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終末のレジスタ  作者: 甘味の僕
二章 狙われた少年
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五話「裏切り者との戦い」

 魔導士ウィザードの手により、またも魔物や低位魔族の群れと戦わされる事になってから数十分。

 疲労が溜まった中、それを相手にし続けるというのは、肉体以上に精神的な消耗を強いられる。

 特に、第三小隊は気力が限界に近い。


「ゼェ、ゼェ……、んの野郎め……」

「お前らとりあえず少し休め! 対処ミスったら死にかねないんだぞ!」

「そうもいかないわよ! この数相手に一人でも欠けるようになったら、オーク戦の時と同じ事しなくちゃ行けなくなるじゃない!」


 杏果が指すものとは、美緒の全力で放つ、超広範囲を一息で凍てつかせる神技だ。

 彼女の懸念は、それを使った後に、美緒が消耗して戦えなくなるリスクだ。

 周りの様子が分かりにくい今、下手に戦闘不能者を増やせば、逃げる事すらままならなくなるだろう。

 故に、そうおいそれとは手を出せない切り札だ。


 だが、倒しても倒しても、減る気配がないどころか、濃霧の向こうに見える影が増えているような気がするのだ。

 もしこれが気の所為でなければ、いつまでも手をこまねいてはいられないのだ。

 ならばせめて、再起に時間がかかるような攻撃は控えながらも、火力の高い魔術、或いは魔法で一気に片付けていった方がいいのではないか。


 そう判断し、棒に魔力を込めていく将真。


「将真さん、ストップッス」

「……莉緒?」


 少し厳しい声で、その行動を諌める莉緒に、将真は非難がましい目を向ける。

 その視線には何も言わずに、将真が止まったのを見届けると、莉緒は無造作に霧の向こうまで届くような魔力の斬撃を放った。

 リーチだけを意識した、大した威力のない攻撃だ。

 だが、驚くべき事に、その刃に撫でられた魔物の群れがその姿を消したのだ。


「はっ!?」

「……違和感あったんスけど、結界を維持しながら実体を伴う幻術ッスか。想像以上に、術師としてはかなりの腕ッスね」


 珍しく、小さく舌打ちまでする莉緒。

 流石の将真も、莉緒の静止の理由は理解した。

 実体を伴っているとはいえ、幻術相手に無駄な消耗をするべきじゃないと気がついたのだ。


「へぇ、気がついたのかい。中々鋭いねぇ。ワタシと一緒に、魔王軍につかないかい?」

「冗談。寝言は寝て言うッスよ!」


 嬉々とした声を上げる魔導士ウィザード

 その声がした方へと再び火の矢を放つが、命中した感じはない。

 人を舐めたような態度で、完全な場所に姿を隠しながら悦に浸っているのだろうと思うと、普段から冷静な莉緒でさえも苛立ちが募る。


「キリがないッスねぇ……。せめて姿が見えればいいんすけど……」

「……莉緒。やっぱりちょっと試してみてもいいか?」

「何をッスか?」

「〈黒嵐こくらん〉だよ。ほら、変わった特性があるだろ?」

「……なるほど、確かに一時的な状況の改善にはなるかも知れないッスね」


 先程は将真を止めたが、将真がやろうとしているとこを理解し、改めて考え直す。

 将真の圧倒的な魔力量で放つ〈黒嵐〉は、〈神気霊装〉における神技にも等しい威力を持つ。

 だが、今回の狙いはそこではなく、〈黒嵐〉が有する周囲の魔力を巻き込むという技の特性だ。


(この濃霧も結界。つまり、魔力で出来てることは間違いないッスからね)


 流石に、山を覆い尽くすような広大な範囲の霧を晴らす事は不可能だろうが、今この場所で、一瞬でも魔導士ウィザードを視認できる程度に霧を晴らすことが出来たなら。


「……よし、将真さん」

「おう」

「頼むッス」

「オーケー、任された!」


 莉緒からの要請に将真は快く応え、意識を集中させていく。

 黒い棒は、少しずつ魔力の渦を纏い始めるが、まだ弱い。

 もっと深く集中し、周囲の魔力を少しずつ巻き込み、取り込んでいく。

 ここまでしなければ本来の威力を発揮できない上に、負荷が大きい事に変わりはなく、一日に安全に使用出来る回数が決まっている。

 それでも、使う度に体を壊していた以前に比べれば、遥かにマシだった。


 狙い通り、周囲の霧が少しずつ晴れてくる。

 それは、そこまで大きな変化ではなかったが__


「みんな下がれ!」

『ッ!』


 将真の声に反応し、味方だけでなく魔物たちの手も一瞬止まり、将真の方へと視線を向ける。

 将真の指示に従い、前で戦っていたリンたちが将真の後ろまで退く。

 魔物たちは、すぐさま一斉に将真へと襲いかかろうとするが、もう遅い。


「喰らえ、〈黒嵐〉__!」


 魔物たちが到達する前に、将真はその一撃を振り下ろす。

 〈黒嵐〉は、魔物たちに直撃することは無かったが、それでいい。

 所詮は幻。地面への着弾の直後に発生した強烈な暴風によって、掻き消されたのだから。

 更にその強烈な暴風で、周囲の霧が晴れた。

 吹き散らされた、という方が正しいか。想定以上の結果だ。


「なっ……!?」


 中途半端に強い魔導士ウィザードは、その暴風に吹き飛ばされることなく、その場に留まることが出来てしまった。

 動揺さえ一目瞭然な程に視認できる状態。

 こうなってしまえば、もう勝敗は決したようなものだ。


「__逃がさないッスよ」


 ここまでの戦闘中に、念の為にと何度か神技を使用し、その段階を上げていた莉緒。

 故に、現段階の神技の速度は、魔導士ウィザード程度に逃げられるようなものでは無い。


「〈日輪舞踏〉__“五輪華”」


 莉緒が神技を放つ。

 呆然としている魔導士ウィザードは、莉緒の速度に反応できない。

 そして逃走にすら行動を移すことも出来ないまま、呆気なく首を切り落とされた。


「……ばか、な」

「人をそう、侮るもんじゃないッスよ」


 はんっ、と鼻を明かすような態度で、切り落とした魔導士ウィザードの首を見下ろす莉緒。

 そんな死に体の状態で、魔導士ウィザードの目がわなわなと震え、怒りが表情に浮きでてくる。


「お、のれ……、これで、おわ、り、だと……、おもうなァ__!」


 自尊心が傷ついたのか、死の間際でありながら、喀血しながら怒号を上げる魔導士ウィザード

 人を煽るのは好きでも、煽られるのは嫌いなようだ。


 そして、本当にそれで終わりではなかった。

 急速に魔力が収縮し、その体が光を放つ。


「ヤバッ……!」

「自爆ッ! 莉緒ちゃん、下がって!」


 何が起きるのかを察知した莉緒は、瞬時にその場を離脱する。

 普通なら間に合わないタイミングだが、莉緒の速さだからこそ、美緒の後ろまで間に合わせることが出来た。

 そして美緒も、自爆に走った魔導士ウィザードの様子を見た瞬間に、行動に入っていた。


「神技__〈絶対零度アブソリュートゼロ氷壁プロテクション!」


 本来ならば、広範囲に一気に拡散し、全てを凍てつかせる魔法。

 それを、前面にのみ集中させて、巨大な盾のように展開する。

 ただ氷の壁で護るというだけではない。

 触れたものを凍てつかせる壁なのだ。その防御力はかなりのものである。


 だが、その防御は無意味なものとなる。

 巨大な爆発は、確かに氷の壁に阻まれて防ぐことが出来た。

 それでも、全面に展開していた訳では無い。

 爆発の被害を受けた地面が、大きな穴を作っていた。

 そしてその下は__見えない。


 どうやら、足元には巨大な空洞があったらしく、今の爆発で底なしの穴へと変貌したのだ。


「ッ! 穴に落ちちゃダメッスよ!」


 慌てた莉緒は、身体強化をかなり強めにかけると、まず美緒の手を掴む。

 そして美緒の空いた手を佳奈恵が掴み……、とそれぞれ体の一部を掴みながら、ひとつに繋がっていく。

 全員の準備が出来たところで、引き上げようと莉緒が足に力を入れる。

 その瞬間。


「あっ__」


 疲労で限界がきていた一人、杏果の手が空を掴む。

 手に力が入らなかったのだ。


「チッ……!」


 そして、一番近くにいた将真がその腕を辛うじて掴むが__


 杏果を支え切る事が出来ず、もう片方の手が滑って離してしまった。


「ちょ__」

「ゲェッ……!」


 杏果が目を剥き、将真も自らの思わぬ失態に呻き声をあげる。

 だが、二人の落下はもう止められない。


「将真くん! 杏果ちゃん!」


 リンが手を伸ばすが、もう既に届くような位置にはいない。

 そのまま、全員が落ちる訳にも行かず、莉緒は舌打ちを一つして、将真と杏果を一度諦めた。

 すぐ側の陸地に着地し、残りの面子が無事である事を確認すると、即座に空洞の方へと足を向けようとする。


「待って莉緒ちゃん、どうするつもりなの?」

「うぐっ……」


 慌てる莉緒の首根っこを掴んで止めるのは美緒だ。

 苦しそうに呻く莉緒だったが、直ぐに振りほどき、向き直る。

 その表情は、焦燥に満ちていた。


「止めないで欲しいッス! 自分の足なら、すぐ行けばまだ間に合うかも__」

「落ち着いて。落ちただけであの二人が死ぬとは思えない。あと、周りを見て」

「周りを……?」


 諌められ、少しずつ落ち着きを取り戻してきた莉緒は、視線をキョロキョロと動かす。

 冷静になりさえすれば、先程までと明らかに違う、見通しの良さに目を見開いた。


「霧が、完全に晴れた……?」

「うん。だから、今すぐ助けに行って莉緒ちゃんまでピンチに陥るより先に、する事があると思う」


 これだけの深い穴だ。

 莉緒が飛び込んで、助かったとして、またここまで戻ってこれるとは限らない。

 戻れたとして、時間がかかるのは間違いないだろう。

 それに、結界の解除は成った。

 ならば、まず最初にすべきことは。


「……柚葉さんに、連絡入れなきゃッスね」

「うん。それに、ここに居続けるのも危ないと思う。まずは森を出た方がいいかも」


 美緒の提案に、莉緒は素直に頷いて賛同する。

 はぐれた二人を除く一同にも、反対意見はないようだ。


 方針が決まると、彼らは急いで森の中を駆け下りていく。

 今度は、静音の偵察と佳奈恵の索敵魔法が使えるようになっていたので、特に危なげもなく道を行くことが出来る。

 そしてその間に、莉緒は柚葉へと通信を飛ばす。

 既に日は傾きかけている為、あまりのんびりはしていられない。


 おそらく、向こうでも備えていてくれたのだろう。

 通信は思いの外すぐに繋がり、画面に柚葉の姿が映し出される。


『__はぁい、莉緒。連絡が出来たってことは、結界は解除出来た感じ……』

「柚葉さん! 今すぐ救援を送って欲しいッス! 今すぐ!」

『えっ!? ちょっ、ちょっと落ち着きなさい。何があったの?』


 当然だが、詳しい事情を知らない柚葉からしてみれば、急に莉緒が捲し立てている状況だ。

 驚きを隠せないでいるものの、直ぐに落ち着いて話を聞こうとする姿勢は流石である。


 莉緒の話を一通り聞き終えると、柚葉は少し考え込む。


『……その空洞、もしかしたらダンジョンかもしれないわね』

「ダンジョン?」

『あら、知らない?』

「いや、勿論知ってるッスけど……」


 ダンジョンという物の存在は知っている。

 だからこそ、信じられないという思いもある。

 大穴が空いた、という事は、ダンジョンの壁が破壊されたということだからだ。


 ダンジョンというのは、いつかの時代のものが残された古い遺跡だ。

 その壁は、魔法ですら傷つけるので精一杯だという話だが、果たして魔族一体の自爆で破壊できる代物なのだろうか。


「そんな簡単に壊せるもんなんスか?」

『普通は無理だろうけど、そんな場所にダンジョンがあるなんて報告は受けてないし、相当古い上に、大き過ぎて衝撃に耐えられなくなってたのかもね。最悪、連中の拠点の一つになってたかもしれないし、壊せたのなら大手柄よ』

「いや、壊せたというか、壊れたというか……」


 もっと言うなら、壊された、が正確かも知れない。

 それはどうでもいいのだが。


『まあ、安心しなさい。私も心配だけど、そうそう落ちただけで死んだとは思わないし、救援はとうに出してるわよ』

「そうだったんスか?」

『ええ。予定より早く連絡が貰えたのは僥倖だけど、何かあっても困るしね。強力な援軍だから、期待してなさい。……おっと、噂をすれば』


 柚葉の意識が、莉緒から外れる。

 どうやら、救援に出した部隊から連絡が入ったようだった。

 だが、それは朗報では無いようで、話を聞く柚葉の表情が、少しずつ曇っていくのが分かる。

 それを見ていた莉緒は、ひしひしと嫌な予感を感じ取っていた。


 少しの間、話し込んでいた柚葉は、相手との通信を切り莉緒へと向き直る。

 その表情は、否応にも気を引き締めさせられる程に真剣だった。


 そして。


『ねぇ、莉緒』

「……なんでしょう」


『__今すぐ、結界から出てみてくれる?』




 莉緒たちが森を駆け下りていく、少し前。


「__うおおおぉぉぉぁぁッ!?」

「__いやあぁぁぁぁぁッ!」


 穴の底へと落ちていく、二人の悲鳴が空洞に木霊する。

 確かに凄い爆発だったが、アレで破壊されたのは地表だけの筈だ。

 だが、今二人は、地表から落ちただけでは説明がつかない落下を続けている。


「柊ッ、お前なんか、飛べる魔術か魔法かなんかないか!?」

「また随分と、アバウトな要求ね! 残念ながらないわよ! 地面を隆起させるくらいなら出来るけど」

「見えなくても出来るの!?」


 思わず驚きを露わにする将真。

 それもそのはずで、周囲は真っ暗で殆ど見えない程だ。

 隆起させる地面が何処にあるかすら、わかったものでは無いのだ。


「できるけど、まあ感覚になるし、多分地面に叩きつけられるわね……」

「却下だ却下!」


 そんな事をすれば、落下死と大差ない死に方をしかねない。

 魔術師がどれだけ頑丈なのかは分からないが、身体強化を施したとしても、この高さを落ちて助かる保証はない。

 流石の将真も、こんな高さから、それも自分の意思が毛ほども介在しない落下は経験が無く、焦りを覚える。

 無論、杏果にもそんな経験はない。

 底の見えない、いつ地面に叩きつけられるかも分からない恐怖に表情は引き攣り、青ざめた顔をしていた。


 尤も、この暗がりのせいで、将真がその顔色にまで気づくことは無かったが。


 とりあえず、杏果にこれといって安全に着地する手段は無さそうだ。

 ならば自分はどうか、と将真は冷静になれと自分に言い聞かせて考える。


 だが、丁度いい方法など何も思いつかなかった。

 思いついたとしたら__


「……〈黒嵐〉の威力を抑えたやつで、何発か地面に向かってぶっ放してみるか?」

「竜巻をクッションにしようってこと? ……まあ、これといった手段がない私よりかはマシかしらね。ちょっとおっかないけど、任せるわ」


 珍しく素直な杏果が、将真の首に手を回し、背中に回る。

 背中に押し付けられる強烈な弾力が、一瞬将真の集中力を乱した。


(……これはしょうがなくないか?)


 思い出したのは、初対面の時。

 男子は品がなく、視線が下心に満ちていてあまり好かない、と彼女は言っていた。

 前者は性格の問題もあるだろうからともかくとして、後者の方は、少なくとも杏果に対するものに限って言えば、それはもはや男の性だとしか言いようがない。

 それほどに、杏果はまだ十代半ばとは思えない程に、女性的な起伏に富んだ体型をしていた。

 有り体にいえば、非常にスタイルがいい。


 そんな思考を読み取ったのか、首に回された腕の力が少し、増したような感触を覚える。


「……集中しないと絞めるわよ」

「……ゴメンナサイ」


 杏果なら、本当にやりかねない気がして、キュッと口を閉じる。

 意識を切り替えて棒を生成。

 例え現状落下中であろうと、落ち着き、集中しなければ、失敗する。

 そうなればおそらく即死亡。二人揃ってあの世行きだ。

 そうならない為にも、意識を集中させていく。


 普段使いする威力では弱すぎるが、切り札として放つ火力では過剰過ぎる。

 返って来る反動が大き過ぎて、地面に叩きつけられるのとそう変わらないような、大変な事になるだろう。

 だから、必要な威力はその中間くらいだ。

 そんな器用な調整は経験が無いため、ぶっつけ本番ではあるが。


「__フッ!」


 溜まった魔力の感覚的に、必要量が集まったと感じたところでまず一発目を地面に振り下ろす。

 だが、反動が返って来るような感覚はない。


「……まだ下かしら」

「……そういう事だろう、なッ!」


 続けて、二発目を放つ。

 少し集中力が足りず、調整を誤ったような気もしたが、これも同じく反動は返ってこない。


 そして休むこと無く、三発目、四発目と感覚に慣れつつ、手応えがあるまで放ち続けて__


「うおッ!?」

「きゃ__」


 十を数える前に返ってきた反動に煽られて、大きく体勢を崩し、そのまますぐ側まで迫っていた地面に落下する。


「カハッ……」


 強く身体を打ちつけ、肺の空気が全て吐き出されると、ふらつき、保つことも困難な意識を、将真はゆっくりと手放した。

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