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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
三章 魔王争奪人魔戦線
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九話「魔族侵攻」

 リンたちが魔物の群れを幾度か目撃していた頃。

 実は将真も同じような構成の群れを目撃していた。

 それも、一度や二度ではない。


「……オークにオーガまで混じってんのか。いちいち戦うのはちょっと面倒だな」


 低位魔族程度なら、慎重に戦えば多少群れたところで問題ないのだが、ここに龍種、更には魔法生命体ゴーレムまで加わっている。

 将真も数えられる程度だが、戦ったことがある。

 こちらは魔物という扱いだが、正直、そこらの低位魔族が群れるよりもよっぽど厄介だ。

 何せ、攻撃力も高く、ただでさえ頑丈だと言うのに、核を破壊しなければ無限に再生し続けるのだから。


 いちいち戦っていては体力が持たない。

 気配を押し殺し、将真は慎重に魔物の群れを避けて移動する。


(ただの群れじゃない。統率が取れた動きだ)


 正直、組織立って動く魔族や魔物の集団を何度も目にするという現状は不気味で仕方がない。

 何かが起きようとしているのか。

 だが、気になっても立ち止まる時間などない。

 頭を振って思考を切り替えると、将真は再び、行く宛てもない道を歩き始めた。




「……また群れだね」

「流石にこれはちょっと……」


 魔物の群れを見かけるようになった翌日。

 集団を見かける頻度が異様に増加し、不安に悩ましげな表情を浮かべる一同。

 〈贋作人形フェイカードール〉は発動中とはいえ、匂いや音まで完全に消せる訳では無いので、人間よりも鋭敏な感覚を持つ魔物や魔族相手では位置がバレる可能性もある。

 油断は禁物、警戒し過ぎるということもない。


 物陰から集団を注視していると、どうやら何かを話しているようで、それらしき鳴き声が聞こえるが、魔物に近い低位魔族の言葉は流石に誰も理解できない。


「……会話の内容さえ聞き取れれば、群れを頻繁に見かける訳が分かるかもしれないッスね」

「でもそんな事できるの?」

「一応手段はあるッスよ。美緒」

「ん、何すればいい?」


 莉緒に名指しされて、美緒は少し表情を引き締めて頷く。

 それを確認し、莉緒が指し示したのは、群れから離れて周囲を警戒する一体のゴブリンだ。


「あいつを、何とかしてここまで持って来れないッスかね? 体の一部でもいいんで」

「……もしかして、〈贋作人形フェイカードール〉で分身作るつもり? 魔族の分身作るなんて、体が危ないよ」


 魔族の魔力とはつまり魔属性だ。

 莉緒はそれを受け取ろうと言うのだから、美緒の心配は尤もであるが、莉緒は首を横に振る。


「ちょっとくらいなら大丈夫ッスよ。それに杞憂ならそれでいいんスけど、何か大変な事になってるかもしれない現状じゃあ、ちょっと無理するくらいはしないと……いてっ」

「あんま無理すんじゃないわよ」

「杏果さん、気遣いは有難いんスけど、頭叩かなくてもいいじゃないスか……?」


 軽く叩かれた頭を摩って抗議の視線を向けるも、杏果は何処吹く風だ。

 少々納得がいかない莉緒であったが、改めて美緒に耳打ちすると、莉緒にジト目を向けながらもゴブリンに向けて魔術を放つ。

 勘づかれないように気をつけながら冷気を漂わせ、十分にゴブリンを覆ったかと思うと、一瞬で相手を氷漬けにしてしまった。

 その光景に見惚れているのも束の間、そんな佳奈恵の肩を美緒が軽く叩く。


「佳奈恵。あれ、ここまで持ってきてくれる?」

「……え? 取って来いってこと?」

「そうじゃなくて、影魔法だよ」

「あ、あー、そっか。うん、了解」


 美緒に言われるまま、佳奈恵は魔導書を開いて魔法を発動させる。

 影魔法とは、光属性と闇属性を上手く調和させる事で使える混合魔法だ。

 だが、今ここにいる面子で同じ事が出来るとすれば静音だけ。

 複数の属性に高い適性を持つ魔術師がそもそも少なく、それ故に混合魔法の使い手は比例して数が少ないのだ。


 それでも、魔人であれば適性は関係ないのだが。


 佳奈恵が発動させたのは、対象を影の中に飲み込む魔法。

 今回の場合、影に沈んだ凍りついたゴブリンは、佳奈恵の影から取り出す事が可能だ。

 現に、自分の影の中に両手を突っ込む佳奈恵が、恐る恐る氷像と化したゴブリンを取り出す。


「はい、どうぞ」

「ん、ありがと」


 そして美緒はそれを徐に受け取り__首をへし折った。

 判断は間違っていない。

 氷漬けにしただけでは、場合によっては死んでいない場合もある。

 美緒の魔術は生半可な威力では無いものの、解凍しなければいけない以上は念には念を、というのは分かる。

 だが、あまりに唐突であった。


「ヒッ……」

「……美緒」

「ご、ごめんなさい……」


 凄惨な光景に小さく悲鳴をあげる佳奈恵。

 更には莉緒が、抗議の視線を向けつつ少し責めるような声音で名前を呼ぶものだから、美緒も思わず肩を縮こまらせて謝罪する。

 とはいえ、そんな事で時間を浪費する余裕はない。

 ゴブリンの亡骸が魔力で分解されて塵と化す前に解凍し、莉緒がその体に触れ魔力を徴収する。


「うっ……」


 やはり負荷は皆無とは言えず、苦痛に表情を歪めるも、それもそう長い間ではなかった。

 必要な分の魔力を取り込むと、すぐに〈贋作人形フェイカードール〉を発動し、ゴブリンの姿の分身を作り出す。


「よし、これで……」

「これをどうするの?」

「まあ見ててください」


 首を傾げるリンの口元に人差し指を当て、パチンと片目を閉じて笑みを見せる莉緒。

 何をするのかと思えば、莉緒はその分身体を群れの方へと放つ。

 そして、木の幹に背を預けると、目を伏せて手で耳を塞いで意識を集中させる。


「……まさか密偵? 連中の会話内容を聞いてるの?」

「うん、そうだと思う」


 杏果の驚いたような問い掛けに、美緒が静かに頷く。

 意識を集中させれば、分身体と感覚を共有できるというのは知っていたが、まさかこんな使い方があるとは思っていなかったのだ。

 暫く待っていると、莉緒が聞き覚えのない言語を小さくブツブツと呟き始める。

 そんな様子に、一同は少々不安を覚えるが、不意に莉緒の両眼が弾かれたように開かれ、スッと立ち上がった。

 一番近くにいたリンは、急なことに驚き、思わず尻餅を着く。


「……り、莉緒ちゃん?」

「ん? どうしたんスか?」

「い、いや、急に動き出すから……」

「あぁ、別に大したことはないッスよ」


 そんなリンの様子に、少し申し訳なさそうにしながら、莉緒は群れの方へと視線を向ける。

 視線の先では、急に魂が抜けたように動かない分身体を、怪訝そうな様子で見る魔族たちの姿が見て取れた。

 すると、不意に分身体の体が光を放ち__


「用は済んだので、さよならッス」


 分身体を中心に、爆発が発生した。


「ちょ、ちょっと莉緒!? 何してんの、居場所が割れちゃうでしょうが!」

「勿論承知の上ッスよ。それより、不味いことになったッス」

「今の状況より!?」

「そうッスよ。まあ、もっと早く気づけても良かったとは思いましたけど」


 莉緒の襟首を掴んで、杏果は容赦なくブンブンと振るが、殆ど動じていない。

 表情は真剣なもので、どうやら本当に不味い事態が起きているらしい。


「将真さんの内に魔王が宿っている。これが、向こう側にも知られている事を失念してたッス」

「……まあ、確かにそうだね」


 未だ興奮気味の杏果の隣で、静音が神妙な面持ちで頷く。

 あの時戦っていたランディは勿論倒せなかったし、オーバスも生きている可能性がまだある。

 そこから、魔族たちにも伝わっているのだ。


 魔王は、片桐将真の中に宿っているのだと。


 だが、伝わっているのはそれだけだ。

 魔術師の中に混じっていることだけは魔族たちにも理解出来ているが、個人を特定できていない。

 この軍勢は、〈日本都市〉に所属していると思わしき、片桐将真を炙り出す為のもの__なのだそうだ。


 尤も、将真は都市の外に出ているために、都市の中にはいない。

 だが、その数は無視できるものでは無い。

 更には、目的地が都市とはいえ、念の為とでも言うように、外でも探し回っているのだ。

 魔王軍の徒労で終わるとも言いきれず、安心には程遠い。


「今自分たちが都市に戻ったところで、迎撃の戦力としてカウントされるより前に捕縛されるのがオチッスからね。急ぎましょう」

「そう、だね。都市の方は心配だけど……」

「してもしょうがねーよ。向こうには今、戦力が固まってんだぞ。追い返せるだろうよ」

「……うん」


 不安は拭い切れないが、彼らの進む道は最早、将真に追いつくしかないのだ。

 そして先の発言通り、爆発音を聞いた他の魔術師たちがここを嗅ぎ付けるのもそう遠くはないだろう。


 彼らは周囲を警戒しながらも、足早にその場から移動を再開するのだった。




 そして都市側でも、事態は動き出していた。


 前日から確認され始めていた魔物の群れが都市を囲って、その数は相当なものになりつつあった。

 更に問題として、既に何度も小さな衝突が発生していた。

 大きな戦いに発展するのは、時間の問題だ。


「__状況は!?」

「うわっ!」

「柚葉さん!?」


 管制室に飛び込むように現れた彼女に驚き、団員たちがそれぞれに声を上げる。

 その様子を気にも止めず、柚葉はモニターを確認する。


「……将真は見つかってないの?」

「柚っち〜、この一大事にそれは酷じゃない?」


 いつの間にか入ってきて飛びついてくる美玲を鬱陶しそうな視線で睨む柚葉。

 だが、この場合は美玲の方が正しい。

 自警団員ですら慎重に動かなければ危ない状況なのだから、学園生を動かせようはずもない。

 将真やリンたちの捜索に人手をかけるような余裕はなくなったのである。


「……どうにかならないの?」

「いや無理でしょ。どっちかが疎かになるか、両方潰れるかだよ」


 苛立たしげな柚葉に、美玲が冷静なツッコミを入れる。

 その言葉は偽りなく事実だ。

 これだけの統率の取れた魔物の群れを相手にするには、他ごとに人員を割いているようでは手が足りないのだ。

 加えて、こんな時に限って剣生の姿が見当たらないときている。

 正直、不安要素はてんこ盛りだ。


「美玲、あんた何とかしなさい」

「無茶言わないでよ。それより、戦局はどんな感じ?」


 詰め寄られて、降参と言うように両手をあげる美玲は、傍の団員に声をかける。

 その団員は暫くキーボードを叩くと、二人の方をオドオドしつつも振り向く。


「数的にはやはり不利です。もう少し団員を戻した方がいいかとは思いますが……一応、何とか保ってはいるようです」

「それは何より」


 その報告に、安心したように頷くと、美玲は管制室を出ていく。


「……どこへ?」

「全部を何とかは出来ないけど、私も出てくるよ」


 声をかけられた美玲は一度立ち止まると、ピースサインを向けてそのまま走り去る。

 そんな気楽な親友の様子に、柚葉は呆れたようなため息を零した。




 一方、都市の城壁前。

 数で負けている魔術師側は当然、苦戦を強いられていたのだが、その数は少しづつ増えて留まることを知らない。

 想定以上に魔獣の数が多かったり、低位魔族だけでなく吸血鬼も交じっていることも、自警団員に更なる苦戦を強いる原因になっていた。


 それに加えて。


「__ランディ様」

「……なんだ」


 魔王軍最強と名高いランディが指揮を取っているとなれば、むしろこの程度で済んでいるのは僥倖なのかもしれない。

 ちなみに彼は、またも本来の任務から外されてこんな事をさせられているため機嫌が悪い。


 ランディに声をかけた一体のゴブリンは、その様子に脅えながらも、言葉を紡ぐ。

 その言葉は、人には聞き取れない言語だったが、魔族の言葉も人の言葉も分かるランディにはなんの問題もなかった。


「本当に、このまま奴らを足止めするだけでいいのですか?」

「そういう話だっただろう。追い詰めていけば、何れは我が身可愛さに器を売るだろうさ。どうせ一時的に助かるだけだが、人間なんてそんなものだ」

「はぁ……しかし、外に逃げている可能性もあるのでは?」

「その可能性も考慮している。だから二手に別れたんだろうが」

「それはそうですが……」

「今はここに、連中の戦力が集中しているんだ。器が、片桐将真が外に出ているとすれば、尚のこと奴らの好きにはさせん。忘れるな、俺たちの仕事は奴らを追い詰める事と、これより外には出さない為の足止めだ」


 〈日本都市〉の魔術師たちは、将真の内に魔王が宿っていることに気がついているだろう。

 となれば、何かしらの行動を起こすことは容易に想像出来た。


 一番手っ取り早い解決方法は将真の処分だ。

 宿主を失えば魔王の魂も肉体を離れ、また適合する体を探して彷徨う事になるだろう。

 そしてそれは、魔王の復活までの時期が遠のくことを意味する。

 人類側にとっては都合がいいのだ。

 だが、宿主である当人がそれを素直に受け入れるかと言われれば、そうとは限らない。


 人類の未来のためにと犠牲になることを選ぶ者も、或いはいるだろう。

 それこそ、七年前のあの日のように。


 尤も、は覚醒寸前まで行っていたのだから、人類側の都合としては、犠牲にならざるを得なかった。

 一方で、将真はまだそれほど侵食されている訳では無い。

 だと言うのに、はいそうですかと犠牲になる事を良しとするとは考えにくい。

 加えて、ランディが将真を魔王の宿主だと確認したその日。

 彼には仲間がいた。

 その仲間たちも将真を擁護するようなら、処分という結末を辿る事は無いかもしれない。


 それは、生け捕りが望ましい魔王軍にとって、都合のいい事ではあるが。


(数が少ないな。加えてこの慌ただしさ……さては判断が割れているな?)


 今、この場で戦う魔術師が思いの外少ないということは、別件で数が割かれているのだろう。

 現状で想定されるのは、外へと逃げた将真の捜索だ。

 都市上層部の総意が彼の処分でなければ、態々人数を割く必要も無い。

 もう少し戦力が固まっていたはずだ。

 現状、都市側の戦力は、実力者は多く残っていても数がそもそも足りていない。


 ランディたちは正確な事までは知る由もないのだが、事実として、まだ将真の捜索に乗り出した魔術師たちの一部は帰還途中か捜索続行中なのだ。


(それでも油断はできん。奴らの大将格でも出てこれば、有象無象の連中では容易く蹴散らされるだろう)


 特に都市を代表する剣生や瑠衣は、人類にとってのランディのように、魔族側に名を知られる脅威的な実力者だ。

 彼らに並ぶ実力者が一人でも出てくるようなら、今回動員した魔族たちでは歯が立たないだろう。


(その時は、俺が動くしかないな……)


 そんな事を思案していると、今度は一体のコボルドが慌てて駆け寄ってくる。


「ら、ランディ様ァ!」

「何事だ、騒騒しい」

「吸血鬼の連中が五体、独断で魔術師を蹴散らして中へと侵入していきました!」

「…………バカタレが」


 報告を聞き届けると、ランディは頭を抑えてため息をつく。

 魔族の中でも、吸血鬼は特に血気盛んな連中だ。

 今回、編成されている吸血鬼のクラスは、殆どが〈普通ノーマル〉以下だが、特例として参加させていた〈上級グレーター〉クラスが丁度五体だった。

 恐らく、その者たちが報告にあった連中に違いない。


「……まあいい。奴らのことは忘れろ」

「し、しかし勝手な事をして良かったのですか?」

「別に構わんさ。お前らも、本当な好きに動いていいんだぞ? 但し、死に急ぎたくなければ、だかな」


 中に入った五体はもうおしまいだ。

 無論、〈上級グレーター〉五体に対処出来るだけの戦力を準備するのは簡単ではない。

 だが、都市の中になら恐らくいるだろう。

 一人でも片付けてしまうような力を持つ魔術師が。


 今は意外にも、お互いに犠牲者は出ていないが__


(……救いようのない馬鹿共とはいえ、先に同胞を失う事になるのはこちらだな)


 容易く想像できるその結果に、ランディは再び深いため息をつくのだった。

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