくなって、ついつい思っていたことが言葉に出てしまった。
ランドルフは、喜んで出された掌に自分の手を置いた。
ケニアのついついでてしまった言葉に、ルーベンスは大きな溜息を吐いた。
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