都市最強格との試合
「……学園長の友人ですか?」
「もしかして、昔の小隊仲間だったって言う?」
「じゃあ学園でも最強格だった人じゃない? 凄い強そうだけど……」
「あー、まあ……自警団の序列百位前後なんてそんなんばっかだし、私そう大層なもんじゃないよ?」
生徒たちの評価に少し照れながら謙遜した様子を見せる美玲。
その他多くの団員たち同様に非番であったはずの彼女が何故ここにいるのかという経緯については、華蓮に原因があった。
「本当は私も休みだったんだけどねぇ。ちょっと用があって瑠衣さんに呼び出されてた帰りに、珍しく本部内を彷徨いてる華蓮さんと遭遇しちゃって」
「どうせ暇だろうから引っ張ってきた」
遠い目をする美玲の隣で、華蓮が得意げに鼻を鳴らし、将真たちはつい美玲に同情してしまった。
ちなみに捕まった時は団服だったようだが、今はハイネックのインナーに袖と裾を曲げたジャージ姿という、ラフで動きやすいがこの時期では寒そうな格好をしていた。
寒そう、と言うだけなら将真たちも制服姿だから大差は無いし、恐らく耐寒機能くらいは付与された服装なのだろうが。
「じゃあ早速だが美玲。お前、こいつらの相手をしてやってくれ。手始めに将真とリンと莉緒の三人な」
「……いや、流石に無理ですけど?」
いきなりの華蓮の言葉に一瞬理解が及ばず目を見開く美玲は、理解が追いつくと同時にその無茶ぶりに顔を顰める。
「なんだ。そのくらいお前なら出来ると思ったんだがな」
「無理ですってぇ。莉緒がいるのに三人まとめて相手にするとか……」
美玲の言う通り、特に厄介なのが莉緒だ。
彼女の速さは最速なら都市でもトップを争うほどのもので、それは同学年の虎生でも同じ事だが、二人の速さの質は実の所別物だ。
虎生は魔法によって高速で自分の体を飛ばしているに過ぎない__言うなれば、移動が速い、と言うだけの事だ。
莉緒より速度は上だが、彼女同様、或いはそれ以上に魔力量が多い訳では無い為、短期決戦出なければ勝率が落ちる。
その上軌道が直線で読みやすく、慣れている者ならばその動きに対応出来ないでもない。
まあ普通は速すぎてとても捉えられたものでは無いのだが。
対する莉緒は身体能力にものを言わせた疾走による速度__端的に言えば凄まじく足が速い、という事だ。
虎生同様に速すぎるため、捉えるのは困難で尚且つ、彼女の場合はある程度軌道を変えられる上に緩急もつけられる。
虎生との違いは最速の速さと、身体能力によるものであるが故に、無茶をすると魔力以上に体力の消耗が激しい事だ。
そして今回の場合、美玲が渋い顔をしているのは莉緒の自由の効く速さが大きい。
「しかも最近成長が著しい将真に、魔戦師としての能力は低下気味でも身体能力は目覚しく伸びているリン……相手になるかどうかすらわかんないんだけど?」
「てかそもそも、俺の魔道具の使い勝手確かめる為の立ち会いなんですよね? 三人で向かってくのは如何なもんです?」
「どうせ試すなら実戦形式の方がいいだろう。タダでさえお前たちはこういう状況に遭いやすいんだからな」
「それを言われると何とも……」
華蓮の指摘通り、将真たちは想定外の事態に遭遇することが多い。
それも、単騎でずば抜けた戦闘能力を持つような敵と。
その点を考えれば確かに効果的ではあるだろう。
とは言え、いくら優秀と言えど流石に一団員がそれほどの脅威に並ぶとも思えない。
本当にいいのだろうかと考えていると、脳内シュミレーションを終えたらしい遥樹が口を開く。
「……行けるんじゃないですか?」
「ねぇ、もしかしていつもの事根に持ってる?」
「まさか。でも、いつもの事を踏まえた上での意見ではありますよ」
「じゃあ決まりだな」
「ちょっとォ!」
あんまりだと言うように声を上げながら、次いで美玲は恨みがましい視線を遥樹に向けるが、彼は素知らぬ顔で視線を逸らした。
そのまま華蓮に続いて一同は観戦席へと退き、闘技場に残るは美玲と第一小隊の三人となった。
「……あぁもう、しょうがないなぁ。こうなったらやるだけやるよ」
「な、なんかすいません……」
「いいよ、君らは悪くないし、こっちもいい鍛錬になりそうだし。準備が終わったら教えてね。先手は譲ってあげる」
やれやれと言いたげな表情を浮かべ三人に背を向けると、少し歩いて距離を取り、そして再び振り返る。
腕を組んでハミングまでする、油断しきった余裕の立ち姿だ。
「……どうする? いっそ奇襲する?」
「いやぁ、あんな分かりやすいと罠にしか思えないんスけどねぇ……」
「でも準備終わったら教えろっつったよな? 想定してないんじゃねーの?」
『うーん……』
奇襲もありなら、やはり一番可能性があるのは莉緒だろう。
あれだけ分かりやすく気を抜いているなら、莉緒の速度に反応できるとは思えない。
奇襲が成功してしまった場合、将真の魔道具の試験は出来なくなるのだが__
「……試してみるッスか?」
いつの間にか手の内に生成していた短刀の柄を握り締め、莉緒は一瞬のうちに体を美玲へと向け、踏み込む足に力を込める。
その直後、背筋を悪寒が走り、莉緒の足がピタリと止まった。
「……どした?」
「……流石に高位序列なだけあるッスね。あんな様子でもめっちゃ奇襲警戒してるッス。突っ込んだら止められるッスね多分」
「……お前の速さで? マジで言ってる?」
「大マジッスよ」
実際、奇襲をかけるとなれば攻撃ルートは限られる。
そうなれば結局虎生と余り変わらず、分かりきった奇襲は奇襲たり得ない。
どころか、自ら隙を晒し反撃を許す事にも繋がりかねないのだ。
そして気づいていたぞとでも言うように、美玲が口元に手を添えて声を上げる。
「おっ、良く踏みとどまったねぇ。そのまま突っ込んできてくれたら楽だったんだけどなぁー?」
「おっかねーな……」
「莉緒ちゃん、どうしよっか?」
「……こうなったら正々堂々、正面切って戦う方が正解ッスね」
諦めたように莉緒は両手を下ろして脱力すると、ゆっくりとその足を美玲に向けて進める。
莉緒も勿論、奇襲への警戒は怠らない。
万が一気を抜いて近づこうものなら、今度は自分たちがやろうとしたことをやられるかもしれないからだ。
そして警戒が功を奏したか、ある程度の距離まで近づいて莉緒が足を止めるまで、美玲が動くことは無かった。
「もう準備できたの? 早いねぇ」
「準備するっても、心の準備くらいじゃないッスか。それじゃあ、行きますよ__」
二人の距離は数メートル程度。
その至近距離で莉緒は躊躇いなく踏み込む。
莉緒の速度でこの距離なら最早必中なのだから、躊躇いなど必要ないものだ。
そう考えていたのだが。
「シッ__!」
「__とぉっ!」
目で追えるような速さではなく、容易く止められるような威力でもない。
それにも拘わらず、何と美玲は腕と足を盾にして莉緒の攻撃を受け止めていた。
「うっそぉ!?」
「む……最速じゃないとはいえ、やっぱ挟むのは無理かぁ」
タダでさえ驚かされる光景だが、美玲の狙いはもっと信じ難いものでより驚きを露わにする莉緒。
かなり強力な身体強化だが、それでも莉緒の一撃を容易く受け止めるのは尋常ではない。
結果として隙を見せてしまった莉緒の襟元を鷲掴みにすると、美玲は腕を振り上げる。
魔戦師と言えど人一人を振り回すのは簡単では無いのだが、莉緒の足は地を離れ、容易く宙へと浮かされた。
「は……?」
「行くよぉ、そぉ__れぇ!」
そうして今度はグンッと強く引っ張られ、莉緒の体が勢いよく地面へと下降を始める。
(なんて腕力ッスか……叩きつけられる!)
予想を大きく超える美玲の強さに戦慄する莉緒。
だが、彼女の体が地面に叩きつけられることはなかった。
莉緒の体が下降を始めた瞬間、将真とリンが挟み込むように疾走してきていたからだ。
(チャンス!)
(やらせない!)
「__いいね」
それを見て美玲はニッと笑みを浮かべる。
そのまま構わず腕を振り下ろすが、その時にはいつの間にか莉緒の襟元から手を離していた。
(なら、これはどうかな?)
代わりに手に握っていたのは魔力の球体。
どうやら攻撃性があるものでは無いようだった。
莉緒の体の代わりに叩きつけられた魔力の球体は衝撃を伴い爆発し、すぐそばにいた莉緒と近づいていた二人を吹き飛ばす。
「くぉっ!」
「きゃ__」
「__あでっ!」
それでも地に足が着いていた将真とリンは滑るように後退出来たが、宙に浮いたまま地面に向かって慣性が働いていたところに丁度その反対側から衝撃に煽られた莉緒は、バランスを取り戻す事が出来ずに間抜けな姿で地面に落ちた。
「いったぁ……あっ、将真さんリンさん気をつけて!」
ぶつけた体を擦りながら、莉緒は美玲の狙いにいち早く気づいて声を上げる。
「これ、煙幕! 要警戒ッスよ!」
「なるほど道理で……」
ただ魔力球を地面にぶつけただけにしてはやけに煙が舞っていたが、その理由がわかって将真は徐に呟く。
そして煙の中のせいで分かりにくいが、将真の目の前に薄らと人影が現れていた。
「うおっ、こっち来た!?」
「そらっ!」
「あぶねッ!」
煙の中から飛んできた突き刺すような蹴りを、将真は紙一重で回避。
しかし残念ながら美玲の蹴りはそれで終わらなかった。
直線的に飛んできた蹴りが、急に薙ぐような軌道へと代わり、将真の頭を容赦なく蹴り飛ばす。
「ッ、あ、が……」
脳を揺さぶられ、将真の意識が遠のく。
莉緒も咄嗟に動けない中で美玲が躊躇なく将真を落としにかかる。
彼女の掌打が将真の鳩尾を狙い__唐突に煙が晴れて驚きに目を見開いた。
「お……?」
「__見えたァ!」
どうやらリンが風属性の魔法で煙を吹き飛ばしたらしく、そのまま半透明の大盾を前に突き出して突撃していく。
このまま掌打を放てば将真を倒せばするだろうが、リンの突撃は回避できない。
(……仕方ないなぁ)
追撃は諦めてその場で膝を曲げて離脱__但し大人しく退くつもりは無いようで、むしろ突っ込んでくるリンへと迎え撃つように飛び出していく。
「えっ!?」
「そぉ__れッ!」
驚くのも束の間、強烈な拳が盾を強く打ち付ける。
そのまま力負けしたリンが吹き飛ばされる所まで予想し、今度はリンへの追撃を準備しようとして__拳に伝わる重厚感に、美玲は顔を顰めた。
「……お? 思ったより、硬い……ッ」
力を込めても押し込めず、リンの盾に押し止められた美玲。
その隙をついて反撃を狙うリンの様子に気がついて、彼女は即座に飛んで後退する。
だが、その行為もまた隙を産む行為だった。
「__〈黒弾・五連〉」
最近使えるようになって、特に魔法名も決めていなかった魔属性の魔力球。
それを五つまとめて生成する。
「おぉ……やるね」
「……おぉ?」
その光景に感心したように呟く美玲。
そして生成した当の本人もまた、少し驚いた様子を見せていた。
とはいえその時間も長くはなく、将真は攻撃の意志を強く滲ませる視線を美玲へと向けた。
「__そら、飛んでけッ!」
将真の合図と共に、五つの魔球はそれぞれ少しタイミングをずらして美玲へと飛来する。
それも狙い違わず。
(……魔力球が大きくなった上にこの制御のしやすさは、なるほど。確かに性能上がってんなコレ!)
以前までなら魔力球の大きさは少し小さく、まとめて生成可能な個数五つを真っ当に制御するのは難しかった。
それが、威力に加えて制御力まで補強できたとなれば効果は実感しやすく、魔法を使う上での恩恵は非常に大きかった。
「これは厄介だなぁ……〈フレイムベール〉」
一方美玲は迫る魔力球を前に面倒臭そうに顔を顰めるが、慌てた様子もなく防御用の魔法を展開する。
(一枚だと危ないかな? 念の為五枚しっかり張っとこうか)
そうして五枚の炎の膜が美玲を包み込み、その膜へと黒い魔力球が直撃し、爆煙を伴い美玲の姿は完全に見えなくなってしまった。
「やったか……ってのは、言わない方がいいんだったか?」
そんな事をボヤきつつも警戒は怠らない。
おそらく無事だと想定し、美玲が脱出してきたのならば反撃してくるだろうからだ。
少し待つと、爆煙を突き破って何かが降ってくる。
何か、と言うよりは紛れもなく美玲だ。
どうやらダメージにはなったようで、服もかなりボロボロになっていた。
「__今度は手加減無しッスよ!」
そんな美玲の着地際を狙い、莉緒が足に力を込める。
普通に接近しただけでは反応されるとわかった以上、同じ轍は踏まない。
高速に反応されても、最速はまだ試していないのだから。
(とは言えいきなり最高速は無理……だから一つ手前の__)
「__〈日輪舞踏・七輪華〉!」
莉緒の足が地を離れ、残像を残すほどに凄まじい勢いで加速。
先程の通常攻撃とは訳が違う。
当然美玲は反応も出来ずに、その体に七連の斬撃を刻まれ__莉緒はギョッと目を剥いた。
(な、なんスか今の……手応えがあまりに軽すぎる)
驚きを露に、地を滑る用に着地して美玲へと視線を向ける。
その姿は原型を崩して揺らめいて__
「莉緒ナイス! ちょっとやり過ぎかもしれんけど__」
「ダメッス将真さん! まだ要警戒ッスよ__」
分身だと、莉緒はすぐに気がついた。
だが将真は気づけずに警戒を解いてしまった。
その僅かな差が決定的となり__隙をつかれた将真は、再び爆煙から現れた美玲に捕まり、リンの方へと投げ飛ばされた。
「おわっ!」
「ひゃっ、将真くん!?」
「二人とも、今行く__」
「おっと、余裕は与えないよ?」
将真とリンの方に気を取られた瞬間をついて、死角から一瞬で近づき莉緒を捕まえる__二人目の美玲。
(これも分身!? この人、魔力量も相当ッスね!)
「そぉれッ!」
「うぁっ!」
力任せに投げ飛ばされた莉緒は、今度は空中でバランスを取り戻しながら危ういところで将真とリンのそばに着地した。
その瞬間、足元に大きく魔法陣が展開される。
「……は?」
「え?」
「やっば……!」
理解が及ばず呆然とした声を漏らす将真とリンだったが、莉緒はここで美玲の狙いに気がついた。
(自分たちを一箇所にまとめたのはこの為ッスか……!)
展開された魔法陣は火属性の派生である爆属性であり、その規模は〈超級〉の魔法だ。
爆属性で〈超級〉の魔法に、莉緒は一つ心当たりがある。
猛は美玲と同じく爆属性を得意としながら、まだ〈超級〉を使えるには至らず、この魔法を元に改良した物をよく使う。
その元となった魔法。
「これで決める__〈大爆発〉!」
宙の爆煙が晴れて、美玲の姿が顕になる。
そう、彼女は将真の魔法から身を守って以降、ずっとその場を動いていなかった。
彼女の分身に翻弄され、狙い通りに動かされただけだったのだ。
そうして魔法は放たれる。
魔法陣は輝きを増し、すぐに視界を光で埋め尽くす。
その時間は一瞬で、呆気に取られた状態では莉緒でさえ最早離脱は不可能。
大きな爆発は闘技場に轟音を響かせ、その圧力に観戦席で見ていた他の面々は顔を覆うなりして防御の姿勢をとっていた。
「ふぅ……案外、どうにかなるもんだねぇ」
宙から降りて呑気に爆心地へと歩み寄る美玲。
その足取りに警戒は無い。
もう結果がハッキリとわかっていたからだ。
『きゅう……』
広範囲の爆発は全方位からの攻撃とほぼ同義で、せいぜい致命傷にならないように身を守るくらいしか出来なかった三人は、目を回してその場で気絶していた。
「……おしまいだな、とりあえずは」
観戦席の華蓮はボサついた髪を掻き揚げて呟くと、闘技場から身を乗り出して飛び降りる。
その様子を見て、一同も気絶した第一小隊の元へと駆け寄って行くのだった。




